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第百四十一話 王妃と商人

「引き受けたはいいけど……いったいどうしたものかしら……」



ある晴れた日の昼下がり。


ミスラはエリュシオン城の中庭に設置されたティーテーブルで、メイドが淹れてくれたお茶を飲みながら、手元の資料を眺めていた。


そこには、先日デンスから託された、リベリオンが通貨経済国家としてさらに成長していくために必要な役職の一覧が書かれていた。



「ん……結局……何人拉致してくれば……いいの?」



ミスラの対面に座るセシルが、ぽつりと聞く。



「拉致って……あなた……」



ミスラは呆れながら、セシルを見る。



「公僕……つまり……人柱」



セシルはいつも通りのジト目のまま言う。



「いや……まぁ、間違いではないかもだけど……」



ミスラはそう言いながら、手元の資料をセシルに見せた。


---


リベリオンに必要な役職


【国家運営】


財務大臣 → ケイン・トレシア


法務大臣


内務大臣



【ギルド運営】


職業ギルド


鍛冶ギルド → ガンツ


商人ギルド


冒険者ギルド


薬師・医療ギルド → ネレーナ


---


まるでメモ書きのように記載された資料に、セシルが目を通す。



「ん……財務大臣……鍛冶ギルド……薬師・医療ギルド……は……決まってる……と」



「そうね」



「ん……あと……五人……どういう……戦略?」



いつも言葉数の少ないセシルが、資料からミスラに視線を戻す。



「とりあえず、さすがに公に募集することはできないから、いまは有能な人材の情報を集めてもらってるわ」



「ん……」



「リオデルカ様、アラン殿、そしてレアーのハンスにも、事情を説明して探してもらっているところよ」



「ん……なるほど……」



「少し時間はかかるでしょうね」



ミスラはそこまで言うと、セシルから視線を外し、遠い目をしながらお茶をすすった。



「……この……商人ギルド……何をする?」



「ん? まぁ、ざっくり言うと、ミドル・リングの管理ね」



ミスラはセシルに視線を戻すと、説明を始めた。



「ミドル・リングの店舗などは、名目上、商人ギルドが貸し出すってことになるわ。


 その管理や商売の許可。それに、悪質な値下げ競争にならないよう、最低価格の取り決めなんかも必要になるでしょうね」



「ん……なるほど……」



ミスラの説明を聞いたセシルは、ティーテーブルに顔をつけるように突っ伏し、何かを考え込んだ。



「……どうしたの?」



「ん……一人だけ……心当たり……ある……」



セシルは姿勢を崩さずに言う。



「心当たりって……商人ギルドのギルド長になり得る人の?」



「ん……」



「本当!?」



ミスラはテーブルに両手をつくと、勢いよく立ち上がった。



「ん……でも……」



「でも?」



「少し……クセ……ある」



「……」



「私……苦手……」



セシルが力無くテーブルに顔をつけて考えていた理由は、それだった。



「そ……そう……。でも、とにかく会ってみたいわ! どこにいる方なの?」



「ここ……今から……行く?」



短い返事を受け取ると、ミスラは何度も頷いた。


セシルはミスラの意思を受け取ると、「よっこいしょ」とでも言いたげに、だるそうに立ち上がった。



「ん……目指すは……アウター・リム……北」



北の方角を指さすセシル。


そして、城の門へと歩き出した。


だるそうに。






エリュシオン北側のアウター・リムには、ミスラがよく足を運ぶ孤児院のある西側と、そう変わらない街並みが広がっていた。


中央へ続くメインストリートには人々が行き交い、賑やかな声が響き渡っている。



「あんまり、孤児院以外でアウター・リムに来ることはなかったけど……こうして見ると、新鮮ね」



ミスラは、アウター・リムとミドル・リングの境目に立ち、そこから伸びるメインストリートを眺めながら言う。



「ミスラ様達も……たまに……来ると……いい……おもしろいから」



セシルが言う。



「確かにそうかもね」



ミスラは頷きながら言う。



「それで……お目当ての方は?」



セシルはその視線を受け取ると、だるそうに一か所を指さした。



「ん……あれ」



「ん? あの人だかり?」



セシルが指さした先。


そこには、メインストリートの端で、何人かの集団が何かを囲むように集まっているのが見えた。



「そう……あれ」



そう言うと、セシルはゆっくりとその集団へ向けて歩き出す。


ミスラは、つられるようにセシルの後を追った。


やがて、二人が集団に近づいたときだった。



「あっかーん!!」



ひと際響く女性の声が、集団の中心から聞こえた。



「そんな少ない量で、こいつは渡せへんなぁ!」



その姿はまだ見えないが、独特なしゃべり方だった。


セシルは、さもその声の主がお目当ての人物だと言いたげな視線を、ミスラに向ける。


ミスラはその視線を受け取ると、動き出した。



「ちょっと……ごめんなさい……」



ミスラとセシルは、集団の中をかき分けながら進む。


やがて、二人は集団の先頭に出た。


その目に飛び込んできたのは、地面に敷かれた布の上に並ぶ食料や雑貨。


そして、その後ろで胡坐をかく、一人の“和服”姿の少女だった。



「頼むよ! これでなんとかしてくれよ!」



一人の男が食料を差し出しながら、その少女に向かい懇願する。



「あかんあかん! そんな量じゃ、こっちは大損や!」



少女はそう言うと、まるで出直せとでも言うように、シッシッと手を振った。


大人の男に対しても媚びない態度に、ミスラは少し驚いた。


懇願していた男は項垂れるように頭を下げ、その場を離れる。



「ん?」



その様子を見ていた少女が、ミスラとセシルに気づいた。



「なんや? セシル嬢やないか?」



「ん……」



笑顔になる少女に対して、セシルはいつも通り無表情に返した。



「今日はどうしたんや? また、何か交換してほしいんか?」



「ん……違う」



セシルはそう言うと、ミスラを見る。



「あ……えと……邪魔してごめんなさい。ちょっと、あなたと話がしたくて……」



少女の視線が、セシルからミスラに向けられる。



「……ふーん」



少女はまるで値踏みするかのような視線を、ミスラに向けた。


あたりに沈黙が流れる。



「あ……えと……」



その沈黙にミスラが慌てふためいていると、



「みんな、すまん! 今日は店じまいや! また見に来てや!」



少女がひと際大きな声でそう言った。


すると、一人、また一人と、その場をあとにする人々が現れる。


やがて完全に人込みは解消され、その場に残ったのは、ミスラとセシル、そして少女だけになっていた。



「さて、ほいじゃ、話聞こか」



少女はいつの間にか、布の上に広げていた“商品”を手際よく包み終え、その大荷物を背中に背負っていた。



「ああ。こんな大通りで話すことでもないやろ。こっち来ぃ」



そう言うと、少女は歩き出す。


ミスラがその手際の良さに驚いていると、セシルがミスラの背中をちょんちょんと突き、ついて行くように促した。




少女に連れていかれたのは、アウター・リムの住民に等しく与えられている二階建ての住居だった。


その内部には生活に必要な最低限の物しかなく、とても先ほどの少女の雰囲気からは想像できないほど質素だった。



「すまんな、もてなすようなもんはないで。堪忍してや」



少女はそう言うと、ミスラを室内に置かれたテーブルの椅子へと誘った。



「え……あ……ありがとう」



あっけにとられながらも、ミスラは礼を言い、その椅子へ腰かけた。


少女が対面の椅子に座る。



「ほな、話聞こか。ミスラ殿下」



「!?」



少女の口から、ミスラの名が出る。


その言葉を聞いたミスラは、驚きと同時に、ある種の危機感を覚えた。



「そんな驚かんでもええやろ」



少女は笑いながら言う。


ミスラは警戒していた。


しかし、少女はそんなミスラを尻目に、一通り笑い終えると、言葉を続ける。



「ほんで、話ってのは? 通貨発行に伴う、国家運営に携わる人探しか? うちをスカウトしに来たか?」



「なっ!?」



こちらが何も説明していないというのに、少女は目的まで言い当ててみせた。



「嬢ちゃん! わかりやすすぎるで!」



少女は再び大笑いする。



「じょ……嬢ちゃん!?」



ミスラは、自分より明らかに年下だと思っていた相手からの子ども扱いに、気づけば立ち上がっていた。



「ああ、すまんすまん! 殿下に嬢ちゃんはなかったな。


 でも、うちはこう見えて、そこそこ歳食ってんで。


 気持ちは、永遠の十七歳やけどな」



少女は片目を閉じ、笑顔でウインクをする。



「……瑞穂国の……」



「おお、そうや! なんや瑞穂の女は、実年齢より外見が若く見えるらしくてな」



「……」



(うらやましい)



ミスラは素直に羨ましく思った。



「イマリもそうやろ?」



「……そう……なんでもお見通しってわけね……」



イマリのことも知っている。


ミスラの警戒心は、さらに高まっていく。


それと同時に、ミスラの中で、ある決心が固まっていた。



「殿下。情報は武器やで。商売も、戦争も。情報こそ命や」



少女は頬杖をつきながら言う。



「おっと、自己紹介がまだやったな。うちは、コトノ。瑞穂国でしがない商いを営んでおった者や」



少女は思い出したかのように自己紹介をする。



「……初めまして、コトノ。私はミスラ・シルフィード。元の国の話は省くけど、今はこのリベリオンで王妃をしているわ」



ミスラが自己紹介を返す。



「コトノ。単刀直入に言うわ」



「ほう?」



楽しそうな笑みを浮かべながら、コトノが首を傾げる。



「あなたに、商人ギルドのギルド長を任せたい」



だが、コトノはすぐには答えなかった。


先ほどまで浮かべていた軽薄そうな笑みが、すっと薄くなる。


代わりに、その瞳だけが細くなった。


まるで、目の前に置かれた商品ではなく、国そのものの値踏みを始めたかのように。



「……商人ギルドの長、なぁ」



コトノは椅子の背にもたれ、指先で机をとん、と叩いた。



「ずいぶん大きな買い物やな、殿下」



「買い物?」



ミスラが問い返す。


コトノは、にやりと笑った。



「せや。人を雇ういうんは、その人間の時間と才覚を買うっちゅうことや。


 ましてや、うちを国の商いの中枢に据えるいうんなら――安うはないで?」



部屋の空気が、わずかに張り詰める。


セシルは無言のまま、テーブルの端で小さく息を吐いた。


やっぱり面倒な相手だ。


けれど、ミスラは視線を逸らさなかった。


この国に必要なのは、従順な人材ではない。


金の流れを読み、人の欲を知り、時には王の理想にすら値段をつけられる者だ。


ならば――目の前の少女こそ、まさにその席に座るべき人物なのかもしれない。



「構わないわ」



ミスラは静かに答えた。



「あなたの値段を聞かせて」



その言葉に、コトノの笑みが深くなる。



「ほな、交渉開始や」



次の瞬間。


ただの質素な一室は、リベリオンの未来を左右する商談の場へと変わっていた。


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