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第十三話 北の村

しばらく歩くと、遠くの方で小さな光が揺れているのが見えた。


夕焼けに染まった空の下、その光はぽつりと浮かび上がっている。


風に煽られた炎が、ゆらゆらと不規則に揺れ、まるでこちらを誘っているかのようだった。


あたりはすでに昼の熱を失い、冷たい空気がゆっくりと地面を這い始めている。


西の空は赤く燃え、東はすでに群青へと沈みかけていた。


その境界線の中を、俺たちは黙々と歩く。


かがり火の方へと近づくにつれ、人の気配が濃くなっていく。


やがて――


そこには、小さな村があった。


粗末ではあるが、確かに人の営みが感じられる家々。


煙の匂い。土の匂い。


どこか懐かしさすら感じる静かな空間。


その入り口に、一人の老人が立っていた。


老人と言っても筋骨隆々。


背筋は真っ直ぐ伸び、そこに立つだけで周囲の空気が整うような存在感があった。


まるで最初から、俺たちの到着を知っていたかのように。


老人は俺たち一行を、ゆっくりと順番に見ていく。


視線は鋭いが、決して威圧的ではない。


だが――その一瞥だけで、値踏みされているのがわかった。


そして最後に、俺の顔で止まる。


まっすぐに、逸らすことなく見据えてくる。



「これはこれは、領主様。遠いところからよくおいでなさった」



低く、よく通る声。


その声音には、不思議と逆らえない重みと気品があった。


――この人が、リオデルカ・アストロガルド。


直感だった。


だが、それで十分だった。


俺が口を開こうとした、その時――



「今日はもう遅い。お話は明日聞きましょう」



すっと左手が上がる。


柔らかな笑み。


だが、その仕草一つで、言葉を封じられた。



「……ありがとうございます」



完全に流れを持っていかれた。






村外れの空き家。


軋む扉、薄暗い室内、ところどころ傷んだ家具。


だが、最低限の手入れはされており、不思議と不快感はない。



「完全に主導権を握られましたね」



「うるさい」



「でも、あなた、可愛かったわよ?」



ミスラがクスクス笑いながら言う。



「だからうっさい!」



乾いた笑い声が、静かな室内に広がる。


その晩、俺たちは粗末な木のテーブルを囲み、用意された食事をとっていた。


素朴な味だが、体に染みるような温かさがある。



「でもさすが、リオデルカ様ね」



ミスラが感心したように呟く。



「ミスラは会ったことあるのか?」



「もちろん。あの方がまだ辣腕を振るってた頃に一度だけね」



「へぇ」



「でもその時、私はまだ六つだったから……あんな風格のある態度なんてこれっぽっちも見せなかったわ。


 私の印象は優しいおじいちゃんそのものよ」



「そっか……デンスも会ったことが?」



「えぇ。まぁ……」



「?」



違和感を覚えるが――



「それより陛下」



デンスが話を切り替える。



「あの方を口説き落とす準備はできているのでしょうね?」



「え!?……うーん……うん」



自分でも情けない返事だと思う。



「期待の持てない返事ね」



「正直、勢いでここまで来たってのが大きいからな……率直な思いを話すしかない」



「神をぶち殺す、ということですか?」



「あ……いや……」



思わず言葉に詰まる。



「それはやめておきなさい」



ミスラの声が、いつになく真剣だった。



「外の国の大半は神を信じている。リオデルカ様のアストロガルドだって例外じゃないわ」



「私みたいなのは少数派なのよ」



「そういえば……なんでミスラは神を信じてないんだ?」



「……」



空気が、一瞬だけ静まる。



「あ……いや、言いたくないなら――」



言い終わる前に、デンスが小さくため息をついた。



「……さぁ、食べ終わったなら休みましょう」



強引に話が切られる。



「あ、あぁ……」



「陛下とミスラ様は上の階の二部屋を。我々はここで休みますので」



「あら? 私は別に、皆さんと雑魚寝でも構わないのだけれど?」



先ほどまでとは打って変わって、いたずらっぽい笑み。



「そうもいきますまい……どうかご容赦を……」



デンスが疲れたように返す。


食事を終え、片付けを済ませると、俺たちはそれぞれ床についた。


硬いベッドに体を沈める。


この世界に来た当初は不快だったそれも、今ではすっかり慣れてしまっていた。


天井をぼんやりと見つめる。


――さて。



(リオデルカをどう説得するか……)



デンスの話では、王位を退いてから三年。


余生を穏やかに過ごすために南へ移り住んだはずの人物。


そんな男が、突然この“ゲーム”に巻き込まれた。



(どんな気持ちなんだろうな……)



少しだけ、哀れに思う。


だが同時に――



(全部……神のせいか)



胸の奥から、じわりと湧き上がる怒りと憎しみ。


何度も、何度も繰り返し抱いてきた感情。


けれど――


その思考は、不意に途切れる。


ミスラの、あの表情が脳裏に浮かんだ。



(あれは……)



言葉にできない違和感。


その正体を掴む前に――


ギギギ……


立て付けの悪い扉の音が、静まり返った部屋に響いた。



(――襲撃か!?)



反射的に体が動く。


布団を被り、背を向け、身を低くする。


息を殺す。



「……」



沈黙。


数秒が、やけに長く感じる。



「タイシ……起きてる……?」



聞き覚えのある声。



「……!? なんだ、ミスラかよ……」



力が抜ける。


ミスラは静かに部屋へと入ってきた。


薄暗い中では気づかなかったが、近づくにつれ、その姿がはっきりする。


思わず、視線を逸らした。



「な、なんで……そんな格好……」



「あら? ちょっとドキドキしちゃった?」



軽く笑う声。


薄い寝間着姿のミスラに、どうにも視線の置き場がなくなる。


彼女はそのままベッドに腰を下ろし、俺に背を向ける。


自然と、背中合わせの形になる。


互いの体温だけが、微かに伝わる距離。



「私が……なんで神を信じてないか、知りたい?」



「いや……別に……」



ドンッ


鈍い衝撃が背中に走る。



「……聞きなさいよ」



興味本位で聞いたことが、長い長い夜への道を開いてしまったと、


俺は少し後悔した。


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