第三十六話 カイの過去
「家族を……? この島で……?」
思わずこぼれた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
その言葉の重みが、胸の奥にずしりと沈み込む。
息が止まる。
風が、中庭の草をわずかに揺らした。
「あぁ……」
短く答えると、カイは視線を落とし、ゆっくりと草の上に腰を下ろした。
踏みしめられた草が、かすかに音を立てる。
「ミリィさんを亡くした手前……お前に言うのは、はばかられるんだが……」
胸の奥が、小さく痛んだ。
言いながら、ちらりとこちらを窺う。
その目には、ためらいと、わずかな後悔が滲んでいた。
「……続けてくれ」
俺も静かに答え、その隣に腰を下ろす。
湿った草の感触が、衣服越しに伝わってきた。
少しだけ、空気が重くなる。
カイはひとつ、長く息を吐いた。
それから――ゆっくりと口を開く。
「俺はな……ガルド公国ってとこの出身なんだが……」
遠くを見るような目。
「妻と、八歳と六歳の子供がいる」
「……」
思わず言葉を失う。
カイは二十六歳。
この世界では珍しくもない話だと、頭では分かっているのに――現実感が追いつかない。
「まぁなんだ……簡単に言うとだ」
カイは苦笑を浮かべる。
「俺も、レナも、ザインもアリーザも――全員が別々に“お告げ”を聞いたってことだ」
「家族全員が選ばれたっていうのか……?」
思わず眉をひそめる。
「よくは知らんがな。結構あるらしいぞ?」
肩をすくめるカイ。
「……たしかに、ミリィも似たようなこと言ってたな……」
ぽつりと呟くと、カイは『あぁ』と小さく頷いた。
少しだけ間が空く。
風が通り抜け、草がさらさらと音を立てる。
「上の子は男でな。ザインっていう」
ふっと、カイの表情が柔らぐ。
「やんちゃ盛りで、よく怒らせてくるが……妹思いの、いい子だ」
自然と口元が緩んでいた。
「で、下が女の子。アリーザ」
指で小さく高さを示すような仕草をする。
「まだ人見知りが激しいが……優しくて、芯の強い子だよ」
その顔は――紛れもなく、“父親”のものだった。
「……いい子たちなんだな」
思わずそう口にすると、カイは少しだけ照れたように笑う。
「妻の名前はレナって言ってな!」
急に声のトーンが上がる。
「何を隠そう、俺の幼馴染なんだぜ!!」
なぜか胸を張る。
「……そこ、そんなに誇るところか?」
思わず苦笑する俺。
「誇るところだろ!?」
即答だった。
「俺にはもったいないくらい、器量のいいやつでな……」
懐かしむように、空を見上げる。
「まさか俺んとこに嫁いでくれるとは思わなかったんだが……まぁ、押しに押してな!」
「なるほどな……」
軽く相槌を打つ。
だが――
楽しげだった表情は、徐々に陰りを帯びていった。
「……その日は、突然やってきた」
低く落ちた声。
空気が、少し冷える。
「“このゲーム”が近いうちに始まるって話はな……辺境の村の俺たちの耳にも入ってた」
握りしめた手に、わずかに力が入る。
「でもよ……どっかで思ってたんだ」
自嘲気味に笑う。
「自分たちには関係ねぇってな……」
沈黙。
「……それがよ……」
声がかすれる。
「まさか……まさか俺たちが……俺たち“家族”が選ばれるなんてよ……」
その目に、じわりと涙が浮かぶ。
言葉が、続かない。
「……」
俺も、何も言えなかった。
「レナはな……きっと大丈夫だ」
ぽつりとこぼす。
そう言いながらも、視線はどこか揺れていた。
「強い女だから」
その声には、わずかな不安が混じっている。
「だから……」
ぐっと顔を上げる。
「俺が父親だからな」
拳を強く握る。
「まずはザインとアリーザを見つけてやらなきゃならねぇ」
「きっと……寂しい思いをしてるはずだからな」
その言葉には、迷いがなかった。
「……」
胸の奥が、静かに熱くなる。
「悪いな!」
ぱっと表情を変え、カイが笑う。
「しんみりしちまった!」
「……いや」
首を横に振る。
「それが、お前の目的なんだな」
「あぁ」
短く、しかし力強く頷く。
「……それで、だ」
少し間を置いて、カイが視線を落とす。
「焦ってたんだよ、俺は」
乾いた笑い。
「焦って……人を巻き込んで……そして、死なせちまった」
その言葉に、胸が痛む。
「ミリィさんみたいにな……信じて、自分のできることをやってりゃよかったのに」
自分を責めるように、呟く。
「ほんと……バカだよな、俺」
「……そうは思えない」
自然と、言葉が出ていた。
カイが顔を上げる。
「そうは思えない」
はっきりと言い切る。
「俺には子供はいないし……会いたい人だっていない」
少しだけ視線を逸らす。
「でも……たぶん、同じ状況だったら……同じことをしたと思う」
言葉を選びながら、続ける。
「子供もいない俺ですら、そう思うんだ」
カイをまっすぐ見る。
「きっと……カイの気持ちは、それ以上のものだったんだろ」
「……おまえ……」
小さく呟くカイ。
その目の奥の色が、わずかに変わる。
「やり方はある」
一度、息を吸う。
(いや……)
胸の奥で、言葉を修正する。
「……見つかる、じゃない」
首を振る。
「見つけるよ」
言い切る。
カイの目が、わずかに見開かれた。
「まずは……各領地の孤児院だな」
思考を整理するように続ける。
「偵察に出る連中に頼んで、孤児院の様子も見てきてもらう」
「……」
カイは何も言わない。
ただ、じっとこちらを見ていた。
「手がかりは少なくても……ゼロじゃない」
「……ありがとな」
ぽつりと、カイが言う。
その声は、先ほどよりも少しだけ軽かった。
カイは少しだけ目を細めた。
「最初はさ……甲斐性なしの、いけ好かねぇ野郎だと思ってたんだが……」
にやり、と笑う。
「ずいぶん立派になっちまってまあ」
「そ、そんなことは……」
一瞬言葉に詰まり――
「……なくもない!」
言い切った。
「なんだそれ?」
カイが吹き出す。
張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。
「それで?」
笑いを収めながら、カイが言う。
「戦い方を教えろ、だったか?」
「あ、そうだ! それ!」
思い出したように身を乗り出す。
「まぁ……」
カイは少しだけ空を見上げる。
「仕事もあるしな。俺の訓練時間に合わせてくれるなら構わねぇよ」
「わかった」
しっかりと頷く。
「じゃあ、それでいこう」
風が、もう一度中庭を抜けていった。




