第百三十六話 続・三娘の冒険
おばあさんと別れた私達は、まず、フィーちゃんとはぐれたというアウター・リムの一帯を探し始めた。
リリィちゃんとゾーイちゃんは、行き交う人々へ積極的に話しかけ、黒猫を見なかったかと聞いている。
私にはそんなことはできないので、路地や建物の狭い隙間を覗き込み、フィーちゃんがいないか探していた。
「んー、ダメだな。見たって人はいないぞ!」
「こっちも同じね」
一通り聞き終えた二人が、裏路地へと続く道を覗いていた私のもとへやって来た。
「ん……いない……です」
私は肩を落とし、短く説明した。
「あまり遠くへは行ってないと思うんだけど……」
リリィちゃんが、周りを見渡しながらそう言う。
「人手がいるな!」
「え?」
ゾーイちゃんが唐突に声を上げた。
「やっぱり、探すのには人手が必要だ!」
腕を組みながら胸を張るゾーイちゃん。
「それはそうだけど……いったい、どうしようっていうのよ?」
リリィちゃんが、首を傾げながら尋ねる。
「アタシに考えがある」
ゾーイちゃんはニタッと笑い、歩き出した。
なぜか、私には嫌な予感しかしなかった。
そんな私と顔を見合わせたリリィちゃんも、きっと同じ気持ちだったのだろう。
しかし、諦めたように何度か首を振ると、
「行ってみましょ」
そう言って、ゾーイちゃんの後を追っていった。
それからしばらく、ゾーイちゃんの後について歩き――
「よし! 着いたぞ!」
ゾーイちゃんが元気よく声を上げた。
私達の目の前には、ひと際大きな建物がそびえ立っていた。
中からは、金属を叩いているような音が、ひっきりなしに聞こえてくる。
「あなた……ここって」
リリィちゃんが、建物を見上げながら言う。
「ああ! 大鍛冶だ! いや、もう鍛冶ギルドっていうんだっけか? とにかく、鍛冶のおっちゃん達に頼もうと思うぞ!」
私達の目の前にそびえる建物。
それは、アウター・リムと建設中のミドル・リングとの境に建つ、シンボルのような建物。
『大鍛冶』
大鍛冶の入口には今も足場が組まれており、薄い布を掛けられた看板らしきものが取り付けられていた。
私には文字が読めないけれど、ゾーイちゃんが言っていたとおり、『鍛冶ギルド』と書かれているのだろう。
「ちょっと、ゾーイ! 頼むったって、皆忙しいでしょ!」
リリィちゃんが窘めるように言う。
「きっと大丈夫だ! とにかく入ろう!」
なぜか自信満々なゾーイちゃんは、ずかずかと扉を開け、中へ入っていく。
私とリリィちゃんは肩を竦めながら、その後に続いた。
「じっちゃーん! じっちゃーん!!」
中は改装中のようで、金属を打つ音や、木材に釘を打ち付ける音が響き渡っていた。
だが、そんな音の嵐の中でも、ゾーイちゃんの声は建物中に響き渡る。
「あん?」
その声に、奥にいた一人のおじいさんがこちらを向いた。
「なんじゃ、ゾーイか」
そう言うと、おじいさんは持っていた金づちを机に置き、手を布で拭きながら、私達のもとへゆっくりとした足取りで向かってきた。
「ん? おめぇさん達は……」
やがて、まだ真新しいカウンターまでやって来ると、私とリリィちゃんの顔を確かめるように覗き込んだ。
「あ……は、初めまして! 私はリリィといいます。お城のメイドです」
リリィちゃんが自己紹介をする。
「初めまして……アリア……です」
私もつられるように挨拶をした。
「おお……そうかそうか。おめぇさん達がリリィとアリアじゃな。
いつもゾーイから話は聞いておる。
ワシはガンツ。ここで鍛冶職人をしておる」
おじいさん――ガンツさんはニカッと笑うと、優しい声で挨拶を返してくれた。
「は、はい! タイシ……陛下から聞いています。お城で使う武器や防具を作ってくださって……いつもありがとうございます!」
リリィちゃんは、どこか緊張しながらそう伝える。
「なぁに、鉄いじりが好きなだけじゃ。ほれ、立ち話もなんじゃ。奥の涼しいところで茶でも出そう」
ガンツさんはそう言うと、私達に背を向けようとした。
「いや、そんな暇はないんだぞ! じっちゃん! アタシ達は人手を借りに来たんだぞ?」
「人手?」
歩き出そうとしていたガンツさんが振り返り、ゾーイちゃんを見る。
「そうだぞ! 猫のフィーを探す人手だぞ!」
「……」
ガンツさんの顔が、険しいものに変わる。
隣にいたリリィちゃんが、その表情にビクッとし、私の手を握ってきた。
きっと、私が感じた気持ちと同じなのだろう。
(怒られる)
そんなことで鍛冶職人達を駆り出すなと、きっと叱られる――。
「じっちゃん?」
「おめぇ……その猫の毛色は?」
「あー……黒猫って言ってたぞ!」
ゾーイちゃんは臆することなく答えた。
「で、みんなを貸してくれるのか?」
ゾーイちゃんの追撃に、私とリリィちゃんはさらに身体を硬直させた。
「貸すも何も……おめぇ……」
私とリリィちゃんは、同時にごくりと喉を鳴らした。
「ん?」
「黒猫なら、おめぇらの後ろで水を飲んでおるぞ」
「「「え?」」」
私達は同時に声を上げ、同じように後ろを振り返った。
そこには黒猫が一匹、桶の前に座り込み、注がれた水を悠々と飲んでいた。
「「「……」」」
「鍛冶場では水を絶やせんからの。あの猫も、水の匂いを嗅ぎつけてここへ来たんじゃろう」
ガンツさんは、目の前のカウンターに手を突きながらそう言った。
その時だった。
「い……」
「い?」
「いたーーーーー!!!!!」
ゾーイちゃんの声が、大鍛冶中に響き渡った。
その声は、金属を打つ音も、改装作業で木材に釘を打ち付ける音も、すべてかき消してしまった。
そのせいというべきか、水を飲んでいたフィーちゃんもビクッと身体を震わせ、こちらを見る。
そして――
「捕まえるぞー!」
ゾーイちゃんが駆け出した。
「ニャアアアア!?」
フィーちゃんは驚いたように目を見開き、全身の毛を逆立てると――
逃げた。
「待てー!!!」
その後を追うように、ゾーイちゃんも大鍛冶の外へ飛び出し――
消えた。
「あ……えー……」
「……」
私達は、目の前で起きた一瞬の出来事に理解が追いつかなかった。
「ハッ! 追うわよ! アリア!」
我に返ったリリィちゃんが、慌てた表情で私に言う。
「分かった! ……です」
私もようやく状況を理解し、二人で駆け出そうとした、その時だった。
「待つのじゃ」
ガンツさんの低い声が、背後から聞こえた。
私とリリィちゃんは、咄嗟に振り返る。
「……あの子と……ゾーイと、仲良くしてくれて、ありがとう」
「え?」
優しい表情を浮かべるガンツさんに、私達は目を丸くした。
「何かと大変だとは思うが、これからもあの子と仲良くしてくれたら、嬉しい」
そう言うガンツさん。
私は、両親というものを知らない。
ましてや、祖父や祖母に会ったこともない。
だけど、なんとなく分かった。
その表情が、“親”が“子”を案じる時に浮かべるものなのだと。
「ゾーイちゃんは……大事な……友達……です」
私は、無意識に答えていた。
いつもなら、リリィちゃんが先に答えるところ。
だけど、今回は先に答えた私に、リリィちゃんはさらに目を丸くした。
「そ、そうです! 手はかかるけど……大事な友達です!」
リリィちゃんがそう言うと、ガンツさんはさらに顔を緩めた。
「そうかそうか。ありがとう」
ガンツさんの視線が、リリィちゃんへ向く。
「それとな、リリィよ……」
「はい?」
「武器は“生き物”じゃ」
「え?」
「どんな武器にも魂が宿っておる。まあ、お主の武器は少々じゃじゃ馬のようじゃがの」
優しく、大きな手がリリィちゃんの頭にそっと置かれる。
「怖がるな。恐れるな」
リリィちゃんの感情を分かっているかのように、ガンツさんは言う。
リリィちゃんは、あの十六番領地での一件以降、訓練にも参加せず、訓練用の武器ですら手に取らなくなっていた。
そう、まるで武器そのものを怖がるように。
「……」
「お主の魂も、想いも……思いっきりぶつけてやれ」
「想い……」
「ああ。きっと、答えてくれるはずじゃ」
「……」
リリィちゃんは、俯いていた。
「お主は、一人ではない。そうじゃろ?」
「……はい」
「なら大丈夫じゃ。きっと、みんなが助けてくれる。だから信じるのじゃ」
「でも……みんなに……迷惑……」
「そんなことは気にせんでいい。逆の立場になった時、お主が力になってやれば、それでいいのじゃ」
「……私が……みんなの力に……」
「そうじゃ」
リリィちゃんの瞳が、小さく揺れた。
「……みんなが……私を助けてくれた……」
ぽつりと呟く。
「私……何も返せてない……」
「リリィちゃん……」
「でも……私も……いつか……」
ぎゅっと、リリィちゃんの手が握られる。
「……みんなの力になりたい……」
その声は小さい。
だけど、確かな意志を感じた。
「少し、お節介が過ぎたかの。とにかくワシが言いたいのは、恐れず、自分を信じてやれということじゃ」
ガンツさんはそう言うと、リリィちゃんの頭に置いていた大きな手を離し、優しい笑みを浮かべた。
「ほれ、あの黒猫を追ってやらんと。猪突猛進のゾーイじゃ捕まらんぞ」
そう言って、大鍛冶の外を指さす。
「……はい」
何かを考え込むリリィちゃん。
そして――ゆっくりと顔を上げた。
その表情からは、先ほどまでの陰りが少しだけ消えているように見えた。
「……リリィ……ちゃん?」
「信じる……」
「?」
「自分を……みんなを……」
小さな声。
だけど、その言葉には確かな力が宿っていた。
「大丈夫……です?」
心配になり、尋ねる私。
すると――
「アリア!」
リリィちゃんが急に大きな声を出した。
「はい!? ……です」
リリィちゃんは、ふっと笑った。
「行くわよ!!」
そう言うと、リリィちゃんは突然、私の手を強く引いた。
「え? あれ? ……あああああああ!!!」
次の瞬間、リリィちゃんは持ち前の素早さを存分に発揮し、私を引きずるようにして大鍛冶を飛び出していった。




