第二十二話 夢からの目覚め
「なるほど……ドラグナネメシスに……」
「はい……」
低く落ち着いた声が、静かな室内にゆっくりと広がる。
俺は、自室のベッドの上に横たわっていた。
見慣れた木の天井。節の浮いた梁。
窓から差し込む昼の光が、白いシーツの上に淡く影を落としている。
だが、その穏やかな光景とは裏腹に――腹の奥には鈍い痛みが残っていた。
あの日、腹を貫かれてから三日。
目を覚ました時、まず感じたのは安堵ではなく、“まだ生きている”という妙な実感だった。
刺された傷は塞がっている。
だが、少しでも身体を動かせば、奥から軋むような痛みがじわりと広がる。
この世界の傷薬は、ゲームでよくある“ポーション”とは違う。
一瞬で回復することはない。
あくまで自然治癒力を高めるだけのもの。
時間をかけて、ゆっくりと回復していく。
部屋の隅には、薬草を煎じたような匂いがまだ残っていた。
領民の中にいる薬師のクラスの者が調合したものだと、デンスが教えてくれた。
ベッドの脇には、椅子に座るリオデルカと、その横で控えるデンス。
二人の視線が、静かにこちらへ向けられている。
「この世界のこのシステムは、歴代の竜血四侯が作り上げたものだと……そう言っていました」
「なるほどな……」
リオデルカは、ゆっくりと頷いた。
長い年月の中で散らばっていた何かが、ようやく繋がった――そんな表情だった。
俺とデンスは、思わず顔を見合わせる。
その空気を察したのか、リオデルカは軽く肩をすくめて笑った。
「あぁ……すまんすまん! いや、実はな……」
わずかに身を乗り出し、語り始める。
「各国の王族には、たまにドラグナネメシスから接触があったのだ」
「!?」
思わず息を呑む。
腹の痛みを忘れかけるほどに、その言葉は重かった。
「ワシの代ではなかったが、ワシが統治していた国にも二通ほど、古文書として残っておる」
「その内容は……!?」
身を乗り出した瞬間、傷がわずかに疼く。
それでも構わず、視線を外さない。
リオデルカは、まぁまぁ、と手で制し、落ち着いた声で続けた。
「一通はずっと昔に、“軍を派遣し、竜を倒せ”という焦りの滲む手紙だった」
「随分ざっくりしてますね……」
「あぁ……当時の王も、背景すら書かれていない故、いたずらと思い無視をした。ただ……」
「ただ……?」
「なぜか、その手紙を捨てる気にはなれなかったらしい」
その言葉に、わずかな重みが宿る。
「それで、古文書として残ってると?」
「そうだ」
静かに頷くリオデルカ。
まるで、その判断を下した“過去の王”に、どこか敬意を払うように。
「その二百年後、二通目が届けられた」
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
「内容は……そうじゃな。そのワカナという娘が語ったことと、大差ない」
「それでは“仕様”のことも?」
「いや。それはなかった」
「そうですか……」
「彼らはこの島における、統一まであと一歩に迫った者達だ」
「!!」
「まだ年端も行かない子供達が必死に領民を導き、かつての友を殺し、
島の統一に迫ったが、竜の力によって、その道も絶たれたと……」
「……」
言葉が出ない。
頭の中に、光景が浮かぶ。
子供たちが剣を握り、仲間を導き――
そして、かつての友と刃を交える。
誰かの悲鳴と、誰かの決意が交差する。
「そこからはそのワカナという娘と一緒だな。
ドラグナネメシスになり、竜の眷属として、この島を蹂躙する“竜血に選ばれた四つの裁き”へと成れ果てた……」
静かな声だったが、その内容はあまりにも重かった。
「そして、手紙の最後には、“後輩”に伝えて欲しいと書いてあった」
「私たちの“遺産”を上手に使って、竜を倒して……と」
「遺産……」
思わず呟く。
――それが、このシステム。
歴代の竜血四侯が積み上げてきたもの。
(うまく使え……か……)
簡単に言うが、その意味はあまりにも重い。
「かくいうワシも、この手紙を見た時は心底驚いた」
「だが、どうすることもできなかった」
リオデルカの視線が、わずかに落ちる。
「なぜなら、この地の実情を知り得るのは参加者のみで、
帰ってきた者はおらぬのだから、それが本当か否かなど知る由もなかった」
淡々とした言葉。
だが、その裏には長年の無力感が滲んでいた。
「だが、今ならわかる。絶望の中、したためたのであろうこと」
「手紙の文字は震えておった」
沈黙が広がる。
「まぁなんだ。その手紙だけが、ワシの三十年の治世で心残りになっておってな」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「ワシはここに来るのを決めたのだ」
「!」
思わず息を呑む。
「リオさんは……竜の盃に自分で?」
「ほぅ……知っておるのか……その通りよ」
迷いのない肯定。
「ワシは自分の意思でここに来た」
その目には、確かな決意が宿っていた。
だが、その直後――
「ありがとう」
深く、頭を下げられる。
「こんなにも早く、彼らの後輩に、彼らの思いを伝えられるとは思わなんだ」
「いえ……俺は別に……」
戸惑いながら答えると、
「それと……すまなかった」
さらに言葉が続く。
「どうしたんです?」
「何も知らないそなたにこの話をしたところで、混乱するだけだと思い、黙っておった。許してほしい」
「別に怒ってませんよ」
むしろ――ありがたかった。
正直、頭の中は限界に近い。
次から次へと情報が押し寄せてきて、いつ崩れてもおかしくない状態だ。
それを見越して、段階的に話してくれたのだろう。
リオデルカなりの気遣い。
その事実に、自然と頭が下がる思いだった。
リオデルカは、柔らかく微笑む。
「さて、これからのことだが……」
空気が、少しだけ変わる。
「まず、あの娘……どうするつもりだ?」
現実が、突き刺さる。
一瞬で、頭の中が切り替わる。
「処分しましょう」
デンスが、迷いなく言い放った。
「いや……俺はあの子を殺さないよ」
即座に返す。
「まぁそうですね。勝手に死にますもんね」
その言葉に、思わずデンスを睨む。
「リベンジャー武器……あれをなんとかしないうちはそういうことです」
冷静な指摘。
だが、それが現実だ。
「わかってる……」
歯を食いしばる。
「とりあえず、話をしてみようと思います」
それしか、思いつかなかった。
「……」
デンスは何も言わない。
ただ、わずかに目を伏せた。
「そうか……」
リオデルカは、静かに頷き、微笑む。
否定も肯定もせず、ただ受け止めるように。
「さて、ワシは十四番領地に向かうかの。何やら酷いことになってるらしいからの。腕の見せ所だな」
重くなりかけた空気を、あえて変えるように。
「はい。よろしくお願いします」
そう答えると、リオデルカはゆっくりと踵を返した。
デンスが後に続く。
「あぁ、そうだ」
リオデルカが足を止める。
「わしが預かる十四番領地じゃが、次に会う時までに、この地にも『アレース』のような良い名前を考えておいてくれんかのう?」
その顔に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「そのほうが箔がつくだろう?」
彼はニタリと笑った。
「わ、わかりました」
扉が開き、静かに閉まる。
足音が遠ざかり――やがて消える。
部屋に残ったのは、俺だけ。
そして――
リリィ・オルテリア。
憎しみを失えば死ぬ。
だが、そのままでも、いつか壊れる。
(さて……どうしたものか……)
俺は静かな天井を見上げた。
答えはまだ、どこにも見つからなかった。




