第百二十五話 オズワルドの目的
リリィが目を覚ましてから一週間。
あの戦いで負傷した者達の傷も癒えつつあり、リベリオンには再び穏やかな日常が戻り始めていた。
そんな中、俺はリリィと約束した姉・ミリィの墓参りへ向かう前に、最後に残った大きな仕事を片付けようとしていた。
「王様……イマリ……さん……が……到着……した……です」
俺のいる執務室にやってきたアリアが、どこか不安そうに伝えてくる。
「わかった。ありがとう。アリアも一緒に来るか?」
俺はアリアに礼を言うと、優しく尋ねた。
「……」
俺の問いに、アリアは少し俯き、何かを考えるように黙り込んでしまう。
そして――
「あんまり……会いたく……ないです」
かろうじて聞き取れるほどの小さな声で答えた。
彼女が会いたくない相手。
それは、イマリと共にこの地へやってきた男のことだった。
「わかった。無理に会わなくていい。シェリーには俺から言っておくから、リリィのところにいてやってくれ」
リリィは見た目にはすっかり元気になっていた。
だが、まだ病み上がりということもあり、仕事はさせず、やることといえば軽い運動だけだった。
(きっと暇してるだろうしな……)
アリアが一緒にいてくれるなら、リリィも退屈せずに済むだろう。
「王様……ありがと……です」
アリアが若干申し訳なさそうに礼を伝えてくる。
俺はそんな彼女の頭をぽんぽんと優しく撫で、執務室をあとにした。
俺が玉座の間に入った時、すでにミスラやイリスをはじめとするリベリオンの幹部達と、宰相のデンスが玉座の左右に並んでいた。
俺はまっすぐ玉座へ向かい、その椅子に腰を下ろす。
そして、玉座から見下ろす先には、イマリと数人の兵士が立っていた。
その中央にいるのは、両手を後ろで縛られた大男だった。
「なんじゃ? 若き王よ。その椅子に座ると、また一段と凛々しく見えるの」
イマリがいつもの調子で、俺をからかってくる。
「久しぶりだな、イマリ。八番領地は復興が進んでるようで何よりだよ」
俺はイマリに軽く挨拶を返す。
「おかげさまでな。姫様もやる気になってくれたみたいじゃ」
そう言うイマリの顔には、彼女にしては珍しく、わずかな不安の色が浮かんでいるように見えた。
「今日参ったのは、先日、手紙で伝えた通りの要件じゃ」
そんなイマリは、すぐに表情から不安の色を消すと、真剣な眼差しを俺へ向けた。
「ああ。わかってるよ」
俺はそう答え、イマリの後ろにいる大男へと視線を向ける。
「会うのは初めてだな。オスワルドと言ったか?」
以前よりも自然に王として振る舞えるようになった俺は、自ら話を切り出した。
我ながら、驚いたものだ。
目の前にいるのは、俺の背丈を優に超える大男。
この場に味方が大勢いるとはいえ、日本にいた頃の俺なら、これほど堂々と話しかけることはできなかっただろう。
「ああ。俺はオスワルド・サネ。先に言っておくが、俺は礼儀というものを知らん。悪気はないから、そこは理解してくれると助かる」
オスワルドは軽く自己紹介すると、俺を正面から見据えて言った。
「わかった。その辺は気にしなくていい」
俺は短く頷いた。
「それで、俺に会いたかったそうだが、何か用か?」
そのまま本題に入る。
「……」
オスワルドは俺の言葉を受けると、一度こちらから視線を外し、玉座の間を見回した。
「?」
そんなオスワルドの様子に、俺だけではなく、そばにいるミスラや、彼を連れてきたイマリまでもが首を傾げる。
「今日は……あの娘は……いないのだな」
オスワルドは悪びれる様子もなく、俺に視線を戻して言った。
「あの娘……」
俺はすぐに思い当たる。
「アリアのことか?」
「ああ」
「アリアは普段、メイドとして働いているからな。今は俺が別の用事を頼んでいる」
「そうか……」
オスワルドは軽く俯いた。
だが、すぐに顔を上げる。
「さて、本題だが……」
再び俺へ向けられたオスワルドの視線に、俺だけでなく、周囲にいるミスラ達にも緊張が走る。
「俺は、八番領地の九番領地攻略に協力する」
「……」
ここまでは、カワナミさんから届いた手紙で、ある程度は知っていた。
だが、次にオスワルドの口から出た言葉は、俺達にとって予想外のものだった。
「そして、もし九番領地を奪取できたのなら……俺を、リベリオンの領民にしてほしい」
玉座の間から音が消えた。
誰もが一瞬、自分の耳を疑ったのだろう。
ミスラは目を丸くし、イリスでさえ、わずかに眉を動かしている。
「なっ……!?」
思わず声が漏れた。
「領主間の合意があれば、それができるだろう? それをしてほしいと言っている」
オスワルドは畳みかけるように言う。
「いや、待て待て!」
俺は慌ててオスワルドを止めた。
オスワルドは、その言葉に素直に従って口を閉ざす。
ただ、止めたはいいものの、思考が追いつかない。
再び、玉座の間を沈黙が支配した。
(オスワルドが? なぜ? この領地に?)
考えが目まぐるしく頭の中を走り回る。
やがて――
俺は一つ息を吸い込み、落ち着きを取り戻すと、オスワルドではなくイマリを見た。
「まず大前提として、カワナミさんはそれを了承してるということでいいか?」
「オスワルドほどの男を手放すのは心苦しい。じゃが、九番領地攻略への協力が条件じゃ。姫様も了承しておる」
イマリは肩をすくめながら答えた。
つまり、カワナミさんも了承済みということだ。
その返答を受け取ると、今度はデンスを見る。
助けてくれと言わんばかりに。
さすがのデンスも驚いたのか、わずかに目を見開いていた。
だが、俺の視線に気づくと、一つ咳払いをして話し始める。
「先ほど、その者が申した通り、双方の領主が承認すれば、領民が所属する領地を移ることは可能です」
デンスは一拍置く。
「しかし……なぜ移籍先としてリベリオンを望むのか。それは私も気になります」
そう言うと、デンスは俺からオスワルドへ視線を移した。
「ああ。俺もそれが気になる。理由を聞かせてほしい」
デンスの言葉に同調し、俺はオスワルドを見据える。
「理由か……」
オスワルドが一度呟く。
そして――
「理由はただ一つ。あの娘――アリアだ」
「……っ!」
その言葉に、俺は動揺した。
(アリアが理由?
いや、さっきもアリアのことを気にしてたし……)
玉座の間に、妙な沈黙が落ちた。
周囲の仲間達も、俺と同じことを感じたに違いない。
(まさか……こいつ、幼女趣味なのか……?)
ミスラは露骨に顔をしかめ、イリスは冷ややかな視線をオスワルドへ向けている。
イマリに至っては、額に手を当てて深いため息を吐いていた。
そして当のオスワルドだけが、周囲の反応をまるで理解できていないような顔をしている。
――いや、待て。
まさか、本気でそういう意味なのか?
俺は嫌な予感を覚えながら、オスワルドの次の言葉を待った。




