第四十五話 二層攻略 幕開け
俺は街の中を、ある場所に向かって歩いていた。
石畳を踏む足音が、やけに大きく聞こえる。
(“一人にしないでよ”か……)
昨日のリリィの言葉が、頭の奥で何度も木霊する。
雨でも降り出しそうな、重たい空気みたいに――胸に残っていた。
(きついな……)
思わず、乾いた笑いが漏れる。
気を紛らわせるように、少しだけ歩調を速めた。
やがて、目的地に到着する。
研究所。
俺の“日本での知識”を、この世界で形にするために作らせた場所だ。
扉を開けた瞬間――
「やぁやぁ、陛下。よくおいでなさった」
白衣を着た老人――バレロが、にこやかに声をかけてくる。
相変わらず、目だけが妙にぎらついている。
「バレロさん、こんにちは」
軽く手を上げて応じると、彼は一歩近づいてきた。
「ちょうどいいところに来ましたな」
「?」
嫌な予感が、背筋をなぞる。
「いまから、陛下考案の“すたんぐれねーど”の実証実験をするところでございます」
「……」
(なぜだろう。すごく帰りたい)
来たばかりなのに。
胸の奥に、言葉にならない警鐘が鳴った。
スタングレネード。
とはいっても、簡易的なものだ。
小さな陶器の壺。布。そして粉末の入った袋。
中身は石灰と水。それに少しの細工。
現世で読んだ知識を頼りに、試しに少量でやってみたところ――
“偶然”、うまくいってしまった。
だからこそ、軽い気持ちでバレロに研究を任せたのだが――
『実証実験をする』と、彼は言った。
嫌な予感は、当たるものだ。
俺はバレロの後に続き、研究所の奥へ進む。
外へと続く扉をくぐると、そこには簡易的な空き地が広がっていた。
そして、その中心。
石でも投げるように構えているセシル。
少し離れた位置で、腕を組みながら満面の笑みを浮かべるジェイク。
さらに、その周囲を囲む研究者たち。
――嫌な予感が、確信に変わる。
「あの……バレロさん」
「はい?」
「実証実験って……まさか……」
「はい。セシル殿に、ジェイク殿目掛けて使って頂きます」
「は?」
理解が追いつく前に、
「ん……」
セシルが、無言で腕を振りかぶる。
「ちょっと待てぇぇーーー!!!」
俺の叫びは、見事に間に合わなかった。
放たれたそれは、緩やかな弧を描いて――
一直線に、ジェイクへ向かっていく。
(もう無理だ……)
反射的に耳を塞ぎ、目を閉じる。
――次の瞬間。
ッパァン!!!!!
鼓膜を叩きつけるような炸裂音。
瞼越しでもわかる、鋭い閃光。
音が収まるのを待って、恐る恐る目を開けると――
そこには、地獄絵図が広がっていた。
目を押さえてうずくまる者。
耳を押さえて転げ回る者。
その全員が、無差別に巻き込まれている。
(やっちゃった……)
一瞬の静寂。
そして――
「「「ぎゃああああぁ!!!」」」
次の瞬間、雄叫びが空き地に響き渡った。
スタングレネードをまともに食らった者たちが、悶絶しながら叫んでいる。
……なぜ叫べるんだ。
ふと横を見ると、
「うぉぉぉぉぉ!!」
バレロまでもが、地面を転げ回っていた。
(開発者だよな、この人……?)
とりあえず、距離を取っていた者は無事そうだ。
まずは――
俺はジェイクの方へ駆け寄る。
彼は白目を剥き、大の字で倒れていた。
「あ……あ……」
口は動いているが、言葉になっていない。
「ジェイクー? 大丈夫かー?」
大声で呼びかけるが、反応はない。
(まぁ耳やられてるよな……)
手を握ると、かすかに握り返してきた。
……よし、反応はある。
周囲を見渡すと、徐々に皆が起き上がり始めていた。
その中で、爆心地に近かったセシルも、ゆっくりと身を起こす。
俺は近づき、さらに大声で呼びかけた。
「おーい! 大丈夫か!?」
「ん……誰? あ……陛下? ……なに?」
視界は戻ってきたらしいが、聴覚は死んでいる。
俺は空を仰ぎ、深くため息をついた。
「実証実験する時は、事前に呼んでくださいって言いましたよね?」
数分後。
俺の前には、正座する三人。
「はい……だから呼びました」
バレロが答える。
「いや、“実験前”ではあるけど意味が違うでしょ?」
「はい……すみません」
「ジェイク、セシル。危険なものだって説明したよな?」
「ん……私は……止めた」
「いや……その……だって」
「だって?」
「信じられないじゃないっすか!!」
ジェイクが顔を上げる。
「あんな小さい物が、でかい音と光を出して周りを制圧なんて!」
「まぁ、気持ちはわかるけどな……」
「でも、ジェイク……私に投げろって……目、輝かせてた」
「……ジェイク?」
「いや……その……話聞いてたらやりたくなっちゃったっす……」
「……」
「だって浪漫じゃないっすか!!」
「それはさっき聞いた」
「はいっす……」
俺は一度、深く息を吐いた。
「とにかくだ!! 今回はスタンだからよかったけど――」
一拍置く。
「殺傷能力あるやつだったら、お前死んでたぞ」
「はいっす……」
「今後、軍事研究の実証実験は俺の許可制にする!」
「そ、そんな……」
「決定事項!!」
「「……はい(っす)」」
しょんぼりと肩を落とす三人。
……まぁ、成果は出てるんだけどな。
そう割り切って、話題を変える。
「それでバレロさん、手押し種まき機の方は?」
「……あぁ……」
バレロは、明らかに気落ちしていた。
「バレロさん!!」
「え? 私ですか?」
(軍事以外、本当に興味ないなこの人……)
「種まき機は……」
彼は周囲を見回し、
「あー、サシャール君!」
と声を上げた。
「は、はい!」
白衣の青年が振り返る。
「陛下に進捗を」
「は、はい!」
彼は目を輝かせて駆け寄ってきた。
案内されて研究所の奥へ進む。
床には、削りかけの木材と分解された農具。
その中央に――妙な箱。
「こちらが試作機です!」
サシャールは誇らしげに言う。
「陛下の案通り、“カートリッジ式”にしました!」
そう言って、横の車輪を押す。
ゴト……ゴト……
軸が回転し、底の穴から――
ぽとり、ぽとり、と種が落ちる。
「……お?」
思わず声が漏れた。
「ちゃんと連動してるな。進んだ分だけ、一定間隔で落ちる仕組みか」
「はい!」
即答。
いい目をしている。
(有能だな……どっかの爆発好きと違って)
「あとは実地テストか」
「はい! 田畑での動作と、カートリッジ交換の検証を進めます!」
「わかった。最後まで頼む」
「はい!!」
元気よく返事をすると――
彼はそのまま、機械に抱きついた。
「頑張ろうね! “まっきー!”」
「……」
(今、なんて言った?)
「陛下に褒められちゃったよ、僕たち」
優しく撫でながら、語りかける。
(あー……そういうタイプね……)
俺は視線を逸らす。
見なかったことにする。
見なかった。
……きっと。
「あ、いたいた」
背後から声がかかる。
ざわめきの残る研究所の空気の中で、その声だけが妙にはっきりと響いた。
俺はゆっくりと振り返る。
そこには、カイが立っていた。
「どうした?」
軽く問いかけると、カイはいつになく真面目な表情で口を開く。
カイの表情から、冗談ではないことが分かる。
「七番領地から手紙が来たぞ」
「――っ」
胸の奥が、わずかに軋む。
(ついに来たか……)
覚悟していたはずの言葉が、現実として突きつけられる。
カイは一拍置いてから、続けた。
「それと……もう一通」
「……わかった。すぐ戻る」
短く応じる。
踵を返し、カイの後に続く。
研究所の扉を抜けると、外の空気がやけに澄んで感じられた。
――七番領地からの手紙。
内容は、読まずともなんとなく察しがつく。
領主邸へと続く道を歩く。
石畳を踏む音が、規則正しく耳に届く。
ふと視線を上げると、街の様子が目に入った。
行き交う人々。
交わされる笑い声。
――五カ月前。
あの、どん底だった頃とは、まるで別の景色だった。
自然と、足が止まりかける。
俺はその光景を、しばらく黙って見つめた。
そして――
ゆっくりと、拳を握る。
(いつか……神とやらをぶっ飛ばすために)
視線を落とし、握りしめた拳を見つめる。
(まずは――その第一歩だ)
胸の奥で、静かに何かが燃え上がる。
それは、焦りでも恐れでもない。
確かな、意志だった。
――静かに。
二層攻略への幕が、上がろうとしていた。




