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第二十七話 アテーナへ

命を狙われたあの日から、三か月が経っていた。


廊下の窓から見下ろす景色は、もはや“村”ではない。


活気に満ちた、一つの“街”だった。


リベリオンの北、東、西に点在していた村々は、中央のアレースへと統合され、その人口は一気に膨れ上がった。


住居が足りるのかという不安も、最初はあった。


だが領民たちのストレングスやアジリティが底上げされていたおかげか、建築は想像以上の速度で進んだ。



(ただ……作りはいまいちだな……)



整然と並ぶ家々。


広くなった通り。


ただ、並ぶのは藁屋根の石造りの簡素な家ばかりだ。


便利さと引き換えに、この土地が持っていた“土の匂い”は、どこかへ消えてしまった気がした。


現在はデンスの指示のもと、街の周囲に防壁を建設中でもある。


発展しているのは街だけではない。


農地も整備され、残り三か月分となった食料を補うため、俺は自分の唯一の強みである、農家の息子だった経験を活かし、農耕具の開発に取り組んでいた。


工芸師のクラスを持つ領民たちと進めたそれは、思いのほか楽しく。


その影響か、デクスタリティが+1されたほどだ。


街が発展するにつれ、領民たちは――いや、“国民”たちは徐々に俺を王として受け入れていった。


しがない一介の高校生だった俺にとって、それは気恥ずかしくもあり、同時に確かな喜びでもあった。


その積み重ねが、国全体のインテリジェンスを+1するにまで至ったのだから、笑えない話だ。


楽しさの感情によるステータスアップ DEX+1


喜びの感情によるステータスアップ INT+1


そういえば、この三か月で新たに分かったこともあった。


領地が発展すると、サブクラスを持つ者に限り、“ステータスポイント”が割り当てられるらしい。


そしてそれを分配できるのは、領主である俺だけだった。


俺は一人ひとりと面談を行い、本人の希望に沿う形でポイントを振り分けていった。


ただ――この三か月で唯一、うまくいかなかったこともある。


サブクラス持ちの発掘だ。


見つけられたのは、たったの二人。


今は“インペリアルガード”と名乗らせ、俺直属の部隊に入ってもらっている。


軍備も進展していた。


かつてリベリオンに属していた北・東・西の村は、住民の移動によって廃村となり、そこにはそれぞれ二十人規模の部隊を配置した。


ノースガード、イーストガード、ウエストガード――即席ではあるが、確かな防衛線だ。


武器や装備の開発も進んでいる。


インペリアルガードは街周辺で魔物を狩り、素材を回収しては鍛冶屋へと持ち帰る。


その成果として、ノングレードからライングレードまでの装備が作れるようになっていた。


皆が、それぞれにできることをする。


ただそれだけのことなのに――


俺の中には、これまで感じたことのない感情が芽生えていた。



(……かなり、いい感じだな)



眼下に広がる街並みを見ながら、思わず頬が緩む。



(当面の目標は……通貨だな)



この国には、まだ通貨が存在しない。


現在は徴収した初期食料を代替として使用している。


反感を買うかとも思ったが、リオデルカの知恵を借り、なんとか国民の理解は得られた。


だが、いつまでも続けられる方法ではない。


鉄などの鉱物は多少採れるものの、通貨発行には到底足りない。



(第一層を目指す必要があるな……)



セレンディパー島第一層。


島の中央にそびえる“天竜山”――俺がそう名付けた山の麓に広がる地帯だ。


竜の縄張りに近く、魔物も強力。


だがその代わりに、良質な鉱物資源が手に入るらしい。



(さて……どうしたものか……)



三か月前では考えられなかった思考に、思わず笑みがこぼれる。



「なに、ニヤニヤしてるのよ! バカ陛下!」



不意に、背後から幼さの残る声が飛んできた。



「なんだ、リリィ……とアスラーか」



そこには、小さなメイド服を着こみ、金色の髪を後ろで一つに束ねた少女が立っていた。



「なんだとはなによ! せっかく準備できたって言いに来てあげたのに!!」



リリィ・アルテリア。


三か月前、俺の命を狙った“復讐者”。


今では、この館でメイドとして働いている。


ちなみに、この三か月で分かったことだが、“クラス”は変更可能らしい。


彼女の初期クラスは薬師。


だが今はメイドとして働いている。


初期クラスは、それに伴う“知識”を持っている。


クラスチェンジすると、新しいクラスで“知識”を得ることはできない。


ただ、元のクラスの知識は残るらしい。


故に彼女は、薬師の知識を持ったメイドという位置づけだ。



「まったく……早く準備しなさいよね!」



リリィは腕を組み、ふてぶてしく言い放つ。



「アスラー様も私も暇じゃないんだから!」



その背後に――ふっと影が差した。



「あ……」



「なーにが『あ……』よ! とっとと――」



ゴツンッ!!!


鈍い音が廊下に響いた。



「いだっ!!?」



リリィの頭に、見事な拳骨が振り下ろされる。



「リリィ……何度も言ってるでしょ?」



穏やかな声。


だが、その奥に潜む圧は隠しきれていない。


メイド長、シェリーだった。



「陛下には敬語を使いなさいって」



その笑顔は完璧だった。


完璧すぎて、逆らうという選択肢が消えるほどに。



「あ……シェリーさん……リリィは……」



「陛下? 陛下も陛下ですよ?」



「……はい」



体が、頭が、本能が警鐘を鳴らす。


――この人には逆らうな。



「シェリー様ー!」



廊下の奥から呼ぶ声が響く。



「陛下も、準備をお早めに」



それだけ言い残し、シェリーは去っていった。


残されたのは、呆然と立ち尽くす俺と、目を逸らすアスラー。


そして、頭を押さえてうずくまるリリィだけだった。



「なぁ……お前のバイタリティ、現状、この国で一番だよな?」



「……」



彼女は禍々しくも美しい“リベンジャー武器”の所有者。


持ち主のステータスを大幅に底上げする代物だ。


その彼女が――ストレングス2しかないシェリーの一撃で沈む。


どう考えてもおかしい。



「バカ陛下……」



うずくまりながら、リリィが呻く。



「アイツ……絶対……人間じゃない……」



「……まぁ、否定はしない」



苦笑が漏れる。



「みんなはどうしてる?」



話題をアスラーへ向けた。



「はい。カイ殿はインペリアルガードの訓練を兼ねて魔物狩りへ。


 デンス殿は馬車でお待ちです。


 付き添いにリリィ、護衛としてジェイク殿とセシル殿が同行予定です」



「そうか」



軽く頷く。



「……ミスラは?」



一瞬の間。



「……本日も、孤児院へ足を運ばれております」



「……そうか」



命を狙われたあの日から――


ミスラの様子は、どこかおかしかった。


ワカナから受け取った指輪。


それが何なのかは分からないが、明らかに俺を避けている。



(……今は、考えても仕方ないか)



思考を切り替える。


コートを羽織り、踵を返した。



「留守の間、この地を任せる」



「かしこまりました」



アスラーは胸に手を当て、深く頭を下げる。



「じゃあ行こうか。アテーナへ」



「はい。いってらっしゃいませ」



「……」



アスラーの視線が足元へ落ちる。



「……」



そこには未だに頭を押さえ、うずくまるリリィがいた。



「おい、行くぞリリィ」



新たな課題。新たな地。新たな一歩。


館の扉を開くと、春の風が頬を撫でた。


発展を続けるリベリオンを背に――


俺は、新たな目的地、リオデルカが治める元十四番領地、アテーナへと歩き出した。


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