表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/55

第三十五話 武器を手に取る覚悟

カンッ!


カンッ!


カンカンッ!


乾いた音が、一定のリズムで空気を叩いていた。


木と木がぶつかり合う、軽いはずの音なのに、どこか張り詰めた緊張を孕んでいる。


その音に導かれるように、俺はゆっくりと意識を浮上させた。



(……どれだけ寝ていたんだろうな)



重たいまぶたをこじ開け、ぼんやりと天井を見上げる。


石造りの天井は昼の光を淡く反射していて、静かな執務室の空気はどこかひんやりとしていた。


体を起こし、窓の外へ目をやる。


空は薄く雲がかかっているが、日はまだ高い。


柔らかな光が中庭へと降り注ぎ、その中央で――


カンッ!


再び、音が響いた。


視線を落とすと、そこにはカイとリリィの姿があった。


二人はそれぞれ、自分の武器を模した木刀を手にしている。


踏み込み、間合いを測り、打ち合う。


ただの訓練――のはずなのに、その動きには確かな実戦の気配があった。



「……」



その光景に、俺の脳裏に浮かんだのは――数日前の出来事だった。


アテーナでの襲撃。


そして――何もできなかった自分。



(あの時、俺は……)



ただ、ステータスを見ていた。


それだけだった。


ぎり、と拳を握る。


爪が掌に食い込む感触が、妙に生々しかった。



「ドラコニックウェポン……」



思わず口からこぼれた言葉。


この島で、俺が唯一扱えるとされる武器。


そして、現時点で知る限りの“最強”。



(いつか……)



あれを、自分の手で握る日が来るのか。


想像するだけで、胸の奥がざわつく。


それは期待ではなく――もっと得体の知れない、不安に近い何かだった。



「……」



数秒の沈黙。



「……よし」



小さく呟き、俺は立ち上がる。


そのまま、迷いを振り払うように扉へ向かい――


勢いよく執務室を飛び出した。



「あまいよ! カイ様!」



鋭い声と同時に、リリィの木刀が唸る。


乾いた打撃音。



「くっ!」



カイの脇腹に一撃が入る。


衝撃に顔を歪めるが――



「まだまだー!」



すぐさま踏みとどまり、体勢を立て直す。


地面を踏みしめ、一閃。


だが、その軌道は――



「見えてるよ!」



リリィはその場で身を低く落とし、紙一重で回避する。


アテーナでの夜とは違い、距離をとることなく。


そして――


左手に持った短剣型の木刀が、すっとカイの喉元へ突きつけられた。


風が止まる。


勝負あり。



「ちくしょー……これでリリィの八勝二敗か……」



カイが悔しげに拳を地面へ叩きつける。


砂が小さく跳ねた。



「ふっふーん! 進化した私は一味違うのだよ一味!」



胸を張るリリィ。


その顔は年相応に無邪気で、どこか誇らしげだった。



「確かにな。短剣術の方は成長してる。短剣術“は”な」



そう言って、カイはリリィの背丈へ視線を落とした。



「カイ様、何か言った?」



ぴくり、と眉が動く。


すぐさま木刀を構えるリリィ。



「いや……なんでも……」



「それはそうとよ……」



カイは視線を落とし、自分の手を見つめる。



「俺、これでも末端とはいえ訓練受けてきた兵士なんだぞ……」



ぽつり、とこぼれる言葉。



「それがまさか、こんな嬢ちゃんに……ここまでやられるなんてな……」



苦笑ともため息ともつかない声。



「このシステムのおかげというか……せいというか……」



リリィがその言葉を苦笑しながら受け止めた、その時だった。



「あ、バカ陛下!」



俺に気づき、声を上げる。


その声、その視線につられるように、カイもこちらを振り向いた。



「お、どうしたよ?」



「いや……執務室から見えてさ。ちょっと気になって……」



俺は、二人に近づく。


二人の間に、まだ戦いの余韻が残っているのが分かる。


空気が、ほんのわずかに熱を帯びていた。



「それで……」



俺はそこで口ごもる。



「それで?」



「あ……いや……その……」



言葉を探した、その瞬間だった。



「あ……」



視界に映ったものに、思わず声が漏れる。


リリィの背後に。


いつの間にか、“人影”が立っていた。



「ヤベ……」



カイが顔を引きつらせた。


一方のリリィは、何かを感じ取ったのか、ぴんと背筋を伸ばした。



「ね、ねぇ……バ……陛下?」



言葉がおかしくなる。



「なんか……私の後ろで……冷たい視線を感じるのだ……ですが……なにか、いる……ますでしょうか?」



「あー……なんというか……」



「……ご愁傷様……」



リリィの目に、ブワッと涙が浮かぶ。



「リリィ〜?」



パンッ!


乾いた音。


背後の影が、木刀を打ち鳴らした。



「私は〜」



パンッ!


音が鳴るたびに、リリィの肩がびくりと跳ねる。


まるで小動物だ。



「あなたに〜」



パンッ!



「なんと、言いましたか〜?」



ドンッ!!


最後に、木刀が地面へ突き刺される。


その瞬間――



「ごめんなさーーーいっ!!!!」



リリィは振り返ることなく、全力で逃走した。


砂煙を巻き上げるほどの速度で。



「……」



一瞬の沈黙の後、



「あ……その、シェリーさん……」



カイが恐る恐る口を開く。



「あんま怒らないでやってくれよ……俺が誘ったんだし……」



(あ、これ悪手だ)



直感が告げる。



「そうですか……カイ殿が……」



シェリーは静かに木刀を引き抜く。


その所作は美しいが――空気は明らかに重い。



「あ……いや……その……」



カイは完全に動揺し、俺へ助けを求める視線を送る。


だが――



「ハァ〜……」



シェリーは深く息を吐いた。


張り詰めていた空気が、ふっと緩む。



「いいですか」


静かだが、芯のある声。



「どんなにステータスがあろうと、あの子はまだ十三歳です」



風が、庭の木々を揺らす。



「体も心も、見えないところで疲れるものです」



一歩、こちらへ近づく。



「今日のように、大事な仕事の後くらいは……休ませてあげてください」



「は……はい……」



なぜかカイは正座していた。


いつの間にそんな文化が――と思いつつ、口には出さない。



「あの子がやりたいことは尊重します。ですが、周りの大人が、その加減を見極めてあげるんです」



そして、視線がこちらに向く。



「はい……」



反射的に背筋が伸びる。



「では、私はリリィの様子を見てから、仕事に戻りますので」



「「了解しました!」」



ぴしっと揃って最敬礼。


シェリーは軽く頷き、そのまま去っていった。


しばらく、二人でその背中を見送る。


やがて見えなくなると――



「……なんか、いろんな意味で敵わねぇな……あの人には……」



カイがぽつりと呟いた。



「気配も全然感じなかった」



俺も思わず頷く。



「いつものことだ。あの人の気配隠しは異常だぞ」



「そうなのか……」



“ただの”メイド長である彼女が……



「それより陛下」



「ん?」



「リリィのヤツ……なんかあったのか?」



カイの表情が、ふっと真剣味を帯びる。



「……なんでそう思う?」



「いや……戦い方が変わったっていうか……でも、根っこは変わってねぇっていうか……」



言葉を探すように、カイは視線を宙にさまよわせた。



「……まるで、死に急ぐような?」



俺が低く挟むと、



「そう! それだ!」



ぱん、と手を打つように、カイは頷いた。



「なんつーか、無茶してるってより……わざと危ないとこにいる感じがしてよ」



「……」



胸の奥が、わずかに軋む。



「実は……」



俺は、アテーナでの夜の襲撃について話した。


闇に紛れた刃。


不意を突かれたあの一瞬。


そして――リリィの様子。


話し終えると、短い沈黙が落ちる。



「なるほどな……」



カイは小さく息を吐いた。



「正直、怖かった……」



思い出しただけで、喉の奥が乾く。



「……そうか」



カイは一度だけ頷き、それから肩の力を抜いた。



「でもまぁ、リリィは元々ただの村娘だ。戦い方なんて、身体に染みついてるわけじゃねぇ」



少しだけ、いつもの調子に戻る。



「リオデルカ様が教えてるってんなら、時間かけりゃマシにはなるだろ。今は、変に偏ってるだけじゃねぇか?」



「……そうだといいけどな」



言葉は出たが、妙に軽かった。


俺も、そう思いたい。


だが――


胸の奥に残る、あの引っかかりが消えない。


“ただの未熟さ”で片付けていいのか、と。


そのとき、



「あー……そういやさ」



カイが何かを思い出したように、こちらへ顔を向けた。



「さっき、何か言いかけてただろ?」



「あぁ……」



一拍置いて。



「俺に戦いを教えてくれないか?」



「……は?」



素っ頓狂な声。



「どうしたんだよ、急に……」



「なんとなくだけどな……」



視線を中庭へ落とす。


さっきまで戦っていた場所。


まだ足跡が残っている。



「いずれ……俺も武器を持たなきゃいけない気がするんだ」



「……まぁ、それはそうだろうな」



カイは少し考え込む。



「でもな……」



「でも?」



「俺の剣は――もう“守る剣”じゃなくなっちまったか……」



「……どういうことだ?」



「俺の剣はな」



ゆっくりと顔を上げる。


その目は、どこか遠くを見ていた。



「“目的”のためなら、手段を選ばない“汚い”剣だ……それでもいいか?」



(目的……)



その言葉が、妙に重く響く。



「なぁ……」



俺は静かに問いかける。



「その“目的”ってやつ……良かったら教えてくれないか?」



「……」



カイは少しだけ黙り込んだ。


風が、間を埋める。


やがて――


カイの拳が、ゆっくりと握られる。



「俺の目的はな」



低く、しかしはっきりとした声で言う。



「家族を、この島で探し出すことだ」



「!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ