第二十三話 謝罪
俺は、領主邸の廊下を歩いていた。
重い足取りで。
リオデルカと話したあの日から、さらに一日が過ぎていた。
窓から差し込む午後の光はやけに白く、長い廊下の床に淡い影を落としている。
だが、その光さえもどこか冷たく感じられた。
(さて……)
俺は、ある一室の前で足を止める。
人の気配はない。
静まり返った廊下には、自分の足音の余韻だけが、やけに大きく残っていた。
まるで――この空間から、自分だけが切り離されているかのような孤独。
しばらく扉を見つめたまま、思考を巡らせる。
やがて、小さく息を吐き――
意を決して、扉をノックした。
……返事はない。
「……」
(いくか……)
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
「入るぞ……」
一声かけて、扉を押し開く。
建て付けの悪い扉が、ぎぃ、と鈍い音を立てて軋んだ。
その音が、静寂の中でやけに大きく響く。
視界に飛び込んできたのは――
手足を鎖で繋がれ、ベッドに横たわる少女の姿だった。
(これじゃ……拘束してるうちに入らないだろ……)
鎖は完全に動きを封じるものではない。
ミスラなりの配慮なのだろう。
ある程度の自由は許されているらしく、少女がわずかに身じろぐたびに、金属が擦れ合う音が小さく鳴った。
「……殺しにきたの?」
低く、冷えた声。
リリィ・オルテリア。
ミリィの妹であり――かつて俺の命を狙った暗殺者。
彼女はベッドの上からこちらを睨みつけ、ゆっくりと口を開いた。
「いや……話をしにきた」
俺は短く答える。
その瞳は変わらない。
鋭く、刺すような光を宿したまま。
だがその奥に、ほんのわずかな揺らぎがあるように見えた。
「それより……素朴な疑問なんだが……お前……」
「……」
反応はない。
「それ、トイレどうしてるんだ?」
本気で疑問だった。
「……」
「……」
一瞬、時間が止まったような沈黙。
「こ……」
「こ?」
「この……変態!! バカ! バカバカバカ!!」
「え?」
張り裂けるような声が室内に響いた。
「それが年頃の女の子に聞くこと!?」
リリィの顔は、怒りか羞恥か――真っ赤に染まっている。
「私はあんたの命を狙ったの!!」
「……」
「その相手に、最初に言うセリフが『トイレどうしてる?』ですって!?」
「あんたバカなの!?」
一気にまくし立てると、彼女は肩で荒く息をしていた。
「あぁ……まぁ……そうなんだが……」
俺は苦笑を浮かべながら、懐に手を入れる。
取り出したのは、デンスから預かった鍵。
「!?」
「ちょっと、着いてきてくれないか?」
そう言いながら、鎖を一つずつ外していく。
金具が外れるたびに、乾いた音が静かに床へ落ちた。
「……」
彼女は何も言わない。
ただ、じっと俺の手元を見つめている。
「一緒に行きたいところがあるんだ」
「また……またあんたの命を……狙うかもしれないよ?」
冷たい声音。
だが、どこか迷いを含んでいた。
「あぁ……もしかしたら狙うかもしれない」
「!」
「でも、それでもいい」
リリィの瞳がわずかに揺れる。
「なんとなくだけどな」
わずかに肩をすくめてみせる。
「……噂に違わぬ、いい加減領主ね……」
「そう……かもな……」
すべての拘束を外し終え、俺は背を向ける。
そして、そのまま扉へと向かった。
後ろからの気配を感じる。
振り返らない。
しばらくの沈黙の後――
かすかな足音が、俺の後を追いかけてきた。
俺たちは言葉を交わすことなく、アレースの村の北へと向かっていた。
空は薄く曇り、陽光は柔らかく拡散している。
風は穏やかで、どこか現実感の薄い静けさが広がっていた。
途中、デンスやカイが護衛をつけるよう口うるさく言ってきたが、俺はそれをすべて退けた。
リベンジャー武器を持つ彼女を止められる者など、この領地にはいない。
――それは、誰もが知っている事実だった。
村の外れを抜ける。
踏み固められた土の道を進み、緩やかな坂を上っていく。
やがて視界が開け――
小高い丘へとたどり着いた。
そこには、いくつもの墓標が並んでいた。
風に揺れる草の音だけが、静かに耳に届く。
俺はその中の一つへと、彼女を導いた。
「……」
「ミリィは……お前のお姉さんは……こんなどうしようもない俺にも、ずっと優しかったよ」
言葉を選ぶように、ゆっくりと口にする。
「……」
リリィは何も答えない。
ただ、墓標を見つめ続けていた。
俺は、その前で静かに頭を下げる。
「彼女を……ミリィを……助けてやれなくて……ごめん」
絞り出すような声。
拳は、知らぬ間に強く握りしめられていた。
リリィはそれを横目で見た。
だが――何も言わない。
「これを……お前に……」
俺は懐から、一枚の紙を取り出し、差し出した。
あの日。
ミリィが息絶えた、あの部屋に残されていた――手紙。
リリィは無言のまま、それを受け取る。
紙を見つめたまま、深く息を吸い込む。
風が、わずかに強く吹いた。
丘の草木がざわめき、墓標の間を吹き抜けていく。
そして――
彼女はゆっくりと、手紙を開いた。
ここまで呼んで頂き、ありとうございます。
少し短いですが、自分の中でのプロローグ的な第一章が明日の投稿で終わります。
引き続き、楽しんでもらえましたら幸いです。




