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第14巻:如月令嬢は『電波の虚飾を信じない』  作者: アリス・リゼル


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第2話『正解』 ~section 4:怒涛の真贋判定と、天才の暗算~

 月見坂放送局・第一スタジオは、今まさに崩壊の瀬戸際に立たされていた。

 国民的人気番組の目玉である『歴史的遺物』を、ゲストである如月瑠璃がカメラの真正面から『数日前に作られた小道具の偽物』と物理的証拠付きで完全論破してしまったのだから無理もない。さらには『わしがこの箱庭に持ち込まれるすべてのモノの真の問いを立ててやる』という、番組の完全ジャック宣言。

 MCのハンバーガーマンの二人も、ひな壇の豪華な芸能人たちも、完全に沈黙し、助けを求めるようにカメラの向こう側――ディレクターのいるサブコントロールルームを見つめている。

 だが、僕のインカムから聞こえる泊ディレクターの声は、『終わった……俺のテレビ人生はこれで……』という、魂の抜けたようなうわ言に変わっていた。


 頼れる大人は、誰もいない。

 解答者席のデスクの下という暗く狭い密室で、僕は猛烈な勢いでスケッチブックに極太の黒マジックを走らせていた。キュッ、キュッ、というマジックの擦れる音が、心臓の鼓動よりも大きく耳に響く。

 ここで収録が止まれば、ヤラセの事実は隠蔽しきれず、番組は打ち切り、月見坂放送局は謝罪会見へと追い込まれるだろう。それは同時に、如月コンツェルン臨時嘱託員である僕の『任務失敗』を意味する。

 僕は書き殴ったスケッチブックを手に、デスクの隙間から、カメラの死角となる床すれすれの低い位置へと腕を突き出した。


『お嬢様の【偽物見破りショー】に企画変更してください! テレビ局のセコい裏側を暴く方向でイジって!』


 下手くそな殴り書きだった。だが、僕の突き出したそのスケッチブックの文字を、スタジオの中央に立ち尽くしていたハンバーガーマンのあきお氏が、鋭い視線で確かに捉えた。


 その瞬間、あきお氏の目の色が変わった。

 困惑と焦燥に染まっていた彼の瞳に、プロの芸人としての、それもトップ・オブ・トップのMCとしての獰猛な光が宿ったのだ。彼は相方のたかし氏に目配せをし、マイクを握り直した。


「……いやー、参った!! 完全にバレちゃいましたねえ!!」


 あきお氏の、スタジオの空気をビリビリと震わせるほどの大声が響き渡った。

 ひな壇の芸人たちがビクッと肩を揺らす。あきお氏は、頭を抱えながら大げさに天を仰いだ。


「さすがは如月コンツェルンのお嬢様! 僕らテレビ局の『セコい裏側』を、顕微鏡レベルの観察眼で完全に暴き出しちゃいましたよ! たかしさん、どうしますこれ! 美術さんが泣いてますよ!」


「いや本当に申し訳ない!」


 たかし氏も即座に意図を汲み取り、深く頭を下げて見せた。


「あのですね瑠璃様、言い訳させてください! 本物の歴史的な網を借りようと思ったら、博物館から『絶対に傷をつけるな』ってものすごいプレッシャーをかけられまして! 僕らみたいな粗忽者が扱うバラエティ番組なんで、万が一破きでもしたら局が吹き飛んじゃうんです! だから、美術さんに『世界一精巧なダミー』を作ってもらったんですけど……まさか秒殺されるとは!」


 あきお氏とたかし氏の、見事なまでの『自己申告』と『開き直り』だった。

 ヤラセを隠蔽しようとするから放送事故になる。ならば、最初から『テレビ局の予算の都合で作った精巧なダミーを、天才令嬢が見破れるか』というバラエティ企画だったことに、この瞬間にすり替えてしまえばいいのだ。

 彼らの卓越した話術と明るい自虐によって、氷河期だったスタジオの空気が一気に解凍されていく。ひな壇の芸人たちも「なんだよそれ!」「美術さん、コーヒーで煮込んでたのかよ!」と、次々に立ち上がってガヤを入れ始めた。


「……ほう。お主ら、己の作り出した虚飾を、今度は笑いという別のオブラートに包んで飲み込ませるつもりか」


 瑠璃さんが冷ややかに見下ろす。だが、あきお氏はひるまない。


「オブラートでもなんでも使いますよ! だって僕ら、テレビマンですから! ……でも瑠璃様、一つだけ言わせてください。テレビ局の『セコさ』には、ちゃんとした大人の事情ってやつがあるんですよ!」


「あら、その通りね。あきおさんの仰ることは、極めて論理的で正しいわ」


 突然、瑠璃さんの隣から、優雅で鈴を転がすような声が響いた。

 姉の如月翡翠である。

 彼女は、解答者席のデスクの上に置いていたタブレット端末の電源を、あえてプチッと切った。そして、美しい足を組み直し、自身の完璧な頭脳だけを頼りに、恐るべきスピードで言葉を紡ぎ始めた。


「テレビ局をセコいと笑うのは簡単だけれど、財務とリスクマネジメントの観点から見れば、今回の『偽物を用意する』という判断は、経営的に百点満点の正解よ。……いいこと、瑠璃? 月見坂放送局の今期のバラエティ制作予算は、公開されている有価証券報告書から推測するに、一時間枠で約一千五百万円。対して、市指定有形文化財クラスの『本物の漁師の網』をスタジオに持ち込んだ場合、それにかけられる一日あたりの動産総合保険の掛け金は、過去の事例から算出して約三百万円から五百万円に跳ね上がるわ」


 翡翠さんの口から、一切の淀みなく、桁外れの具体的な数字が次々と飛び出していく。タブレットなどの外部データは一切見ていない。すべて彼女の頭の中にある膨大なデータベースと、瞬時の暗算能力によるものだ。


「番組制作費の約三分の一を、たった一つの小道具の保険金に溶かす? そんな愚かな稟議書が回ってきたら、私が経理担当なら一秒でシュレッダーにかけるわね。一方で、美術スタッフに麻糸とコーヒーを用意させてエイジング加工を施した場合の材料費は、およそ四千二百円。作業にかかるスタッフの人件費と残業代を多めに見積もって計上しても、総額で三万円に満たない。……三万円の出費で、数百万の保険金リスクを完全にゼロにし、かつ視聴者には歴史のロマンを提供できる。これほど費用対効果の高い『完璧な正解』が他にあるかしら?」


 スタジオ中が、翡翠さんの口から放たれる圧倒的な数字の暴力と、冷徹すぎる資本主義の論理に唖然としていた。


「ですから、あきおさん、たかしさん。あなたたちの判断は素晴らしいわ。私はコンツェルンの財務統括として、月見坂放送局の徹底したコストカットとリスク管理の姿勢を、高く評価します」


 翡翠さんが女神のような微笑みを浮かべると、あきお氏が膝から崩れ落ちるようなリアクションをとった。


「うおおお! 翡翠様! フォローしてくれてるはずなのに、なぜかめちゃくちゃ心に刺さる! リアルな制作費の数字を暗唱しないでください、生々しすぎる!!」


 ひな壇の芸人たちが腹を抱えて爆笑する。「お姉様、えげつねえ!」「テレビ局の懐事情が丸裸だ!」と、スタジオは完全に『ヤラセの暴露』から『如月姉妹のヤバすぎる頭脳ショー』へと空気を変貌させていた。

 僕の右耳のインカムからも、泊ディレクターの『す、すげえ……笑いになってる! 朔くんのカンペと、MCと姉妹の奇跡のコラボだ! よし、このまま【お嬢様の偽物見破りショー】で押し通すぞ!!』という、息を吹き返した声が聞こえてきた。


「よーし! それなら番組のルール変更だ!」


 あきお氏が立ち上がり、カメラに向かって力強く宣言した。


「瑠璃様が『すべてのモノの真の問いを立てる』と仰るなら、受けて立ちましょう! このスタジオの裏には、今日のために美術スタッフが血と汗と涙とコーヒーで作った『歴史的遺物(ダミー)』がまだ控えています! はたして如月令嬢は、我々テレビ局の予算削減の努力をすべて見破ることができるのか!? 第二問、カモン!!」


 BGMが、緊迫感のあるアップテンポなものに切り替わる。

 床下の奈落から、新たな展示台がせり上がってきた。

 今回置かれていたのは、重厚な桐箱に収められた、黒光りする『いびつな形の茶器』だった。


「さあ! 第二問は、戦国時代に月見坂の地を治めていた武将が愛用したとされる、伝説の黒茶碗……」


「プラスチックじゃな」


 あきお氏が問題文を読み終える前に、瑠璃さんの無慈悲な宣告がスタジオに響いた。

 シンキングタイムゼロ。文字通りの秒殺だった。


「えっ」


「早い早い早い!! 瑠璃様、まだ一瞥しただけですよ!?」


 たかし氏が目を剥いて突っ込むが、瑠璃さんはすでに純白の手袋をはめた手で、その茶器を無造作に持ち上げていた。


「見ずとも分かる。まず、比重が全く違う。本物の陶土で焼かれた茶碗であれば、この体積ならもっと腕にズッシリとくるはずじゃが、これは空気を掴んでいるように軽い。そして何より……」


 瑠璃さんは、黒茶碗の側面にルーペを当てた。


「ここじゃ。器の側面に、上から下へと一直線に走る、ごく僅かな『線』があるじゃろ。これは、金型に溶かした合成樹脂を流し込んで成形する際、二つの金型の合わせ目にどうしても生じてしまう『パーティングライン』じゃ。表面にどれだけ本物っぽくザラザラした釉薬風の塗料を吹き付けていようと、大量生産の工業製品である証拠がここに残っておる」


 瑠璃さんは茶碗を指先で弾いた。

 チン、という陶器の涼やかな音ではなく、コンッ、という明らかに安っぽい樹脂の音がマイクに乗った。


「戦国武将が、石油から精製されたプラスチックの茶碗で茶を啜っていたとでも言うのか? 歴史への冒涜にも程がある」


「ぐああああっ!! バレたぁぁー!!」


 あきお氏が大げさに頭を抱え、ひな壇の若手芸人たちが「おい美術ー! バリの処理くらいちゃんとやれよ!」「戦国時代に射出成形機があったんだよ!」と一斉に立ち上がってツッコミの矢を放つ。スタジオは爆笑の渦に包まれた。


「次じゃ。次を持ってこい。こんな子供だましのプラスチック成形品でわしの眼を誤魔化せると思うな」


 瑠璃さんのアメジストの瞳が、完全に据わっていた。彼女は怒っているわけではない。ただ、目の前に出される『嘘のルーツ』を持ったモノたちを、片っ端から物理的に解体していく作業に、特有の冷徹な没入を見せていた。


「よ、よし! ならばこれならどうだ! 第三問、カモン!!」


 あきお氏の合図で運ばれてきたのは、古びた和紙に筆で達筆な文字が書かれた『古文書』だった。ガラスケースには入っておらず、巻物の状態で台の上に置かれている。


「これは凄いですよ! 月見坂の開拓時代に書かれた、幻の『極秘指令書』です! さすがにこれにはプラスチックのパーティングラインなんてありませんよ!」


「……」


 瑠璃さんは解答席から歩み寄り、その古文書の紙面に顔を近づけた。

 数秒間、ルーペで文字のインクを観察し、そしてフッと鼻で匂いを嗅いだ。


「家庭用プリンターのインクの匂いがするな」


「ぶはっ!!」


 ひな壇で水を飲んでいた大物俳優が、思わず吹き出した。


「おいおいおい! 瑠璃様、家庭用プリンターって! さすがにそれは……」


「文字の黒い部分をルーペで拡大してみるがよい」


 瑠璃さんは、古文書の文字を指差した。


「本物の墨汁であれば、細かく砕かれた炭素の粒子が和紙の繊維にランダムに深く染み込んでいるはずじゃ。だが、この文字の縁を見てみよ。肉眼では黒一色に見えるが、ルーペで拡大すれば、極小の『シアン』『マゼンタ』『イエロー』そして『ブラック』の四色のインクのドットが規則正しく配列され、視覚的に黒を作り出しているのが分かる。これは、現代の一般的なインクジェットプリンター特有の印刷方式じゃ」


 瑠璃さんは冷ややかな視線を、カメラの向こうのスタッフたちに向けた。


「さらに、この和紙自体も酷い。紙の繊維の向きが完全に一定方向に揃っておる。これは手漉きの和紙ではなく、機械で大量生産された安物のパルプ紙じゃ。それを、あろうことか『インスタントコーヒー』で染めて古く見せかけ、その上から家庭用プリンターでスキャンした古文書の画像を出力したのじゃな。インクの定着液の化学的な溶剤の匂いが、まだ微かに残っておる」


 ――ドッ!!

 スタジオに、今日一番の爆笑が巻き起こった。


「テレビ局、息してるかーー!?」

「極秘指令書、エプ〇ンで印刷してんじゃねーよ!!」

「インク代もケチってんじゃねえか!!」


 ひな壇の芸人たちが総立ちになり、テレビ局のあまりにもチープな裏側をイジり倒す。星野きららちゃんも、お腹を抱えて涙目になるほど笑っていた。

 デスクの下の僕も、もはや緊張を通り越して、自分の口元が笑いの形に歪んでいるのを止められなかった。

 如月瑠璃の持つ『物理的観察眼』。それは、虚飾を前提としたテレビの世界においては、あまりにも強大で理不尽な『チート能力』だった。彼女の前では、どれだけ巧妙に作られた小道具も、その製造工程から成分まで、すべてが丸裸にされてしまうのだ。


「あ、あきおさん……もうダメです、うちの美術スタッフの心が折れました……」


 たかし氏が、フロアディレクターからのカンペを見て、弱り切った声で報告する。


「もうスタジオの裏に、瑠璃様の目をごまかせそうな偽物のストックが一つも残ってないそうです……。全部、家庭用プリンターか百均の素材で作ったやつばっかりだって……」


「おいおい! バラエティとはいえ、どんだけ予算削ってんだうちの局は!」


 あきお氏が絶叫し、再びスタジオが爆笑に包まれる。

 瑠璃さんは純白の手袋を直し、勝ち誇るわけでもなく、ただ当然の事実を述べたように淡々と言い放った。


「これで終わりか。実に他愛のない、虚飾にすら届かぬ粗大ゴミの山であったな。本物のルーツを持たぬモノなど、どれだけ集めても真実にはならぬ。……さあ、どうするのじゃ。もうお主らの手札は尽きたようじゃが」


 瑠璃さんの絶対的な勝利宣言。

 もはや、この番組を成立させるための『問題』が存在しない。このままでは、時間が余ったまま収録が強制終了となってしまう。

 僕が再びスケッチブックを手に取ろうとした、その時だった。


『……朔くん。MCに伝えろ。最終問題だ』


 右耳のインカムから、先ほどまでの絶望とは異なる、静かで、しかし異様な執念に満ちた泊ディレクターの声が聞こえた。


『俺たちテレビマンの意地を見せてやる。……本物を、出すぞ』


 僕は息を呑んだ。

 スタジオの空気が、再び大きく変わろうとしていた。偽物を暴き尽くした令嬢の前に、ついに『本物の情動』が持ち込まれる瞬間が近づいていた。



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