第百三十五話 三娘の冒険
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「アリアちゃーん! こっちもお願い!」
メイドのお姉さんの声が響く。
「はい! ……です」
私は元気よく返事をした。
「アリア! それが終わったら、こっちも手伝ってくれない?」
今度は、別のメイドのお姉さんの声がする。
「はい! ……です」
私は再び返事をした。
王様がここエリュシオンへ本拠地を移してから、メイドとして働く私は、広い城内を忙しく走り回る毎日を送っていた。
だけど、不思議と嫌ではなかった。
一人で山奥に暮らしてきた私にとって、誰かと一緒に過ごし、誰かに頼られることは、とても新鮮だった。
少し気恥ずかしくもあったけれど……それ以上に、嬉しかった。
だけど、そんな私の心も、ここ数日はずっとモヤモヤしていた。
その理由は、ただ一つ。
王様とミスラお姉ちゃんから聞かされた、お父さんとお母さんの過去。
そして、私とゾーイちゃんを負かした、オスワルドという大きなおじさんと、二人がどのような関係だったのか。
それらのことが、私の胸に残るモヤモヤの正体だった。
「ふぅ……」
私はメイドのお姉さん達に頼まれた仕事を全て終えると、一息つきながら窓の外を見た。
窓の向こうには、ここエリュシオンの美しい街並みが広がっている。
「アリアー! 終わったかー?」
ふと背後から声がして、私は振り返った。
そこには、大きく手を振りながら近づいてくるゾーイちゃんと、私と同じメイド服を着たリリィちゃんがいた。
二人は、山奥で動物達と暮らしてきた私にとって、初めてできた同年代の友達だった。
「アリア! 街を散歩しましょ! メイド長が許可してくれたの!」
リリィちゃんが、嬉しそうに声をかけてくる。
リリィちゃんは私と同い年――“たぶん”十三歳。
「え……本当……です?」
いつも厳しいメイド長さんからのお許しに、私は目を丸くした。
「アタシも行くぞ! 見回りの仕事も終わったからな!」
ゾーイちゃんは、私達より二つ年上の十五歳。
でも、立派に王様の騎士をしている。
「行く……です! 準備……してくる……です!」
私は胸に残っていたモヤモヤを、ひとまず忘れるように笑顔を浮かべると、準備をするため、私達三人が使っている部屋へと急いで駆け出した。
「ついに、ここの建設が始まるのね」
リリィちゃんはそう言いながら、無造作に積まれた建築資材を眺めた。
今、私達は城を出て、ハイ・オービットを抜け、ミドル・リングまで降りてきている。
これまでは、ただただ広い、舗装もされていない“大きな通り”という感じの場所だった。
でも今では、建設のための準備が着々と進められていた。
「なんでも噂じゃ、お金ができるみたいだな!」
今度はゾーイちゃんが、城内で聞いた噂話を教えてくれる。
「お金……です?」
聞いたことはあるけれど、あまり私には馴染みがなかった。
「そうだぞ! 仕事をしたら、お金がもらえる! そのお金で、好きなものを買うんだ!」
ゾーイちゃんが、私に説明してくれる。
「ダメよ、ゾーイ! アリア、お金は計画的に使わなきゃダメだからね!」
リリィちゃんが、お姉さんみたいなことを言う。
「わかった……です」
私は笑顔でそれに答えた。
気づけば、私達はミドル・リングを抜け、アウター・リムへ足を踏み入れていた。
「さあ、今日はどこから回ろうかしら?」
リリィちゃんは、ウキウキしながらそう言った。
だけど、私の意識はそこにはなかった。
「?」
「どうしたんだ? アリア」
私の様子にリリィちゃんが首を傾げ、ゾーイちゃんが尋ねてくる。
「ん……あの……おばあさん……です」
私が指さした先。
そこには、困った顔で辺りを見回すおばあさんの姿があった。
「何か……困っていそうね」
リリィちゃんは、考えるようにそう言った。
「はい……です」
そう思いながらも、私は声をかけるための一歩を踏み出せずにいた。
「声……かけなくていいの?」
リリィちゃんが、優しく尋ねてくる。
私は、話すのが上手じゃない。
ちゃんと伝えられるか、不安だった。
「ばあちゃーん! どうしたー?」
そんな時、私の隣から大きな声がした。
声の主は、ゾーイちゃん。
ゾーイちゃんはそう声をかけると、何の迷いもなくおばあさんへ近づいていく。
私があっけに取られている隣で、リリィちゃんが呆れた表情を浮かべていた。
「ったく……。ほら! 行こう、アリア!」
「え……? はい……です」
リリィちゃんはそう言いながら、私の手を引いていく。
思えば、リリィちゃんと初めて会った時も、こんなふうに手を引かれたっけ。
そんなことを思い出し、私はどこか懐かしく、どこか温かい気持ちになっていた。
「あら……ゾーイちゃん。こんにちは」
困った顔をしていたおばあさんは、ゾーイちゃんを見つけると挨拶をした。
「どうしたんだ、ばあちゃん? 困ってそうだったけど」
「ええ……まあね……」
おばあさんは再び困った顔に戻ると、言いづらそうに口ごもった。
「ほら、言わないと分からないぞ!」
相変わらずのゾーイちゃん。
「でも……こんなことで、騎士のあなたを煩わせるのもね……」
「私は今、お休みだ! “友達”と遊びに来ただけだぞ!」
“友達”。
その言葉に、私の心はさらに温かくなった。
「んー……実はね……」
おばあさんは、困っている理由を話し始めた。
「なるほどね……。飼っていた猫ちゃんが、逃げ出しちゃったんですね」
話を聞き終えたリリィちゃんが、辺りを見回す。
「フィーはね、この島で一人だった私にとって、家族も同然の子なの」
おばあさんは、寂しそうに目を伏せた。
その気持ちは、私にもよく分かった。
私も山で一人だった頃は、動物達だけが友達だったから。
「アリア……どうする?」
リリィちゃんが、優しく尋ねてくる。
「よし! じゃあ――ブハッ」
ゾーイちゃんが何かを言おうとすると、リリィちゃんがその口を手で覆った。
「アリアは、どうしたい?」
そのまま、もう一度私に尋ねてくる。
私は……どうしたい?
私は……。
「私は……猫ちゃん……探したい……です」
ゆっくりと、言葉を紡いだ。
「うん! じゃあ、そうしよう!」
リリィちゃんの顔が明るくなる。
「おばあさん! 私達が猫ちゃんを探してきます!」
「え?」
「もともと街を歩いて回るだけの予定だったので、目的があったほうが楽しいです!」
リリィちゃんが、明るく、礼儀正しく言う。
「いいの?」
おばあさんは、私を見て尋ねた。
「はい……です」
「ありがとう」
おばあさんはそう言うと、私の手を握り、嬉しそうな顔をした。
城で頼まれた仕事を、ちゃんとやり遂げた時とは違う。
その表情は、本当に嬉しそうだった。
「猫ちゃん……名前……何……です?」
私は尋ねた。
「名前はフィー。艶やかな毛並みの黒猫よ。本当に……本当にありがとうね」
気づけば、おばあさんは目に涙を浮かべていた。
「よし! じゃあ、まずはこの辺りから探すわよ!」
リリィちゃんの明るい声が、アウター・リムの通りに響く。
「アタシは……なんで……口を塞がれたんだ……」
後ろでは、ゾーイちゃんが、ぽかんとした顔で立ち尽くしていた。
「あなたは少し、考えなさい」
リリィちゃんが、冷たく言い放つ。
そのやり取りを見て、私は思わず小さく笑った。
胸の奥にあったモヤモヤは、まだ消えたわけじゃない。
お父さんとお母さんのこと。
オスワルドさんのこと。
私が知らなかった、たくさんのこと。
それでも――今は。
「フィーちゃん……探す……です」
私は小さくそう呟き、二人の後を追って歩き出した。
初めてできた友達と一緒に、誰かの大切なものを探しに行く。
ただそれだけのことが、今の私には、とても眩しく思えた。




