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第二十一話 竜血四侯

おはようございます。


本日も、3話投稿です。


このあと、12時、19時にも投稿します。


よろしくお願いします。

気づけば、俺はそこに立っていた。


見慣れたはずの風景が、どこか現実から切り離されたように、静まり返っている。


左手には、どこまでも広がる田園風景。


風に揺れる稲穂は音もなく、ただ色だけを揺らしていた。


右手には、幼い頃、祖母に連れられてよく訪れた神社へと続く石の階段。


苔むした段差は、長い年月を経ているはずなのに、どこか“作り物”のような違和感を帯びている。


そして何より――


人の気配が、ない。


鳥の声も、虫の羽音すらも存在しないこの空間で、唯一耳に届くのは、用水路を流れる水の音だけだった。


さらさらと、空しく響く。



「また……ここか……」



喉の奥から、乾いた声が漏れる。


――腹を貫かれた、あの瞬間。


焼けるような痛みと、血の温度。


視界が白く霞んでいく感覚。



「……死んだのか……」



ぽつりと呟いた言葉は、水音に溶けて消えた。



「死んではいないよ?」



背後から、不意に声がした。


びくり、と全身の筋肉が跳ねる。


反射的に振り向くと――そこにいたのは。



「また、おまえか!」



ワカナだった。


視線が交差した瞬間、身体が勝手に緊張する。


力が入る。逃げ場を探す。だが――ここには、逃げ場などどこにもない。



「安心して。今日は謝りに来ただけだから!」



屈託のない笑顔。


その軽さが、逆に神経を逆撫でする。



「謝りに……?」



警戒が一瞬だけ緩む。



「そ! 痛い思いさせちゃったからさ……」



「……」



言葉が続かない。



「お詫びと言っちゃなんだけど……」



「タイシ君が知りたいこと、なんでも一つ答えてあげるよ!」



その言葉に、思わず息を呑む。



「……!」



「まぁ、私が知ってる範囲でだけどねっ!」



軽く肩をすくめるワカナ。


彼女が、あの美しい槍を持っていないのも相まって、気づけば張り詰めていた身体の力がゆっくりと抜けていた。



「……」



――知りたいことは、山ほどある。


だが。



(何を聞く?)



頭の中で問いが巡る。


焦りと冷静さがせめぎ合う。


やがて――



「……そうだな」



一つ、選び取る。



「この島が……ゲームみたいな仕様になってる理由。それはなんなんだ?」



ワカナは一瞬、目を丸くし――


すぐに、楽しそうに笑った。



「へぇ……意外と冷静で、頭が切れるんだね」



その笑みには、どこか嬉しさが混じっていた。



「いいよ。話してあげる」



そう言って、彼女はくるりと背を向けると、石段の方へ歩いていく。


一段、また一段。


やがて途中で腰を下ろし、こちらを見上げた。



「この島の“仕様”はね……歴代の竜血四侯が作り上げてきたものだよ」



「――!?」



空気が、一瞬で張り詰める。



「タイシ君、もう気づいてるでしょ? 私が日本人だってこと」



「……あぁ……」


否定しなかった。



「私は……いえ……私たちはね――」



ほんのわずか、言葉を選ぶように間を置いてから。



「先代の、この“ゲーム”の領主だったんだよ」



「……」



驚きは、なかった。


どこかで、そうではないかと感じていたからだ。


日本人の名前。


そして、あの“ステータス”を見る力。



「私たちは必死に戦ったんだよ」



遠くを見るように、ワカナは呟く。



「仲の良かった友達と……そして、竜と」



その声には、ほんのわずかに――


かつての記憶の重さが滲んでいた。


そこには、俺の腹を貫いた時の彼女はいなかった。



「でもね。このゲームが終盤に差し掛かった頃、私たちは壁にぶち当たった」



「……竜の強さ。それと……スカーレット・レガリア」



その単語に、心臓が跳ねる。



(スカーレット・レガリア……)



リオデルカの言葉が、脳裏に蘇る。



「それでね……壊れかけてた心が、完全に壊れちゃって」



自嘲気味に笑う。



「気づけば、竜の眷属になってたの」



「……それで、竜血四侯か……」



「そ」



あっさりと頷く。


だが――



「でもね、私たちは諦めなかったんだよ?」



その声音だけは、はっきりと強かった。



「たぶん……歴代の竜血四侯も、同じだったと思う」



「歴代……?」



「そう。この“ゲームみたいな仕様”はね――」



ワカナは、指先で石段をなぞる。



「最初の竜血四侯が、竜と交わした約束。……そして、反抗の意思」



「約束……?」



「竜の下僕になる代わりに、竜血四侯一人につき“ルールを一つ追加させろ”ってね」



「ルールを……」



「そ。まぁ制約だらけだけどさ」



肩をすくめて笑う。



「なんでそんなこと……」



問いかけると、ワカナはまっすぐこちらを見た。



「いつか、あいつらを倒す者が現れるって……信じたからだよ」



静かで、けれど確かな声だった。


「……」


胸の奥が、わずかにざわつく。



「だから、少しずつ作ったんだ。竜血四侯が誕生する度に……ひとつひとつ……」



「平和ボケした日本人の私たちでも馴染めるように――ゲームみたいな“システム”を」



「……それが、この世界の仕様か……」



「そ!」



ぱっと明るく笑う。



「しかも最悪なことにさ」



「ん?」



「あいつら、この仕組み気に入っちゃったんだよね」



「……竜が?」



「うん」



苦笑交じりに頷く。



「自分たちで、この仕様に沿ったシステムまで追加し始めたの」



そして、ふっと目を細めた。



「君はもう、その“追加システム”の一つに殺されかけてるよ?」



背筋が冷える。



「……まさか……」



「うん。リリィちゃんの、“リベンジャー武器”」



「あれか……!」



あの禍々しい力が、脳裏に浮かぶ。



「タイシ君」



ワカナの声が、少しだけ低くなる。



「あの子が大事なら――“憎しみ”を取り上げちゃダメだよ」



「……なぜだ」



「あの武器はね、持ち主の憎しみを“餌”にしてるの」



静かに告げられる事実。



「それがなくなれば……今度は持ち主を喰う」



「……っ」



言葉が詰まる。



「すぐじゃないよ。でも――」



「一度装備したら、二度と外れない」



「……」



胸の奥に、焦りが広がっていく。



「二度と……」



「そう」



短い肯定。


沈黙が、重く落ちた。


やがて――



「さて、話はここまでかな」



ワカナは立ち上がる。



「質問には答えたでしょ? じゃ、私は帰るよ」



「待て!」



思わず声を張る。



「なんでお前は……俺の“夢”に入り込めるんだ?」



ワカナは一瞬だけ考え――


小さく息をついた。



「……まぁ、それくらいならいいか」



振り返らずに答える。



「そういう“ルール”を作った竜血四侯がいたからだよ」



「夢に入り込めるルール……」



「ここでの会話は、竜にも届かない」



静かに言う。



「夢だからね」



再び、自嘲気味に笑う。



「その人も……伝えたかったんじゃないかな。“後輩”に」



「……そうか」



納得とも、諦めともつかない言葉が漏れる。


そして、ワカナは最後に――


ほんの少しだけ振り向いた。



「タイシ君」



その瞳には、笑みはなかった。



「私たちはね――根本的には、君たちの敵だよ」



喉が鳴る。



「竜の機嫌一つで、君たちを殺しに行く」



「……」



何も言えなかった。



「それ、忘れないでね」



そう言い残し、背を向ける。


そして――



「あ、そうだ」



ふと思い出したように、足を止めた。



「竜血四侯の中には、この状況を楽しんでるヤツもいるから」



「……気を付けてね」



次の瞬間。


どこからともなく現れた白い霧が、彼女の身体を包み込み――


その姿は、静かに掻き消えた。


残されたのは。


水の音だけが響く、空虚な世界。


そして――


胸の奥に残る、拭えない不安だった。


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