第百二十九話 心の中の待ち合わせ
いつも『アイランドゲーム』をお読みいただき、ありがとうございます。
これまで一日二話更新を続けてきましたが、明日からは毎朝七時の一日一話更新へ切り替えさせていただきます。
更新頻度は変わりますが、物語はこれまで通り続いていきますので、今後もタイシ達の行く末を見守っていただけると嬉しいです。
引き続き、『アイランドゲーム』をよろしくお願いいたします。
翌朝、俺とリリィ、そしてミスラは、まだ朝露の残るアレースの街を南へと歩いていた。
手には、領主邸のメイドに用意してもらったティアの花を、それぞれが持っている。
目的地は、ただ一つ。
アレースの南にある、小高い丘の上の墓地だ。
そこには、他領との戦いで亡くなった兵士達が、敵味方の区別なく眠っている。
また、そこには“俺のせい”で亡くなったミリィやカイ。
そして、同級生同士で刃を交え、殺し合うというこの島の現実を、初めて俺に突きつけたアサヒナさんも眠っている。
ここに来ると――
いや、墓地まで続くこの道を歩いていると、いつだって自分の無力さを思い知らされる。
それと同時に、“自分の目的”を再認識させてくれる、俺にとっての聖域でもあった。
「前は……こんなにちゃんと舗装されていなかったのにね」
おもむろに、ミスラがそう呟く。
「ああ。きっとアランさんが、墓地まで舗装してくれたんだな」
俺は、自分がアレースにいた頃に、この道を通った記憶を呼び起こす。
当時は、まだ街中の舗装を優先していたため、墓地へ続く道も途中までしか整備されていなかった。
だが今では、見違えるように綺麗な石畳が広がり、緩やかな坂も歩きやすくなっている。
「タイシ……」
リリィが俯きながら、俺の名を呼んだ。
「ん?」
「アタシ、お姉ちゃんやカイ様に……なんて報告すればいいかな?」
「なんだ? 報告したいことがあって、ここに来たいって言ったんじゃなかったのか?」
「うん……ただ……“会いたく”なったから……」
「そうか……」
“武器に飲まれる”。
リリィは初めて味わった底知れぬ恐怖から、無意識に姉を求めていたのだと、今更ながら理解した。
そんなリリィに、俺は慎重に言葉を探す。
「ありのままでいい」
「え?」
「ありのまま報告すればいいんじゃないか?」
「ありのまま?」
「ああ」
俺はリリィへ視線を向ける。
「今までにあったことを、そのまま話せばいいんだ。こんな怖い思いをした。こんな楽しいことがあった。それでも、今も必死に頑張ってる――ってな」
「そうね」
俺の言葉に、ミスラが同調する。
「今までにあったこと……」
「ああ。きっとミリィは、お前のことを褒めてくれるし、自慢に思ってくれるよ」
俺は、重い足取りで歩く彼女の背中を、そっと押した。
「そうかな……?」
背中を押されたリリィは、先ほどまでの暗い表情を少しだけ和らげる。
「絶対そうよ! 私にとっても、リリィは自慢の妹だもの!」
ミスラは、リリィを元気づけるような明るい声で言った。
「えへへ。ありがとう……ミスラ様」
リリィが照れ臭そうにそう言った、その時だった。
「また会ったね。お兄ちゃん」
不意に、背後から幼い声がした。
「!?」
俺達は咄嗟に振り返る。
「子供? 街の子?」
視界に入った小さな人影を見て、ミスラが呟く。
「確か君は……」
俺は記憶の糸を手繰り寄せる。
「リュミエル……だったか?」
アレースからエリュシオンへ旅立った日。
一人で墓地を訪れた帰り道で、俺は一人の小さな少女と出会った。
それが、今目の前にいる“リュミエル・メイヤ”だった。
「うん。久しぶりだね」
リュミエルは淡々と返した。
「確か、前もこの辺で会ったな」
「うん。そうだね」
彼女は、変わらぬ調子で答える。
「また誰か死んだの?」
リュミエルは、屈託なく聞いてきた。
「いや、そうじゃないよ。ただ、亡くなった人達の墓参りだ」
「墓参り?」
まだ十歳にも届いていなさそうな少女には、その意味がよくわからなかったのか、彼女は首を傾げる。
すると、ミスラが一歩前に出た。
「お墓参りはね、もう目には見えなくなってしまった大切な人と、心の中で待ち合わせをすることなんだよ。
人はいつかお空に旅立つけれど、残されたみんながその人のことを忘れない限り、ずっと心の中で生き続けるの。
でも、毎日忙しいと、ついうっかり思い出すのを忘れちゃうこともあるでしょう?
だから『忘れていないよ、ずっと大好きだよ』って伝えるために、ときどきここに会いに来るの」
ミスラの優しい声が、俺達を包み込む。
本人は嫌がるだろうが、この時ばかりは、彼女が“聖女”のように見えた。
リュミエルは、ずっと俺に向けていた視線をミスラへ移す。
「そうなんだ」
相変わらずの淡白な返事。
「人間って、本当に不思議だね。お姉ちゃん」
(人間って……まるで自分は違うみたいな言い方だな)
どこか他人事のようなその言葉に、ミスラは驚いた顔で俺とリリィを見る。
俺とリリィも、肩をすくめたり、困った表情を浮かべたりして返すしかなかった。
「それと、そっちの“子”」
リュミエルが唐突に話題を変える。
「え? アタシ? 子?」
視線を向けられたリリィは、間違いなく自分より年下の少女から子供扱いされ、驚いた表情を浮かべる。
「うん」
「な……なにかな?」
リリィは、自分よりも小さな少女へ恐る恐る聞いた。
「ずいぶん、“オディ”の力に侵食されてるね」
「!?」
(オディ? なんだって?)
「そのままじゃ、危ないね」
「え? え?」
俺達は、リュミエルの言葉を理解できずにいた。
だが、そんな俺達を気にすることなく、彼女は言葉を続ける。
「闇を照らせるのは、光だけだよ」
先ほどまでとは違う、大人びた言葉を口にするリュミエル。
「闇が決まりだっていうなら、光も決まりにすればいいんだよ」
リュミエルは表情を変えないまま、そう言い放った。
「ちょっと……何を……」
その時だった――
「陛下~! 殿下~!」
今度は、坂の下から俺達を呼ぶ声が響いた。
振り返ると、遠くからこちらへ手を振るリンウェルとジェイクの姿があった。
「遅いので、何かあったのかと心配になりましたわ!」
リンウェルの声が、坂道に響き渡る。
「あ、ああ」
(そうだ! リュミエルは!?)
一瞬、意識から外れていたリュミエルを思い出し、俺は急いで元の場所へ視線を戻す。
だが――
「どこに……行った……?」
そこには、もう誰もいなかった。
周囲には、身を隠せるような建物も、茂みもない。
走り去る足音すら聞こえなかったというのに、リュミエルの姿だけが、初めから存在しなかったかのように消えていた。
「なんだったの……あの子」
「子……アタシより年下の子に……」
ミスラとリリィが、それぞれ反応する。
「いや……わからない……」
俺は正直にそう答えるしかなかった。
だが、確信に近い直感があった。
(あの子は、“何か”を知っている)
「どうしたっすか?」
不意に、すぐ近くから声がした。
声の主はジェイクで、既に俺達の近くまで来ていた。
「あ、いや……ちょっとな」
俺は頭の整理がつかないまま、そう返した。
「とにかくだ。遅くなって悪い。さあ、墓地へ行こう」
「「?」」
俺が気を取り直してそう言うと、リンウェルとジェイクは首を傾げながらも、墓地へ向かって歩き始めた。
それから俺達は、アランやエンヴィー、ハンス達が待つ墓地で、それぞれ故人へ想いを伝えた。
リリィはというと、随分長い間、ミリィの墓前で両手を組み、目を閉じていた。
俺達は、その背中を静かに見守る。
「そういえば、エンヴィー。お前も来てくれたんだな」
俺は、アレースに配置したサブクラス持ちのエンヴィーへ話しかける。
「ここには、かつての仲間が眠ってるからね。僕だって、故人を尊ぶ感情くらい持ってるよ」
「そうか……てっきり、そういうことには興味がないのかと……」
「僕をなんだと思ってるの?」
エンヴィーは呆れた目で俺を見る。
「あはは……」
俺は視線を逸らし、苦笑いを浮かべた。
「そうだ。十六番領地攻略の時は、陽動部隊として参戦してくれたみたいだな。ありがとう」
「……」
エンヴィーは驚いた表情で俺を見た。
「報告は受けているよ」
「僕は、あまり戦いたくないんだけどな……」
俺から視線を逸らし、遠い空へ目をやったエンヴィーは、口癖のようにその言葉を口にする。
「そうだな……それができたらな……」
俺も、エンヴィーと同じ方向へ視線を向ける。
(戦わずに済むなら……こんな暗い気持ちを抱えることもないんだろうな)
その時、ふいにリュミエルの言葉が脳裏をよぎった。
『闇を照らせるのは、光だけだよ』
言葉だけなら、当たり前のことだ。
だが、なぜか胸の奥に引っかかって離れなかった。
(いったい……あの子は、何が言いたかったんだ……?)
そんなことを考えていると、ミリィの墓前で膝をついていたリリィが、ゆっくりと立ち上がる。
「あ……その……ごめんなさい。いっぱい話したくて……」
振り返り、俺達が待っていることに気づいたリリィは、慌てたように頭を下げた。
「そんなこと、気にしなくていいのよ。それより、ちゃんと報告はできた?」
ミスラは、そんなリリィを優しく抱き締める。
「うん。できたよ。ありがとう」
リリィの表情は、墓地へ来る前よりも少しだけ柔らかくなっていた。
不安も、恐怖も、消えたわけではない。
それでも、確かに一歩だけ前へ進めた――そんな顔だった。
高台にある墓地を、穏やかな風が包み込む。
それはまるで、ミリィやカイ、アサヒナさん。
そして、ここに眠る者達が――
「ちゃんと見ているよ」
そう言ってくれているような、優しい風だった。
最後に、俺も手にしていたティアの花を墓前へ供え、静かに目を閉じた。
失った命は戻らない。
背負った後悔も、消えることはない。
それでも――
彼らに恥じない未来を作るために、俺達は前へ進まなければならない。
たとえ、この先にどれほど深い闇が待ち受けていようとも。
吹き抜ける風は、どこまでも優しかった。
その温もりを胸に刻みながら、俺は再び目を開く。
けれど――
『闇を照らせるのは、光だけだよ』
リュミエルが残したその言葉だけは、小さな棘のように、いつまでも胸の奥に残り続けていた。




