第百十一話 領主邸の廊下での決着
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これからも楽しんでいただける物語をお届けできるよう、執筆を続けてまいります。
第三章も終盤に差し掛かってまいりました。
今後ともよろしくお願いいたします。
外へ目を向けると、先ほどイマリが打ち上げた赤い閃光は、すでに跡形もなく消えていた。
その赤い光に神秘的に照らされていた領主邸の廊下も、今では月明かりが差し込むだけになっている。
それはそれで趣のある光景だったが、今のレオンに、それを楽しむ余裕はなかった。
胸には深い切り傷が走り、そこから大量の血が流れ落ちている。
それでも彼は、膝をつくことなく立ち続けていた。
そして――
“ワシらのところへ来んか?”
自分にこの傷を負わせた“烏”からの提案。
レオンはそんな状況でも、必死に頭を働かせながら警戒を続けていた。
「俺がそんな提案に乗ると思うのか?」
レオンは、目の前で余裕綽々と笑みを浮かべるイマリへ問いかける。
「どうじゃろうな?
ただ、リベリオンの若き王から、お主達を殺すなと言われておってな。
それならと、誘ってみただけじゃ」
イマリは肩をすくめながら答えた。
「お前達? サブクラス持ちのことか?」
「そうじゃ」
「随分と甘ちゃんな王様だな」
「そうじゃ。甘ちゃんじゃ」
「……」
レオンはその真意を見極められず、イマリを睨む。
「でもな」
そんなレオンの視線から逃れるように、イマリは外へ目を向けた。
「あやつは甘ちゃんだが、覚悟を決めとる」
「覚悟だと?」
「ああ。かつての同郷の者を“殺しきる”覚悟をな」
「……」
この島で行われているゲームの中心は、異世界から来た領主達だ。
そして、この島を攻略するために必要なのは、確かに“領主の血”だけだった。
「理論上は、確かに領主達さえ屠れば、この島は攻略できる」
レオンが言う。
「だが、そんなことが本当に、まだ十代後半のガキにできるのか?」
「さぁな。どうせその時が来れば、迷い、考え込むであろうな」
「分かってんじゃねぇか」
イマリの言葉に、レオンは同意する。
「だが、悩み抜いた末に出す答えは見えておる。あやつは前へ進む」
「へぇ……随分と、その若き王ってヤツを買ってるじゃねぇか。
お前自身が、鞍替えでも企んでるのか?」
レオンの挑発に、イマリは反応しなかった。
「いんや。ワシの主は姫ただ一人じゃよ。どうしようもなく……若き王よりも、さらに甘ちゃんのな」
「分からねぇな……お前の目的が」
レオンは怪訝な表情を浮かべた。
「そうか? ワシの目的はブレておらんぞ?」
イマリは、外へ向けていた視線をレオンへ戻す。
「ワシは姫に生きてほしい。そのために、リベリオンの傘下につきたい。ただそれだけじゃ」
「……なるほどな……」
「一度断られておってな。まぁ、今度は手土産を持って交渉しようと思っておるでな」
ニヤリと笑うイマリ。
「はっ! その手土産ってのが俺か」
イマリは嘘をついていない。
レオンはそう感じた。
むしろ、気まぐれな“烏”にここまで言わしめた、二人の甘ちゃんに興味が湧いてきた。
レオンの知る領主は、フジムラ ソウタただ一人。
あいにくだが、彼は領主の器ではない。
だが、八番領主のカワナミ サクラは“烏”を手なずけた。
そして、リベリオンのアサヒ タイシは、多くのサブクラス持ちを従えている。
(こっちは奪取した三十番領地のサブクラス持ちすら、まだ手なずけられてないってのに……)
レオンは己の不運を呪った。
「少し……興味が湧いたな……」
「おお! そうかそうか!」
レオンの呟きに、イマリの表情が明るくなる。
「だがな、今の所属領地を出ていくって話は別問題だ」
「頑固じゃな」
「意地だよ」
そう言うと、レオンは右足を引き、槍を構える。
(これが最後の一撃になるな)
「はああああああああああっ!」
雄叫びと共に、全身に残された力を込める。
余すことなく。
それは目には見えない。
だが、イマリにはまるで、レオンが闘気を纏っているように感じられた。
「……まったく。まだそんな力が残っておったとは。
それにしても男というものは、本当に馬鹿じゃな。
意地だのなんだのって」
目の前で最後の力を振り絞る相手を見て、一瞬目を見開いたイマリも、その表情をすぐに呆れたものへと変えた。
「その刀ごと、へし折ってやるよ」
レオンのその言葉は、決して強がりではなかった。
レオンは確信していた。
この一撃ならば、イマリの長刀をへし折り、その身まで届くと。
「お主、何か勘違いしておらんか?」
「あ?」
イマリは平然としていた。
「ワシのこの刀は、“烏”として活動していた頃から使い続けているだけじゃ」
「!?」
イマリの言葉に、レオンは目を見開いた。
確かにそうだった。
長く細い刀身から、フェンサー系列のサブクラスだと勝手に思い込んでいた。
だが、サブクラス武器なら、常に具現化しておく必要はない。
レオンがしたように、念じれば現れる。
それなのに、この女は常にその刀を腰へ帯びていた。
「ワシのサブクラスはのう……」
イマリは手に持つ刀を鞘へ納める。
すると、その右手が光り始めた。
徐々に、その光が細長い形を作っていく。
それはまるで――
いや、確かに長槍だった。
光が消え、完全に形作られた時、イマリは言う。
「お主と同じランサー系統――ドラグーンじゃ」
彼女は長い黒髪を揺らし、そのサブクラス武器――長槍とも呼べる“薙刀”を、悠然と背後へ斜めに構えた。
その薙刀は、美しさと禍々しさを同時に宿していた。
紫紺の長柄の先には、金色に縁取られた三つ巴の意匠が鈍く光る。
緩やかな曲線を描く漆黒の刃は、まるで夜闇をそのまま切り取り、研ぎ澄ましたかのようだった。
「ッ!」
言葉を失うレオンに、イマリは続ける。
「この薙刀は、あまり使い慣れておらんでの。手加減がよう分からんのじゃ」
イマリは、地面へ向けた切っ先を見ながら言う。
「死んでくれるなよ」
その視線をレオンへ戻す。
「チッ」
(本当にやりづれぇ……)
レオンは舌打ちし、心の中で毒づく。
だが、もう止まることはできない。
歯を食いしばるレオン。
次の瞬間――
地面が爆ぜる。
レオンの最後の一撃が放たれた。
気づけば、レオンは床に倒れていた。
しばらく、自分の置かれた状況を理解できなかった。
直前まで廊下の壁を吹き飛ばすほど激しかった戦いとは裏腹に、その決着は酷く静かだった。
いや、戦いなんてもんじゃなかった。
ステータス差じゃない。
完全に、実力差による敗北だった。
最後の全身全霊の一撃すら通用しなかった。
敗れ、力なく倒れた彼の頭は、なぜかイマリの膝の上に乗せられていた。
「てめぇ……何……してる」
レオンは掠れた声で聞く。
衣服の擦れる柔らかな音と共に、イマリの手が、薬の入った小さな器を彼の口元へ運んでくる。
「ほれ、飲まんか。薬じゃ」
いつもなら拒むはずの苦い薬も、今のレオンには抗う気力さえ残っていない。
イマリの静かな呼吸を感じながら、彼は促されるままに、ゆっくりと命を繋ぐ雫を飲み下した。
「言うたじゃろ。お主達を殺すなと言われていると」
イマリは静かに微笑んだ。
その笑顔はまるで、悪ガキを諭す母のような、姉のような笑顔だった。
「イマリちゃん!!」
イマリの背後で、女の声がした。
「大丈夫か? すごい音がしたけど……」
続いて聞こえてきたのは、若い男の声だった。
「おう! お主達! なぁに、問題ない!」
イマリはレオンの頭を膝に乗せたまま、首だけを後ろへ回して答えた。
「えっと……これは……どういう状況ですの? なぜ……膝枕を?」
声をかけてきた男女の後ろにいる、金髪縦ロールの女が尋ねる。
「ん? 死なせないために、薬を飲ませているだけじゃが……」
そう言うと、何かを感じ取ったように、イマリはニタリと笑った。
「リンウェルよ。今は戦いの後じゃが、今度、何もない時に若き王にしてやるとよいぞ。大層喜ぶ」
悪戯な笑みを浮かべる。
「おい」
若い男が、すかさず突っ込む。
その後ろでは、顔を真っ赤にしながら何度も頷くリンウェル。
(そうか……こいつらが、リベリオンと八番領地の……)
薬が効き始めたせいか、意識が薄れていく。
(戦場のど真ん中に、これだけの人数で来るなんて……)
その中で、レオンは思う。
(本当に、甘ちゃんだ)
彼の意識は、闇へと落ちた。
砕けた壁の向こうでは、雲間から覗いた月が、静かに夜の庭園を照らしている。
戦いの熱だけを置き去りにするように、涼やかな夜風が吹き抜けた。
その風は、血と砕けた石の粉塵を少しずつ攫いながら、静かな夜を取り戻していくのだった。




