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第三十一話 会議開始

ーーアテーナ北東の森


月明かりが、木々の隙間からわずかに地面を照らしている。


だがその光は頼りなく、森の奥は深い闇に沈んでいた。



「……申し訳ありません……仕損じました……」



静寂を裂くように、双剣を携えた女の声が落ちる。


低く、澄んだ声音。


その奥に、わずかな悔恨が滲んでいた。


返答は、すぐに来た。



「まぁ、しょうがねぇか」



軽い。


あまりにも軽い声音が、闇の中に溶ける。



「……」



女は顔を上げない。


月光が枝葉に遮られ、その横顔は断片的にしか見えない。


表情までは、闇に飲み込まれていた。



「収穫はあっただろ」



その声には、先ほどまでの軽さとは別の響きが混じっていた。



「今はそれで十分だ」



短く、言い切る。


それ以上の言葉を許さない、静かな圧。


森が、再び沈黙する。


風が吹き抜け、木々がわずかに軋む。


葉擦れの音だけが、間を満たしていく。


やがて――



「……帰るぞ」



ぽつりと落ちたその言葉を合図に、


その場にあったいくつもの気配は、音もなく闇に溶けた。


残されたのは、何もなかったかのような静寂。


ただ、夜の森だけがーーそこにあった。






翌日。


朝食を済ませた俺たちは、リオデルカの執務室へと向かっていた。


先導するのはフォージ。


昨日とは違い、怯えの色はない。


だが代わりに、どこか戸惑うような、落ち着かない表情を浮かべていた。



「バカ陛下。何かしたの?」



後ろから、リリィの訝しげな声。



「ん……泣かした」



「泣かしたっすね」



「最低ですね」



間髪入れずに畳みかけられる。



「いや……泣かしたと言えば泣かした……かな」



ゴンッ――!



「ぐはっ!」



背中に鈍い衝撃が走る。


振り返れば、昨日とは打って変わって、どこか吹っ切れたような顔のリリィ。



「おまえ……の方こそ、何かあったのかよ……」



痛みに顔を歪めながら尋ねる。



「教えないわよ」



そう言って鼻を鳴らす。


だが、その横顔はどこか軽くなっていた。


やがて執務室の前へと辿り着く。


フォージがノックをし、ゆっくりと扉を開けた。



「ありがとう」



何気なく礼を口にした瞬間、彼女は目を見開いた。


だがすぐに、その表情はやわらぎ――


ほんのわずか、照れたように微笑んだ。


その変化を胸の奥で受け止めながら、俺は室内へと足を踏み入れる。


部屋の中には、すでに数人の気配があった。


中央にはリオデルカ。


その両脇には、見慣れぬ二人の男。


一人は、体つきに無駄のない、背筋を伸ばす男。


もう一人は、空気そのものを押し広げるような巨躯の男。


室内の空気は静かだが――どこか張り詰めている。


俺は昨日と同じ応接の席に腰を下ろす。


向かいには、リオデルカ。


その視線は、優しさに包まれていた。



「協議の前に紹介しよう」



静かな声が響く。



「アテーナで見つけた、サブクラス持ちが二人だ」



二人の男が一歩前へ出る。



「良く、見つけられましたね。ステータスを見ることはできないのに」



俺は素朴な疑問を投げかける。


サブクラスを最初から発現してこの地に来た者は、それを認識している。


だが、サブクラスがあると嘘をつくこともできる。


結局は、ステータスを見ることのできる俺の目が必要になると思っていた。



「なぁに、簡単なことよ」



そう言うと、胸を張る。



「サブクラス武器は、文字通り、サブクラスを持つ者しかその手に持てぬ」



「ならば……全て一度持たせてみればよいだけだ」



そう言うと、リオデルカは声を出して笑う。



(確かに……)



「それでな、ワシの右手にいるのが、ハンスだ」



そう言って、リオデルカは右手を上げる。



「お初にお目にかかります。タイシ陛下。ハンス・バトンと申します。元はザブラ王国で部隊長を務めておりました」



---

ハンス・バトン 騎士 ソルジャー

STR 3 VIT 10 DEX 2 AGI 2 INT 2 EXP 1


バスターソード ライングレード

STR+1


ナイトシールド ライングレード

VIT+1


フルプレートアーマー ライングレード

VIT+1


フルプレートゲートル ライングレード

VIT+1


フルプレートグローブ ライングレード

VIT+1


フルプレートブーツ ライングレード

VIT+1

---



整った所作。無駄のない言葉。


真面目そう。


それが、第一印象だった。



「よろしく」



短く返す。



「そして左手にいるのが、ゴラン」



今度は左手を上げた。



「俺の名はゴラン! 戦士の国ジュラの出だ! 苗字はねぇが――まぁよろしく頼むぜ、陛下!」



---

ゴラン 騎士 ファイター

STR 7 VIT 6 DEX 2 AGI 2 INT 2 EXP 1


グラインダー(拳) ライングレード

STR+2


フルプレートアーマー ライングレード

VIT+1


フルプレートゲートル ライングレード

VIT+1


フルプレートグローブ ライングレード

VIT+1


フルプレートブーツ ライングレード

VIT+1

---


空気が震えるほどの声量。


思わず言葉に詰まる。



「よ……よろし……」



俺が、かろうじて挨拶を返そうとした時だった。



「ゴラン、貴様は礼儀から教える必要があるな」



ハンスがゴランを睨んだ。



「なんだ、ハンス? 俺ァ、ジュラのモンが、礼儀っちゅうもんをしらねぇのは知ってるだろ?


 それとも何か、おめぇは陛下がこんなちっぽけな事、気にするとでも思うのか?」



喧嘩が始まる。


デンス、ジェイク、リリィの三人はやれやれと言う顔で静観し、


セシルは興味なさげに、窓の外へ視線を向けている。


さて、リオデルカはというと、



(……俺にやれってことか)



ニコニコとこちらを見る。


俺は小さくため息を吐いた。


そして――



「二人とも、やめろ」



場を断ち切るように言う。


二人の視線が一斉にこちらへ向く。



「ハンス。礼儀は気にしない。やることをやるならな」



「はっ」



(……やることをやる、か……)



胸に小さな棘が刺さる。


それでも続ける。



「ゴラン。声がデカすぎる。時と場所をわきまえろ」



「時と場所か! わかった!」



全く抑えられていない声量。


ハンスが睨むが、これ以上は言わない。


パチンッ――


乾いた音が、室内に響いた。



「話もまとまったところで」



リオデルカが手を打つ。


相変わらずの笑み。



(この人は……)



わずかに呆れが混じる。



「さて、協議を始めようか」



その一言で、空気が変わる。



「今朝方戻ったばかりで悪いが、お前たちにも参加してもらう」



後ろの二人へ視線を送る。



(今朝戻った……?)



確かに昨日の襲撃の際は見かけなかった。


やがて――


リオデルカの視線が、俺へと向けられた。


“始めろ”という無言の圧。


俺は一度、深く息を吸い込む。


そして――



「デンス、頼む」



「はい」



一歩前へ出るデンス。


その動きに合わせるように、室内の空気がさらに引き締まった。



「本日協議する議題は、大きく三つに分かれます」



静かに、だがはっきりとした声が響く。


窓から差し込む朝の光が、机の上の書簡や地図を照らし出す。


整然と並べられたそれらは、この場が単なる情報共有ではなく――


未来を決定する場であることを示していた。



「一つ目は現状報告。アレース、アテーナ両領の状況、および我らリベリオン周辺領主の動向について」



誰も口を挟まない。


紙の擦れる音ひとつすら、やけに大きく感じる。



(……ようやく、来るか……)



“外”の情報。


あの日以来、ずっと求めていたもの。



「続いて、主たる協議事項――外交を含めた軍事戦略の策定」



リオデルカが静かに頷く。


その仕草一つで、発言の重みが増す。



「そして最後に、内政戦略。特に――」



一瞬、間を置く。



「アレースとアテーナを結ぶ街道整備について。陛下は強い関心……いえ、強い“怒り”をお持ちですので」



「お、おい!」



思わず口を挟む。


くすり、リリィが笑う気配。



「はっはっは」



リオデルカの笑いが、張り詰めた空気をわずかに緩めた。


だが――


すぐに、それは消える。



「では最初に、リベリオンの周りの領地についてです」



デンスの声が、静かに場を支配した。


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