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第三十話 メイドへの謝罪

「リオさん!」



思わず、俺はその名を叫んでいた。


視線の先――そこには、悠然と立つリオデルカの姿。



「はっはっは! 間に合って良かった」



場の緊張を裂くように、豪快な笑いが響く。


その声音だけで、不思議と張り詰めていた空気が緩んでいくのがわかった。



「さて……こんな所で立ち話もなんだ。屋敷へ向かおうか」



彼がそう告げると、周囲の兵士たちは一斉に武器を収め、静かに道を開けた。


ジェイクは無言で御者台へ戻り、


リリィは俯いたまま、ゆっくりと馬車へ乗り込む。


その背中は、先ほどまでの戦闘の余韻を色濃く引きずっていた。



「……大丈夫か?」



俺は、できるだけ穏やかな声で問いかける。



「倒せなかった……」



か細い声。悔しさが滲んでいた。



「……気にするな。相手の連携が上手かっただけだ」



慰めにもならない言葉だと分かっていながら、それでも絞り出す。



「……ん」



小さな返事。



(どうしてあんな戦い方を……)



俺は先ほどの戦いを思い出していた。


そして思わず言葉を発した。



「あ……」



「なに?」



リリィは俯いたまま聞く。



「いや……なんでも……ない」



俺は、喉から出かかった言葉を飲み込む。


彼女と俺の中に残った別々の感情を、そのまま置き去りにするように――馬車は静かに動き出した。


舗装された道をしばらく進むと、アテーナの領主邸へと辿り着いた。


道中に見た街並みは、かつての十四番領地とは別世界だった。


荒廃の影はどこにもなく、人の営みが、確かな熱をもって息づいている。



「さて、長旅で疲れているだろうが……少し話をしようか」



リオデルカはそう言って、俺たちを執務室へと案内した。


扉の前には、この屋敷のメイド長――フォージが控えている。


背が高く長い黒髪をした痩せた女性。


いや、痩せ細ったと言うべきか。


その目には、生気が感じられなかった。


彼女は俺の姿を認めると、深々と頭を下げた。


だが――その体は、緊張し、異常に震えていた。



(……?)



自分の立場はわかっているつもりだ。


今までも向き合った相手が緊張している場面は幾度となくあった。


しかし、彼女のそれは違う。



(……恐怖?)



執務室は素朴ながらも整えられており、無駄のない空間だった。


机の前には来客用の応接セットが置かれ、静かな威厳を漂わせている。


リオデルカは執務机に座る。


彼に促されるまま、俺はソファへ腰を下ろした。



「それで、リオさん。さっきの連中は?」



我慢していた問いを、ようやく口にする。


だが彼は軽く手を上げ、言葉を制した。



「まぁ待て。まずは……フォージ、殿下達に温かい飲み物を頼めるか?」



「……かしこまりました……」



かすれるような声を残し、彼女は部屋を出ていく。


その背を見送りながら、リオデルカが静かに言った。



「悪く思わないでやってくれ」



「……?」



「ワシがこの屋敷に来たときな。彼女は――領主の寝室で、両手を縛られておってな」



一拍。



「それも……一糸まとわぬ姿でな」



「――っ!?」



(クドウ……あの野郎……!)



腹の奥から、どす黒い怒りが湧き上がる。


隣では、リリィがぎゅっと拳を握りしめていた。


脳裏に浮かぶのは、ミリィの顔。


あのときの光景が、焼き付いて離れない。



「……でも、よかったです。無事で……」



ようやく、それだけを口にする。



「あぁ。ようやく人前にも出られるようになってな」



リオデルカは穏やかに頷く。



「まだ時間はかかるだろうが……ゆっくり癒していけばいい」



そのとき、扉が静かに開いた。


フォージが給仕セットを抱えて戻ってくる。



「さて……さきほどの連中の話だったな」



「はい」



これで四度目だ。命を狙われるのは。


ーー慣れてきている自分が、少し怖い。


だが今回は違う。


相手の正体が、まるで見えない。


だからこそ、次の言葉を――


俺は、恐れに似た感情で待っていた。



「ワシは知らん」



「……へ?」



あまりにもあっけない返答だった。



「ステータスを見るのは陛下の専売特許であろう? ワシに分かるわけなかろうて」



「あ、いや……まぁ……そうなんですが……」



肩透かしを食らう。



「遠くの領地は知らんが、リベリオンに限らず、周辺の領地には検問がない」



リオデルカは続ける。



「不埒者にとっては天国だろうな」



「……」



「それにな。陛下は二領を治めている」



ゆっくりと、こちらを見る。



「ワシを殺したところで代わりは立つ。だが陛下を殺せば――二領が一気に手に入る」



「……確かに」



「狙われるのは当然だと思うぞ」



どこか楽しげですらあった。


俺は俯き、自分の立場を改めて噛みしめる。



「なぁ、陛下」



ふいに、優しい声。



「目に見えるものだけが真実とは限らん」



「……?」



「それを、忘れるでないぞ」



「……はい」



腑に落ちないまま、頷くしかなかった。



「さて、今日はここまでにしよう」



話を切り上げる声。



「続きは明日だ」



「わかりました」



「今日はゆっくり休むといい」



「ありがとうございます」



(まったく。これじゃどっちが王かわからないな)



俺は、自分に呆れていた。



「フォージ、案内を頼む」



「……かしこまりました……」



彼女はそう答えると、ゆっくりと扉を開く。


俺が立ち上がろうとした、そのとき。



「そうだ、陛下」



「はい?」



「リリィ嬢を、少し借りてもよいか?」



思わぬ言葉に、俺とリリィは顔を見合わせた。


不安の色を残しながらも、彼女は小さく頷く。



「……わかりました。リリィを、よろしくお願いします」



彼女を残し、俺たちは部屋を後にした。


領主邸の構造は多少異なるが、アレースと大きな違いはない。


沈黙のまま、フォージの後を歩く。


やがて彼女が足を止めた。



「こ……ここが……陛下のお部屋で……ございます……」



怯えた声。


その震えは、過去の記憶に縛られている証だった。


――だからこそ。


俺は、決めていたことを実行する。



「陛下!? なにしてるっすか!?」



ジェイクが驚く声を上げる。


デンスは目を細め、セシルは無表情のままこちらを見る。


王として、正しい行動ではないかもしれない。


それでも――


やらずにはいられなかった。


立場も、状況も、何もかもが噛み合っていない。


それでも――



(ミリィを守れなかった)



(だからせめて――)



胸の奥に残り続ける、あの光景。


守れなかったもの。救えなかったもの。


そのすべてが、今この瞬間に重なっていた。



「俺の知り合いが……申し訳ないです」



腰を折り、深く頭を下げる。


フォージに向かって。



「…………」



静寂が落ちる。


息を殺したような空気の中、時間だけがゆっくりと流れていく。


頭を下げている俺には、フォージの表情は見えない。


だが――


ぽたり、と。


床に落ちる雫が、一つ、また一つと増えていった。


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