表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/142

第百三十三話 ミドル・リング建設計画

窓の外の陽は、すでに中天を過ぎ、西へと傾き始めていた。


外からは、訓練に励む兵士達の掛け声が響いてくる。


そんな中、俺はエリュシオン城の会議室で、手元にある資料へ目を落としていた。


そこに描かれていたのは、細かく区画分けされ、無数の文字が書き込まれた建設予定図だった。


エリュシオン城のある第一層――ザ・シタデル(王の住まう地)


その外側に広がるハイ・オービット(高位居住地)を取り囲む、広大な第三層――ミドル・リング(商業街)


手元の資料には、そのミドル・リングの完成予定図が描かれている。


とはいっても、現実のミドル・リングは、建築資材が積み上げられているだけの、ただの更地だ。


この建設予定図について話し合えるようになったのは、先ほどまでこの場にいたガンツとケインが、通貨発行の準備が整ったことを報告してくれたからだった。



「なるほどね……これがミドル・リングの建設計画なのね。


 綺麗に区画分けされているし、いいと思うわ」



ミスラが、おもむろに口を開く。



「ありがとうございます」



デンスは、その言葉に笑顔を見せた。



「それでは、一区画ずつ詳しく説明していきます」



そう言うと、デンスは会議室の壁に、手元にあるものと同じ建設予定図の拡大版を貼り始めた。


俺とミスラ、そして今回の議題から参加しているリンウェルとイリスが、そちらへ顔を向ける。



「そういえば、君ら、さっきはいなかったけど……」



俺は二人へ問いかけた。



「私は、別の仕事がありましたので」



イリスは俺に視線を向け、淡々と答える。



(わたくし)は……その……やはり、ガンツさんは苦手で……」



今度はリンウェルが、気まずそうに俯きながら答えた。


そんなリンウェルに、俺は苦笑いを浮かべる。


リンウェルは、父親であるアランに俺が“挨拶”を済ませたことで、正式に俺の第二夫人となっていた。


ステータスに記されたクラスも、それまでの『騎士』から『第二夫人』へと変化している。


ミスラやリンウェルの故郷であるシルフィード王国では、“王族”の配偶者は、その相手が公務に臨む際、付き添って参加するのが一般的らしい。


だが、ミスラは比較的自由に行動している。


だから、事あるごとに俺へ付いて回ろうとするリンウェルにも、自分のやりたいことを優先してほしいと伝えていた。



「説明を始めてもよろしいですかな?」



デンスが俺に聞いてくる。



「ああ、すまん。頼む」



俺はそう答えると、再び壁に貼られた建設予定図へ向き直った。



「では初めに、ミドル・リングの全体像から説明いたします」



デンスの説明が始まる。



「ミドル・リングには、中心から外側へ伸びる放射状の大通りに加え、この区画を一周する二本の環状道路を整備します」



デンスは地図の上に、二つの円を描くように指を滑らせた。



「ハイ・オービットに近い内周側には、各ギルドや公共施設を配置します。


 そして、二本の環状道路に挟まれた区画と、その外周側を商業区画とする予定です」



「なるほど」



気づけば俺は、建設予定図へ食い入るように見入っていた。



「基本的には、よほどの事情がない限り、食料品店、雑貨店、飲食店など、どのような店を出すかは自由とします。


 ただし、一部の特殊な業種に関しては、指定した区画でのみ営業を許可しようと考えております」



「特殊な業種?」



俺は首を傾げる。



「はい。それについては……のちほど説明いたします」



デンスは急に歯切れが悪くなった。



「……わかった」



普段はあまり見せないその反応に、俺はわずかな違和感を覚える。



「それと、商業活動が本格化すれば、それぞれの分野を取りまとめる組織も必要となります」



デンスは、そのまま説明を続ける。



「……確かに」



「そこで、ジュラやザブラ王国の制度を、一部取り入れようと考えております」



一から国を作るのは大変だ。


だが、他国の優れた制度を参考にできるのは、後から国を作る俺達の利点でもあった。



「どんな制度なんだ?」



「各分野における、ギルドの創設です」



「ギルド!?」



俺は大きな声を上げ、勢いよく立ち上がった。


その反応に、部屋にいる全員がびくりと肩を揺らし、目を見開いて俺を見る。


まさか、この場でその言葉を聞くとは思わなかった。


元いた世界で何度も耳にした単語に、俺は思わず興奮してしまったのだ。



「なによ……急に!」



ミスラが少し怒ったように言う。



「ああ、すまん! ちょっと、元いた世界のことを思い出して……」



俺は謝りながらも、興奮を隠しきれずにいた。



「陛下の世界にも、ギルドがありましたの?」



リンウェルが不思議そうに尋ねてくる。



「あった! いや、現実にはなかったけど、物語やゲームの中にはあった!」



「はい?」



「なによ、それ……」



リンウェルが首を傾げ、ミスラが呆れたように肩を落とす。


その隣では、イリスが口元へ手を当て、くすくすと笑っていた。



「とにかくだ! 話を続けてくれ、デンス!」



俺は食い気味に続きを促す。



「は、はい」



少し困った顔をしながらも、デンスは頷いた。



「現在の大鍛冶は、ガンツ殿をギルド長に据え、そのまま職人ギルドへ改組します。


 そのほかに、商人ギルド、冒険者ギルド、医師・薬師ギルドなどを創設する予定です」



そう言うと、デンスは地図の内周部分を指し示した。



「なるほどね。ハイ・オービットを取り囲むように、それらのギルドや公共施設を配置するわけね」



「はい。各組織を近くに配置すれば、互いの連携も取りやすくなりますからな」



その言葉に、俺達は揃って頷いた。


そんな時――



コンコン。



会議室の扉がノックされた。



「どうぞ」



俺が反射的に答える。



「失礼いたします」



部屋へ入ってきたのは、給仕台車を押すシェリーだった。



「あ、お話はそのままお続けください。陛下達の飲み物のおかわりをお持ちしただけですので」



シェリーは、自分に皆の視線が集まっていることに気づくと、そう告げた。



「ああ、ありがとう。おかわりを頼むよ」



俺はそう答えると、デンスへ視線を向ける。


デンスもその意図を理解したのか、一つ頷いて説明を再開した。



「各ギルドの長はこれから選定しますが、医師・薬師ギルドの長には、ネレーナ先生へお願いしようと考えております」



「うん。いいんじゃないか? 俺達も何かと世話になっているし」



俺は頷く。



「商人ギルドも、ケインさんに頼めばいいんじゃないか?」



続けざまに提案すると、デンスは首を横に振った。



「いえ。ケイン殿には財務官僚として、中央銀行を取り仕切っていただく予定です」



「ケイン殿の仕事量もそうだけれど……」



今度はミスラが、どこか苦いものを思い出したような声で口を挟む。



「商人を管理する立場と、国の財政を預かる立場を兼ねれば、一人の人間に権限が集中しすぎるわ」



「……なるほど」



確かに、ケインさんが信頼できる人物だったとしても、制度として権限を集中させるべきではない。



「その通りです」



デンスも同意するように頷いた。



「わかった。じゃあ、人選はデンスとミスラにお願いしてもいいか?」



「承知しました」



「わかったわ」



俺の言葉に、二人はそれぞれ頷いた。



「それと、さっきから気になっていたんだが……ここ」



そう言って俺は立ち上がると、壁に貼られたミドル・リングの建設予定図へ歩み寄り、一か所を指さした。



「……」



デンスは、なぜか黙ったままだ。


俺が指さしたのは、ミドル・リングの北東部。


二本の環状道路に挟まれた区画の中で、そこだけ用途が何も記されていなかった。



「ここには、何が入るんだ?」



「……ここには」



デンスがゆっくりと口を開く。


だが、室内にいる女性陣を気にしているのか、珍しく言葉を選んでいるようだった。



「娼館区画ですね」



不意に、そんな言葉が会議室に響いた。



「え?」



俺は声がした方へ顔を向ける。


声の主であるシェリーは、リンウェルのカップへお茶を注ぎながら、地図を見ることもなくそう言い放っていた。



「……その通りです」



デンスが観念したように答える。



「ちょ……ちょっと待ってくれ!」



俺の声が一段大きくなった。



「娼館って……」



「……」



俺の視線の先には、いまだに話しづらそうにしているデンスの姿があった。



「まったく。さすがの宰相殿も、これだけの女性の前では口にしづらいのですか?」



給仕を終えたシェリーが、デンスへ視線を向けながら言う。



「面目ない……」



デンスが小さく項垂れる。


普段の彼からは想像もできない姿だった。


だが、男として、その気持ちはなんとなくわかる。



「では、私からご説明いたしましょう」



「……お願いいたします」



なぜか得意げに胸を張るシェリーと、完全に説明役を譲ったデンス。



「いいですか、陛下。こういった商売は、国が禁止したからといって消えるものではありません」



「消えない?」



「はい。表から見えなくなり、国の目が届かない場所へ潜るだけです」



シェリーは俺の反応を楽しむように、ゆっくりと距離を詰めながら説明を続ける。



「国の管理が及ばない場所で営業されれば、料金を巡る争いや暴力、強制、病の蔓延など、さまざまな問題が起こります。


 何より、そこで働く者達を守ることができません」



「……」



先ほどまでの揶揄うような雰囲気とは違い、その言葉はどこまでも真剣だった。



「だからこそ、営業できる区画を限定し、国への登録を義務づけます。


 料金や雇用に関する規則を定め、定期的に衛生状態を確認する。


 問題が起きた際には、すぐ兵士が介入できる体制も整える必要があります」



「なるほど……」



そこで俺は、ようやくデンス達が娼館を建設計画へ組み込んだ理由を理解した。


国が率先して娼館を作りたいわけではない。


禁止したところで消えない商売を、国の管理下へ置こうとしているのだ。



「もちろん、陛下のように、見目麗しい意中の相手に囲まれている方には、実感しにくい話かもしれませんが」



「いや……言い方……」



いつの間にか、シェリーの顔が俺の目の前まで迫っていた。


視界の端では、ミスラとリンウェルが揃って顔を赤らめ、俯いている。



「近い! 近いって!」



「そうでしょうか?」



俺が身を引くと、シェリーは悪戯っぽく微笑み、何事もなかったかのようにデンスの隣へ戻った。



「……必要な理由は、わかった」



俺は気を取り直しながら答える。


必要性は理解できた。


だが、人の身体と生活に深く関わる制度だ。


必要だからというだけで、今すぐ簡単に決めてよい問題でもない。



「規則や管理方法も含めて、少し考える時間をくれないか?」



俺は慎重に言葉を選びながら尋ねた。



「……承知しました」



デンスは、俺の意図を汲んでくれたのか、何も反論することなく頷いた。



「意気地なし」



シェリーの冷たい言葉が飛んでくる。



「ええ……」



その一言によって、張り詰めていた会議室の空気が、わずかに和らいだ。



「では、ミドル・リングの建設計画については、この辺りにいたしましょう」



(やっと終わる……)



デンスの言葉に、俺は救われたような気持ちになる。



「続きまして、市場規則の草案策定に移ります」



(えええ……)



どうやら、“国”を作るという仕事に、終わりなどないらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ