表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/141

第百三十一話 新しい朝

何もない。


ただ白い壁だけがどこまでも続き、金色の光が浮かぶ空間。



「お兄ちゃん、どうして戦うの?」



リュミエルが聞く。



「どうしてって……目的のため……かな?」



俺が答える。



「お兄ちゃんの目的って、なに?」



リュミエルが首を傾げる。



「なんだろう……正直、いっぱいありすぎて……どれが俺の目的なのか、わからなくなるんだよね」



俺は苦笑いを浮かべる。



「そうなんだ」



「ああ」



「大変だね」



「まあな」



「人間って、面白いよね」



「ん?」



「自分のことで精一杯のくせに、人のことで悩むんだもの」



「……返す言葉もないな」



二人の間に、短い沈黙が落ちる。



「楽にしてあげようか?」



「え?」



「リュミエルが、楽にしてあげるよ」



「楽にって……?」



次の瞬間――


腹部に、冷たい衝撃が走った。



「こ……れは……?」



恐る恐る視線を落とす。


俺の腹には、一本の剣が深々と突き刺さっていた。


その柄を握っているのは、リュミエルの小さな手。


刀身は、この空間を漂うものと同じ、美しい金色の光に包まれている。



「どう……して……」



「きっとこれで、お兄ちゃんも楽になれるね」



リュミエルは、無表情のまま俺に告げる。


その無機質な瞳には、怒りも悲しみも――何一つとして浮かんでいなかった。


その言葉を最後に、俺の意識は深い闇へと吸い込まれていった。






目を覚ますと、そこにはエリュシオン城の高い天井が広がっていた。


昨日、アレースからエリュシオンへ戻った頃には、既に夜も更けていた。



「夢か……」



俺は額に浮かんだ汗を手のひらで拭いながら、隣で眠るミスラを見る。


一糸まとわぬミスラの白い肌が目に入る。


リンウェルとのことがあってからというもの、ミスラは度々、夜を俺の部屋で過ごすようになった。


毎朝、朝食の用意や掃除のために俺の部屋へ来るシェリーも、さすがに呆れたようで、最近はリリィやアリアを連れてこなくなった。



「まるで、盛った兎ですね」



シェリーには、そうからかわれている。


ふと、バルコニーへ繋がる窓の方を見る。


外には、まだ夜の薄暗さが残っていた。



「随分早くに目が覚めてしまったな……」



俺はミスラを起こさないよう、静かにベッドから抜け出す。


ベッド脇に置かれていたガウンを羽織り、バルコニーへと出た。


温暖な気候のこの島でも、明け方はまだ肌寒い。


吹きつける冷たい風に、俺は小さく身震いした。


ザ・シタデルの高台に建つエリュシオン城。


そのバルコニーから見渡す景色は、とても美しかった。


ハイ・オービットはまだ寝静まっており、通りを行き交うのは、見回りを続ける兵士達だけ。


その外側に広がるミドル・リングは、まだほとんど整備が進んでいない。


そして、外周の城壁に面したアウター・リム。


そこでは、まだ薄暗い中、農作業へ向かうのだろう人々が、既に行き交っていた。


俺はそんな景色を眺めながら、先ほどまで夢の中で見ていた光景を思い返す。



(リュミエル・メイヤ……あの子は、いったい……)



夢の中で俺を見つめていた無機質な瞳が、今も脳裏に焼き付いて離れない。



「風邪……ひくわよ」



不意に、背後から声がした。


振り返ると、ガウンを羽織ったミスラが、薄手の毛布を手にバルコニーへ出てきていた。



「起こしちゃったか?」



俺の問いに、ミスラは答えなかった。


手にしていた毛布を俺の右肩へ掛けると、その反対側を自分の左肩へ掛け、そっと身体を寄せてくる。


ガウン越しに伝わるミスラの体温。


その温もりが、ざわついていた俺の心を、ゆっくりと静めていく。



「何を考えていたの?」



俺より頭一つ分低いミスラが、下から俺の顔を覗き込む。



「いや……ちょっとな。これから、どうしたものかと思って」



「リリィのこと?」



ミスラが心配そうな表情を向けてくる。



「それはもちろんだけど、それ以外のこともかな」



「……」



ミスラは俺から視線を外し、眼下に広がるエリュシオンの街を見つめた。



「少し……立ち止まってみるのは?」



「……立ち止まる?」



「うん。ほんの少しだけ」



「どういう意味だ?」



俺は首を傾げる。



「そのままの意味よ」



ミスラが再び俺を見つめる。



「あなたはこれまで、みんなのために、右も左もわからないまま突き進んできた」



「……」



「それは、この世界では、とてもじゃないけど信じられないことよ」



「そうなのか……」



「でも……あなたは、誰かの重荷を一緒に背負うたびに、少しずつ疲弊していく」



「……」



「だから、この辺で少し休憩しましょう」



彼女の手が、バルコニーの手すりを掴んでいた俺の手に重なる。



「でも……そんな時間は……」



リリィのことを思い返す。


武器に意識を飲まれかけた、あの時のリリィの姿。


あのまま放っておくことなど、できるはずがない。



「焦って解決策を探しても、見つかるものも見つからないんじゃない?」



彼女の声には、どこまでも深い優しさが溢れていた。



「……」



「そうだわ!」



ミスラが突然、明るい声を上げる。



「あそこに見える、ミドル・リングの建設に力を入れてみましょうよ! 通貨発行の目処も立ったんでしょう?」



ミスラは、俺の暗い気持ちを吹き飛ばすように笑う。


声も表情も明るい。


だが、その瞳にだけは、今も俺を案じる色が残っていた。


俺は、そんな彼女にたまらない愛おしさを覚える。


毛布の掛かったミスラの左肩を、そっと抱き寄せた。



「ありがとう、ミスラ」



俺の心からの言葉に、ミスラは一瞬、目を丸くする。


しかし、すぐに表情を緩めると、俺の肩へ軽く頭を預けてきた。



「一歩ずつ……一歩ずつでいいから、前へ進みましょう。私がそばにいるから」



その表情は見えない。


だが、彼女の言葉は、確かに俺の心へと届いた。


その時だった。


背後で、バルコニーの扉が小さく軋んだ。


俺達は咄嗟に振り返る。



「あ……」



思わず、声が漏れた。


そこに立っていたのは、早朝だというのに、メイド服を完璧に着こなしたシェリーだった。



「シェ、シェリー! どうしてここに?」



ミスラが慌てて尋ねる。



「いえ。この時間に、お二人の気配が寝台から消えましたので、何事かと思いまして」



(気配って……)



いつもながら、このメイドに俺達のプライバシーは筒抜けなのだろう。



「では、続きをお楽しみください」



シェリーは無表情のまま一礼すると、踵を返し、寝室の扉へ向かって歩いていく。



「ちょっと! 変な気を回さないでよ!」



ミスラが慌てて声を上げる。


だが、シェリーは振り返ることなく、扉の向こうへと消えていった。



「……」



「……」



俺とミスラの間に、どこか気まずい沈黙が流れる。



「そ……その……」



先に口を開いたのは、ミスラだった。



「せっかくだし……」



(せっかくだし?)



「その……」



「……」



「する……?」



ミスラが頬を赤らめながら言う。



(まったく……シェリーに“盛った兎”って言われるのも無理ないな)



そう思った。


そう思ったのだが、恥ずかしそうに視線を逸らすミスラを前にして、理性を保つことなどできなかった。



「……戻ろうか」



俺が差し出した手を、ミスラが頬を染めたまま握る。


俺達は寄り添うように部屋へ戻り、背後でバルコニーの扉を静かに閉じた。


その直前。


俺はもう一度だけ、朝日に照らされ始めた街を振り返る。


まだ終わらない同級生との戦い。


竜。


この世界に隠された謎。


そして、リュミエルとリリィに待ち受ける運命。


抱えている問題は、あまりにも多い。


それでも――


今は、ほんの少しだけ立ち止まろう。


守りたい者達が、安心して笑える場所を作るために。


戦うことだけが、前へ進むことではない。


人々が暮らし、働き、明日を望める国を作る。


それもまた、俺が選ぶ戦いなのだ。


昇り始めた朝日が、まだ何もないミドル・リングを静かに照らしている。


そこにいつか、数え切れないほどの人々の笑顔が満ちる光景を思い描きながら――


俺は、新たな一歩を踏み出すことを決めた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


今回の第十三十一話をもちまして、第三章は完結となります。


八番領地の奪還、十六番領地を巡る争い、そしてリリィの身に起きた異変。


さまざまな問題を抱えながら走り続けてきたタイシ達ですが、次章では一度足を止め、ミドル・リングの開発や通貨の発行など、国づくりを中心とした物語へと移っていきます。


もちろん、リリィを侵食する力や、謎の少女リュミエルを巡る物語も、これで終わりではありません。


少し雰囲気の変わる次章も、引き続きお付き合いいただければ幸いです。


ブックマークや評価で応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


第四章も、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ