第二十九話 敵襲
俺の耳に届くのは――外で交わされる、鋼の音だけだった。
金属と金属が噛み合い、弾ける。
乾いた衝突音が、夜気を震わせている。
「なんで……イチャイチャしてる……?」
不意に、頭上から声が落ちてきた。
見上げると、馬車の天窓からセシルが顔を覗かせていた。
半目の、じっとりとした視線。
「ち、違います」
意外にも、デンスが動揺した声を漏らす。
「陛下……敵、“見て”」
短い一言。
俺とデンスは顔を見合わせる。
言わんとしていることは、すぐに理解できた。
「また……イチャイ……」
「だから違うって言ってるだろ!」
思わず声を荒げる。
デンスがようやく体を起こすと、セシルが淡々と言い放った。
「デンス様、邪魔……ドア押さえて……隠れてて」
「っ……!」
その一瞬で理解する。
――デンスは、セシルに弱い。
俺は立ち上がり、天窓へと身を乗り出した。
視界に飛び込んできたのは、戦場だった。
フードを目深に被り、黒いローブで装備を隠す集団。
「敵は七人」
セシルが矢を番え、馬車へ近づく影へ牽制を放ちながら言う。
ジェイクは馬車のすぐ側。
三人を相手に、セシルの援護を受けながら立ち回っている。
――サブクラスなし。
ステータスは高くない。
ただの兵士だ。
(ジェイクなら問題ない……)
そう判断した瞬間、違和感が走った。
「……まともに戦う気がない?」
「うん……勝てないの、分かってる……」
三人は順に馬車へ踏み込もうとする。
ジェイクが拳で迎え撃つ。
だが――
踏み込んだ瞬間、すぐに引く。
深追いはしない。
攻めも、受けも、どこか“浅い”。
それを、ただ繰り返している。
「チッ……」
舌打ちが漏れた。
(隙ができるのを待ってるのか……!)
だが、セシルの援護があれば問題ないだろう。
ならば――もう一方。
「リリィは……!」
俺は視線を走らせる。
(いた――!)
少し離れた場所。
リリィが、四人を相手にしていた。
「……っ!」
息を呑む。
(攻めあぐねてる……?)
いや――違う。
(押されてる!?)
「あいつら……本職……どっかの……ちゃんとした兵士だった」
セシルの声が、短く告げる。
四人。
盾と剣が二人。
大剣が一人。
そして――双剣が一人。
リリィが踏み込むたび、盾を持つどちらかがそれを受ける。
リリィのステータスに勝てるわけがなく、後ろへと追いやられると、すかさずもう一人の盾が前へ出る。
――隙が、ない。
ほんの僅かな乱れ。
その瞬間を狙って、後方の大剣と双剣が牙を剥く。
連携。
それも、完成された“戦場の動き”。
「クソッ……!」
俺は急いで襲撃者達のステータスを見た。
盾二人、大剣一人。
サブクラス持ち――だが、数値は大したことはない。
リリィには遠く及ばない。
それでも、戦況はリリィが押されていた。
そして、最後の一人。
(……見えない?)
確かにステータスは浮かぶ。
だが――
名前も、能力値も。
サブクラス以外のすべてが「?」で塗り潰されている。
---
???? ?? ???
STR+?(+?) VIT+?(+?) DEX+?(+?) AGI+?(+?) INT+?(+?) LUK+?(+?)
??????(双剣) ??????
隠遁者のローブ タクティカルグレード
装備者のステータスを隠す
?????? ??????
?????? ??????
?????? ??????
---
「隠遁者のローブ……!」
これか――!
俺がその原因に気づくと同時に、リリィが踏み込む。
一閃。
禍々しくも美しい刃が、盾へと叩きつけられる。
鈍い衝撃音。
だが、貫けない。
踏み込みの勢いごと、盾を構えた男は後ろに吹き飛ばされる。
その瞬間、横からもう一枚の盾が滑り込む。
角度を変え、押し返す。
体勢がわずかに崩れる。
そこを――
「っ!」
大剣が振り下ろされる。
咄嗟に後退。
地面を蹴り、紙一重でかわす。
「まったく……やりづらいったらありゃしない……」
双剣が閃く。
一気に間合いを詰めてくる。
連続する斬撃。
速い――だが、リリィには軽い。
リリィは刃を弾き、距離をとり、再度、攻撃の準備をする。
――はずだった。
一瞬。
わずかに、踏み込みが深い。
(……?)
本来なら、引くべき間合い。
それでもリリィは、半歩だけ前へ出た。
(今の……なんだ……?)
しかし――
先ほど吹き飛ばされた盾が戦線に復帰した。
呼吸すら合わせた、四人の連携。
「……っ」
リリィが一歩、下がる。
さらに一歩。
じり、じりと。
確実に、押し返されていた。
視線が、リリィの足運びを追う。
下がりながら――なお、間合いを外しきらない。
浅く、踏み込める位置に留まり続けている。
(なんで……そんな位置に……)
胸の奥が、ざわつく。
守りを固めれば、まだ凌げるはずだ。
だが、そうしていない。
攻撃を受けないことよりも。
攻撃を当てることを優先している。
(守る気がない……?)
次の瞬間――
リリィは、自ら間合いへ踏み込んだ。
刃が交差する。
火花が散る。
だがそれは、明らかに危険な踏み込みだった。
(やめろ……!)
喉まで出かかった声を、飲み込む。
理解してしまったからだ。
(あいつ……)
(まるで――)
(死に急いでるみたいじゃないか……!)
(まずい……どうする……!)
「いたぞ!!」
野太い声が、闇を裂いた。
知らない声。
反射的に、全身が強張る。
(新手……!?)
「……大丈夫……あれ、味方」
セシルが淡々と告げた。
「陛下の馬車をお守りしろー!!」
「「おぉー!!」」
次の瞬間。
十近い人影が、一気に雪崩れ込んできた。
戦場の空気が、変わる。
「……退却だ」
低く、冷えた声が、双剣の襲撃者から発せられた。
合図と同時に――
襲撃者たちは、一斉に距離を取る。
迷いがない。
背を向け、闇へと溶けるように走り去った。
「逃がすかっ!」
援軍の一人が叫ぶ。
だが――
「追うな」
低く、よく通る声がそれを制した。
空気が、張り詰める。
「追わんでいい」
その声には、絶対の重みがあった。
俺は反射的に振り向く。
闇の中から、ひとりの男が歩み出る。
「待たせたな、陛下」
――リオデルカ・アストロガルド。
このアテーナを治める代官にして。
かつて“賢王”と呼ばれた男が、そこに立っていた。




