無限蛇
ウロボロス
無限、不死、不滅を象徴する蛇または竜。
自らの尻尾を噛み、8の字の形をしている。
ある日、有栖が買い物から帰る途中、複数の男達が1人の人間に絡んでいた。外観からして男達が堅気の人間ではないこと、そして態度からして因縁をつけてきたことを理解した有栖は、陰に隠れて様子を伺った。結果、男達はあっという間に倒され、道に転がった。一方で、絡まれた方も男の1人から攻撃を受け、右手を負傷した。たいした怪我ではないが、血がボタボタと流れ、地面に落ちている。心配になった有栖は相手に近づき、声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「えっ?」
突然声をかけられた相手は振り返って有栖の方を見る。有栖は相手の怪我の具合を確認し…
「ちょっと待ってください。」
と言うと、持っていたバッグから包帯や消毒薬を取り出し、応急手当をした。その手際の良さに、相手は思わず見入った。
「いつも持ち歩いているの?」
「はい。何かあった時のために。」
「そうなんだ。」
会話をしながら手当てをする有栖。ふと、相手の右腕に8の字の形をした蛇の刺青を見つけた。
「ああ、これね。『無限蛇』っていう蛇の刺青だよ。不死、不滅の象徴になっているんだ。」
「どうしてこの刺青を?」
「…負けたくない、から。」
「?」
有栖は疑問に思ったが、それ以上は聞かず手当てに集中した。しばらくして…。
「はい、終わりました。これで大丈夫です。」
「ありがとう。助かったよ。」
「いえいえ。大したことではありませんよ。でも、早く帰ってくださいね。さっきみたいにまた絡まれるかもしれませんから。」
「そうだね、気をつけるよ。」
「はい。では、私はこれで。」
「待って。僕の名前は圓龍。君の名前は?」
「香坂有栖です。」
「香坂有栖….ありがとう、有栖さん。」
「どういたしまして、圓龍さん。」
お互いに礼を言った後、2人は別れた。これが有栖と圓龍の、最初の出会いだった。そして今、2度目の出会いを果たした。
「こんな形で再会するとは…。」
そう呟くと、圓龍はソッと有栖の髪を撫でる。。未だ麻酔で眠っている彼女から、敵意を感じることはない。最初に会った時もそうだった。彼女は純粋に圓龍の怪我を心配し、優しく手当をした。そこに何かしらの意図を感じることはなかった。
「まさか、貴女が仲間だったなんて…。」
ブラッカーズと正面から戦っても勝てる可能性は低い。勝つためには相手を牽制し、こちらが優位な状況を作る必要がある。そう考えた圓龍はメンバーの誰かを人質にして交渉の切り札にしようとした。その作戦はすぐに実行され、そして成功した。圓龍の仲間はあっという間にブラッカーズのメンバーを攫い、連行した。そこまでは良かった。
しかし、連行してきた人物を見た瞬間、驚きを隠せなかった。何故彼女を連れてきたのか、圓龍は仲間に迫った。すると仲間はこう言った。彼女はブラッカーズのメンバーだ、と。色々と混乱したが、真っ先に思いついたのは…。
「ごめん、有栖さん。こんなことに巻き込んでしまって。」
謝罪の言葉だった。自分の野望に巻き込んでしまったこと。そして、手当てしてくれた恩を仇で返したこと。圓龍は有栖に罪悪感を感じ、静かに謝った。そのまま立ち去ろうと踵を返したその時…。
「あのー。」
「!?」
麻酔が切れ、有栖が目を覚ました。正確には、少し前から切れていたのだが。
「い、いつから?」
「貴方が私の髪を撫でた時には既に…。」
「そ、そうなんだ。」
お互い気恥ずかしくなり、黙って下を俯く。その後すぐに圓龍が沈黙を破った。
「巻き込んでごめん!まさか君がブラッカーズの仲間だとは知らなくて…。」
「いえ、気にしないでください。それよりも、もしかして貴方は…。」
「うん。もう気付いていると思うけど、僕はRAIDのリーダーなんだ。君がいるブラッカーズを攻撃していたのも、僕だ。」
「そう、だったのですね…。」
「…本当にごめん。」
気まずさを感じた圓龍は、謝罪の言葉を言うと下を向いて黙り込んだ。すると有栖は…。
「何か、事情がおありなんですよね。」
と、言った。てっきり失望されると思っていた圓龍は、思わず「えっ?」という声を出した。
「恨まないのかい?」
「私も一応、そういう組織にいますので…。それに、貴方を見ていると悪い人でないことが分かりますから。」
「どうして分かるの?」
「…見えるのです。貴方の色が。」
「色が、見える?」
有栖の言葉に、圓龍は恐怖を感じた。まるで、彼女の瞳に、自分の全てを見透かされる様な感じがしたのだった。
「あっ、すいません!変なことを言ってしまって…。」
「う、ううん。気にしないで。半分は当たっているから。」
「半分?」
「確かに君達を襲っていたのには理由がある。でも、それは事情というより、ある目的のためにやっていたんだ。」
「…よければ話していただけませんか?」
「うん、いいよ。」
自分を攫った相手と自然に話す有栖と、敵対する組織のメンバーに目的を話す圓龍。全く違う場所に立つ2人だったが、不思議と打ち解けていた。この時から、2人は互いに惹かれあっていたのかもしれない。
「実はね…。」
圓龍は有栖の方を見ながら自分の計画、そして目的について話し始めた。
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ネグルの北区「エフタル」は貧しい町だった。かつては様々な工業で栄えていたが、先の戦争による人手と物資の不足により、大不況となった。多くの工場が閉鎖し、人々は路頭に迷い、生活する為に出稼ぎに行くか、もしくは犯罪に手を染めた。強盗、暴力、殺人。生きる為なら何でもやった。圓龍もそうしたなかの1人だった。彼は物心ついた時からストリートチルドレンとして生きていた。その後、『レプタイル』というギャングに入り、力をつけ、遂にはNo.2となり、大きな影響力を持つことになった。彼には、野望があった。エフタルの復興である。そこで彼はリーダーであるオズワルドに、ベドウィン地区への侵出を進言した。ベドウィン地区が持つ豊富な金や物資を手に入れば、必ずエフタルを復興できる、と。オズワルドは承諾し、圓龍は準備をした。彼はまず、組織の強化に尽力した。当時、エフタルにはレプタイル以外に複数のギャングがいた。圓龍はそれらを掌握し、一つにまとめた。更に装備の強化などを行い、戦力を上げた。そして、ベドウィン地区に関する情報収集を行い、作戦を立てた。こうして、ベドウィン地区に侵攻する準備は完了したのである。
しかし、予想外の出来事が起こった。ブラッカーズの登場である。ブラッカーズは、対立するギャング『ナイトメア』を壊滅し、新しい支配者となっていた。少数精鋭のブラッカーズはかなり強く、しかも大迫一家と手を組んだことで他のギャングが手出し出来ないほどになっていた。
それでも圓龍は諦めなかった。オズワルドからリーダーの座を受け継いだ彼は、ブラッカーズによって壊滅させられたギャングの生き残りを仲間にし、更にチーム名をRAIDと改め、ブラッカーズについての情報を収集し、一から準備をし直した。そして、ブラッカーズに奇襲を仕掛け、少しでも戦力を削った。全てはブラッカーズを倒し、ベドウィン地区を手に入れるために。
「初めてベドウィン地区を訪れた時、エフタルとの差に衝撃を覚えたよ。活気ある街、賑やかな人々、どれも今のエフタルにはないものだった。それらを目の当たりにした後、僕の心に悔しさがこみ上げたんだ。なんで自分達は惨めな生活をしているのかな、って。だから僕は、エフタルをかつて栄えていた頃に戻したいんだ。エフタルの住民が、毎日笑って過ごせるように。」
「圓龍さん…。」
「有栖さん。貴女には悪いけど、僕はブラッカーズと戦う。僕の野望の為に、エフタルの為に。そのかわり、君には絶対に危害を加えない。約束する。」
「圓龍さん…。分かりました。ですが、最後に1つ質問を。」
「なんだい?」
「どうして貴女は…。」
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一方、有栖の誘拐を目撃したガストーネとエルモは気づかれない様に尾行し、RAIDのアジトに潜入した。
「見たことある連中ばっかりだな。」
ガストーネがRAIDのメンバーを見て静かに言った。隣にいるエルモも頷く。2人が驚くのも無理はない。メンバーの多くが、かつてブラッカーズに倒された組織の生き残りだったからである。
「見ろエルモ。あの赤髪の男、元『レッドマロー』の燈蓋じゃないか。」
「こっちには『ビビアンズ』のグスタフがいるぞ。」
「おいおい。『ナイトメア』の柳生まで。どうなっているんだ、一体?」
「リーダーの器がデカいことだけは分かった。とにかく、今はここを離れよう。」
「そうだな、流石に全員を相手にするわけにはいかないな。一旦退くぞ。」
そう言うと、ガストーネとエルモは音を立てずに、その場を離れた。途中、巡回中のメンバーと鉢合わせしそうになったが、すぐに倉庫の1室に隠れて難を凌いだ。
「これからどうする、ガスト?」
「まずは奴らを分散させよう。何か騒ぎを起こして注意をそらせれば良いのだが…。」
「陽動か。ならこれの出番だ。」
そう言うと、エルモは懐からお手製の爆弾を取り出した。リモコンで爆発させるタイプである。
「いつの間にそんな物を?」
「万が一の時に用意していた。威力はそれほどないけど、騒ぎを起こすには充分だ。」
「よし。ではそれを各所に仕掛け、終わったら再びここで落ち合おう。」
「了解。」
ガストはエルモから爆弾を受け取ると、懐にしまった。
「見つかるなよ、エルモ。」
「おまえもな、ガスト。」
2人はすぐに別れ、ガストは東、エルモは西に向かった。陽動作戦の始まりである。
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マルコ達が作戦を実行しようとしていた頃、ルークの命令を受けたアルドは、1人ある場所に向かっていた。
「ここだな。RAIDのアジトは。」
アルドがたどり着いたのは、人が住んでいない古びた屋敷だった。古いといってもブラッカーズのアジトである『蝙蝠の巣』よりは新しく、人が居なくなってからそれほど月日は経っていないようだった。アルドは見張りがいる可能性も考え、建物の裏にまわり、壁をよじ登って侵入した。そこから姿勢を低くし、警戒しながら屋敷に入った。屋敷の中に人はおらず、静けさが漂っている。アルドは部屋を見渡し、ある物を探していた。
「おっ、あったあった。」
やがて目的の物を見つけたアルド。それは一見、何の変哲も無い本棚であった。が、下を見ると擦った跡があり、動かされたことが分かる。アルドは本棚を左に動かし、接していた部分の壁とそれ以外の所を叩いた。すると、隠れていた部分だけ、音が他の部分と違っていた。
「よし、この辺りだな。」
そう確信したアルドは、一緒に持ってきた鞄から、四角い物体を取り出した。それは自作の爆弾だった。アルドは爆弾を壁に設置し、充分に離れるとスイッチを押して爆破した。少量の火薬しか入れていなかったため、爆発の威力は大きくなく、音も小さかった。アルドは爆破した壁に近寄った。壁は爆破によって穴が開いた。そして、穴の中には物が隠されていた。
「マジか。噂は本当だったのか…」
アルドが見つけた物。これが、後にエフタルの未来を大きく変えることになるのであった。




