第百三十二話 未来へ進むリベリオン
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回より、第四章「国」が始まります。
戦いを経て領地を広げてきたタイシ達ですが、ここからは通貨や街づくり、制度の整備など、「国をつくる」ための物語が本格的に動き出します。
これまでとは少し違ったリベリオンの歩みを、引き続きお楽しみいただければ幸いです。
昼下がりの柔らかな陽光が差し込み、穏やかな風が窓から吹き抜ける中、俺はエリュシオン城の廊下を、会議室へ向かって歩いていた。
理由は一つ。
この一カ月半、準備を進めてくれていた者達に会うためだった。
八番領地奪還作戦と、十六番領地攻略作戦から、一カ月半が経とうとしていた。
その間も俺は休むことなく働き続けており、疲労は確実に積み重なっていた。
ただ、今回ばかりは足取りが軽かった。
なぜなら、この島へ来て以来、自分の知識を生かして進めてきた、初めての本格的な内政政策が、いよいよ動き出そうとしているからだ。
やがて、俺は会議室の扉の前にたどり着く。
(もっと……こうか? いや……こうかも?)
なるべく疲れた表情を見せないよう、部屋へ入る前に笑顔の練習をしていると、不意に会議室の扉が開いた。
「……何をしているんですか? 陛下」
中から現れたのは、デンスだった。
「あ……いや……ねぇ?」
俺は気まずそうに目を逸らした。
「……とにかく、中にお入りください」
デンスはひとつため息をつくと、呆れたように俺を部屋へと招き入れた。
部屋の中には、デンスのほかに三人がいた。
一人はミスラ。
そして、残る二人は――
「やあ、ガンツさんにケインさん。お久しぶりです」
俺は、席を立って迎えてくれた二人へ軽く挨拶をする。
「なんじゃ。他人行儀じゃな」
そう言いながら、にやりと笑うガンツ。
彼は、このエリュシオンの大鍛冶を取りまとめる総代の男だ。
「やはり、玉座の間にお座りになっている時の威厳とは違い、ここでお会いすると、ずいぶんと優しい顔をなさっているのですね」
今度は、その隣に立つ品のある男、ケイン・トレシが柔らかな笑みを浮かべて言う。
「いやいや……」
俺は気恥ずかしさを覚えながら、一番奥にある自分の席へ腰を下ろした。
俺が席に着くと、ミスラに続いて、ガンツとケインもそれぞれの席に着く。
「さて、早速ではありますが、通貨経済会議を始めましょう」
デンスがそう告げると、俺の胸に高揚感が広がった。
(ついに……動き出す)
「では、まずはガンツ殿、ケイン殿。ご報告をお願いできますかな?」
その言葉に、ケインは立ち上がると、俺達一人ひとりへ数枚綴りの資料を配った。
「では、ご報告させていただきます」
自席へ戻ったケインが口を開く。
「まず、いまお配りした資料の一枚目をご覧ください」
俺達は、言われた通り一枚目に視線を落とす。
「そちらに記載されているのは、リベリオン領内における、通貨として使用する予定の金、銀、銅の推定埋蔵量を調査した結果です」
そこに記載されていたのは、ケインの説明通り、リベリオンの地図と、各鉱脈における金、銀、銅の推定埋蔵量だった。
「総量にして、金が約一トン、銀が約五トン、銅が約十トン……結構あるのね」
俺の隣に座るミスラが呟く。
「はい。しかし、この島で重宝されるのは、武器や防具に使われる鉄やオリハルコンなど、強度に優れた金属です。
そのため、金、銀、銅の鉱脈は、ほとんど注目されてこなかったのでしょう」
「そうね……」
ミスラの表情が、わずかに悲しげなものへ変わる。
この島は、“戦い”を前提とした島だ。
戦いが続くこの島では、金銀銅などよりも、鉄の価値の方がはるかに高い。
そんな現実を、王宮育ちのミスラは実感しているのだろう。
「この埋蔵量でしたら、初期発行に加え、将来的に追加発行を行ったとしても、すぐに枯渇することはないと思われます。
そのため、このまま計画を進めたいと考えております」
ケインはそう言うと、俺、ミスラ、デンスの反応を窺う。
俺達が軽く頷くのを見ると、ケインは満足そうな顔をして話を続けた。
「通貨は、これらの金属を使って発行する予定です」
俺はもう一度頷く。
「続いて、資料の二枚目をご覧ください」
ケインの言葉に、俺達は二枚目の紙へ目を向ける。
「初期発行に関しましては、リベリオンの人口や、市場で必要となる流通量、国家の備蓄分を基盤に発行数を算出しております。
また、各通貨の発行数と、想定される用途も記載しております」
手元の資料には、こう書かれていた。
――――――――――
リベリオン人口:約一万二千人
※人口、市場で必要となる流通量、国家備蓄分を基盤に算出
金貨:五千枚
用途:国家の備蓄、大口取引、貿易用
銀貨:二万五千枚
用途:兵士の給与、商人同士の取引、高額な買い物用
銅貨:七万枚
用途:領民の日常的な買い物、パンや野菜などの購入用
基本交換比率
金貨一枚=銀貨十枚
銀貨一枚=銅貨十枚
――――――――――
「妥当な枚数ですな。用途や交換比率についても、問題ないかと」
デンスが言う。
「ありがとうございます」
ケインが軽く頭を下げた。
「よし、これで行こう! ただ……」
俺は現実的な数字を目にし、自分の政策が本当に動き始めていることを、改めて実感していた。
だが、一つ気になることがあった。
「はい?」
ケインが首を傾げる。
「偽造への対策は、どうなっている?」
俺が心配そうな眼差しを向けると、ケインは安心させるような笑みを浮かべた。
「ご心配には及びません。偽造への対策も考えております」
そう言うと、ケインは自分の懐から三枚の硬貨を取り出した。
「こちらは、ガンツ殿に作っていただいた試作品です。そのため、まだ模様や彫刻は施されておりません」
確かに、テーブルの上に置かれたのは、模様も何もない、ただの金、銀、銅の硬貨だった。
「この硬貨には、金、銀、銅だけでなく、亜鉛など別の金属も一定の割合で混ぜております」
「別の金属? なぜ?」
「純金、純銀、純銅だけで硬貨を作ると、柔らかすぎるため、流通しているうちに傷つき、摩耗しやすくなってしまうからです」
「なるほど」
「それに、陛下が懸念されている、偽造への対策にもなります」
「別の金属を混ぜることが?」
「はい」
ケインはそう答えると、懐からもう一枚、別の銀貨を取り出した。
「こちらは、純銀で作られた銀貨になります」
ケインは、そう言われなければ違いなどわからないであろう純銀の硬貨と、別の金属を混ぜた試作品の銀貨を、両手に一枚ずつ持つ。
「これらを、こうすると……」
そう言うと、ケインは二枚の銀貨を、一枚ずつテーブルへ落とした。
「あっ!」
「音が……違う」
俺の驚きの声と、ミスラの声が同時に響く。
純銀で作られたものと、別の金属を混ぜたもの。
二枚の硬貨が立てた音には、素人の俺達にもわかるほどの違いがあった。
「はい。慣れた者であれば、音によって本物かどうかを判断できます。
また、この配合率を国家機密として管理すれば、そう簡単に同じものを作ることはできません」
「なるほど」
俺は納得するように頷いた。
「もちろん、完成品には一定の重量と大きさを定め、専用の彫刻も施します。
配合率だけでなく、重量、大きさ、彫刻のすべてを揃えなければならないとなれば、偽造はさらに難しくなるでしょう」
「それにな」
今度は、これまで黙って話を聞いていたガンツが口を開く。
「大鍛冶から、腕が立ち、信用できる者を何名か選び、“鋳造職人”として、中央銀行内部にある鋳造所へ配置転換する予定じゃ」
「鋳造職人……」
「うむ。そうすれば、配合率を知る者を、国家の中枢と選ばれた職人だけに限定できる」
「なるほど」
俺は頷くと、しばらく考え込む。
そして――
「うん。いいんじゃないか!」
笑顔でそう告げた。
その言葉に、ガンツもケインも笑顔を見せる。
しかし、ケインはすぐに表情を真剣なものへ戻した。
「ありがとうございます。計画を進めるにあたり、陛下に一つお願いがございます」
「なんでしょう?」
「現状では、領民が中央銀行だと認識していない建物へ、金属を運び入れているにすぎません」
「うん」
「ですが、実際に鋳造を始め、多くの金銀銅を運び込むようになれば、必ず噂が立ちます」
「確かに」
「そこで、中央銀行の警備を、現在よりも厳重にしていただきたいと考えております」
「……なるほど」
「お願いできますでしょうか?」
ケインは俺へ視線を向けながら、深く頭を下げた。
「……」
俺はケインの視線を受け、デンスへ目を向ける。
「承知しました。中央銀行の警備に回す兵士を選定し、早急に手配しましょう」
デンスが承諾すると、ケインの顔に再び笑みが浮かんだ。
「よし。では二人とも、このまま計画を進めてください。何かあったら、デンスに報告をお願いします」
俺がそう告げると、二人は立ち上がり、揃って頭を下げた。
ついに動き出した、通貨経済計画。
俺の胸は、期待に大きく高鳴っていた。
ガンツとケインが退出したあとの会議室に、ミスラの声が響く。
「良かったわね。あなたが立てた計画が進んで」
優しい声だった。
その顔には、自分のことのように嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「ああ。ありがとう。初めて、こんな感覚になったよ」
俺は自分の気持ちを隠すことなく答えた。
「なんだか、本当に国になってきたって感じがするわね」
ミスラが、どこか感慨深そうに呟く。
「ああ……俺もそう思う」
通貨を発行する。
領民が働き、その対価として通貨を受け取り、必要な物を自ら選んで購入する。
そんな当たり前だったはずの仕組みが、この島には存在していなかった。
けれど、この計画が進めば、リベリオンは単なる領地の集まりではなくなる。
人々が暮らし、働き、物を売り買いする。
一つの国として、さらに前へ進むことができる。
「これで、このあとの仕事も頑張れそうだ」
そう言って、俺は仕事へ戻るために立ち上がった。
「陛下。お待ちください」
そんな俺を止めたのは、デンスの低い声だった。
「え……なに?」
「まだ、やることがあります」
デンスは静かにそう言い放つ。
「え?」
「通貨が発行される。そうなると、どうなりますか?」
「……商店なんかができる?」
「そうですね。では、その商店はどこにできるのですか?」
まるで親が子供を諭すような問答だった。
「……計画では、“ミドル・リング”に……」
「ご名答。では続きまして、ミドル・リングの建設計画に議題を移します」
(仕事が……増えた……)
先ほどまでの高揚が、一気に引いていく。
――だが、それでも悪い気はしなかった。
一つの仕組みを作れば、それに伴って新たな仕事が生まれる。
その積み重ねが、領地を国へ変えていくのだろう。
俺は小さく息を吐くと、再び椅子へ腰を下ろし、目の前の資料に視線を落とした。
リベリオンを、本当の意味での“国”にするために。




