表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/30

バルクス病院④

ブラックマンバ


世界で2番目に大きな毒蛇。全長は2〜3m。

瞬発力に優れ、噛まれるとほぼ確実に毒を注入される。

毒は神経毒。即効性で注入量が多く、治療しなければほぼ確実に死ぬ。

気性は激しく、専門家によっては世界最強の毒蛇とすることもある。


「遅いなぁ…。」


シルヴァーノは車の中で待っていた。予定では有栖が白蘭を連れてきて一緒に逃げることになっている。しかし、未だ彼女は現れない。


「何かあったのだろうか…。」


段々と不安になってきたシルヴァーノは、ひとまずルークに連絡しようと無線機を持った。

その時。


ドーン!


「何だ?!」


突然、ルークがいる方向から大きな爆発音がした。それと同時に黒煙が上がり、夜空に向かっていった。


「…。」


呆然と立ちつくすシルヴァーノ。しかしすぐに我に返り、急いでルークの元へ向かった。


「こうしちゃいられん!」


一体何が起きたのか?それは、少し前に遡る。

ルーク、有栖、そして白蘭の3人は危機的状況にあった。彼等が気づいた時には既に囲まれ、逃げ道を塞がれていた。


(俺すらも気配を感じ取れなかったとは、一体何者だ?)


ルークは疑問に思いながらも冷静に、対象を観察した。闇に隠れてよく見えなかったが、シルエットからして()()()()()()()()ことは分かった。やがて月が顔を出し、辺りを照らし始める。それと同時に、対象の姿を確認した。ルークは納得した。()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なるほど、臓器売買は副業の一環か。本業は、コレだったのか。」


「な、何ですか、これ?胸の中心に…!」


白蘭はその異様さに目を見開いた。それは手があり、足もあり、耳と目は左右にあり、口や鼻もある。肌は雪の様に白いが、それほど違和感はない。ただ1つだけ、違うところがあった。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。


継ぎ接ぎだらけの人形(パッチワークドール)か…。」


「パッチワーク…ドール?」


()()()()()()だ、簡単に言うとな。とりあえず説明は後だ。今はこの状況を何とかしないとな。」


ルークはそう言うと、背中に背負っていた(なた)を引き抜き、構えた。継ぎ接ぎだらけの人形(パッチワークドール)と呼ばれた彼等も、ルークに対して構えた。


(さてと。気配を感じ取れない以上、全てに警戒しなければならない。不可能ではないが、精度が落ちる。気を引き締めてかからないとな。)


ルークは相手の気配を感じ取ることで相手の能力や行動を予測し、事前に対応することが出来る。しかし今回の敵は気配を感じ取れないため、全ての敵に対して神経を使わなければならない。だがそれは体力を消耗し、本来の精度を失うことになる。敵を倒す前に自分が倒される可能性もある。ルークは今までにない危機的状況に陥ろうとしていた。

が、すぐにそれは杞憂に終わるのだった。


「ルークさん、後ろです!」


「!?」


突然、ルークの右にいた有栖が小声だがはっきりとした口調で言った。ルークは振り向くと同時に鉈を水平にして斬った。


ザシュ!


「……!」


ルークの顔に血が飛び散る。振り下ろした鉈は敵の腹部を切り裂き、致命傷まではいかなかったが、相手に警戒を与え、牽制させることに成功した。事実、他の敵は一体斬られたことに動揺し、攻撃を躊躇(ためら)った。しかし、まだ負けを認めたわけではないようだ。


「……!」


ルークの斜め左、ちょうど死角にいた敵が迫った。ルークは気づいていない。しかし…。


「今度は左です!」


再び有栖が指示を出し、ルークはそれに従って鉈を振った。またも攻撃は命中し、敵を退くことに成功した。


「…。」


しかしルークは険しい表情で正面を見ていた。彼は気づいていた。人形達の向こうにいる、()()()()()()()


「…お前は誰だ?」


「よく気づいたなぁ。」


継ぎ接ぎだらけの人形(パッチワークドール)の向こうに、白衣姿の男が立っていた。不敵な笑みを浮かべる彼こそが、バルクス病院の院長であり、この人形達を作った人物、『ナダル』である。


「お前がナダルか?」


「そうだ。俺が天才かつ最高の医師、ナダルだ!よろしくな、ルークさん!」


「…何故俺の名前を知っている?」.


「愚問だな。俺の稼業がどういうものか、俺自身がよく分かっている。だからこそ、外には常に目を光らせている。匂いを嗅ぎつけたネズミほど、厄介なものはないからなぁ!」


「ネズミ?俺達が?」


「そうさ!お前らはネズミだ!それも実験体のな!天才の俺が作ったこの人形!見ろ!この美しさを!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だがまだ完成していない。データが必要だ。それも、戦闘データがな。()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。強い奴と戦わせる必要があった。そこに現れたのが白刃だった!」


「えっ、お兄様が?」


兄の名前が出たことに驚く白蘭。するとナダルはニヤリと笑った。


「そうだ。君のお兄さんは優秀なヒットマンだ。彼なら、私の人形達とも渡り合える。だから私は部下に命令して彼を捕まえようとした。結局は逃げられたがな。そのかわり、こんな大物を釣ってくれた。まさかブラッカーズを連れてくるとは思わなかった。感謝するよ。素晴らしいデータが取れるぜ!」


ナダルはそう言うと、ポケットから青い宝石を取り出し、口に近づけると命令した。


「解除しろ!」


すると、人形達の腕が突然震えだし、形を変え、白い剣になった。


「腕が、剣に…!」


「人体の一部を変形させたのか。()()()()()()()()()()()()()。」


驚く白蘭に対して、ルークは冷静に相手をみている。そして有栖は…。


「…。」


青ざめた表情をして体を震わせていた。有栖は人形から、何かを感じ取っていた。とてつもなく広く、深く、そして黒い負の何かを。

それは怒りや悲しみなどが入り混じった、()()()()()であった。有栖は、自分でも気づかないうちに他人の感情を読み取ることが出来ていたのだ。初めてルーク達と会った時も、浴場で敵の襲撃に遭った時も、彼女は相手の感情を読み取っていた。今回はその感情を読み取ることで敵の位置を把握し、ルークに伝えたのである。そして、有栖がこの能力を得た原因は…。


(有栖の奴、もしかして…。)


ルークは気づいた。有栖には、潜在的な能力があることを。


「…有栖、指示を頼む。」


「えっ?あっ、はい!」


落ち着いた口調でルークは有栖に言った。ルークの言葉に正気を取り戻した有栖は、相手の位置や数などを瞬時に把握し、ルークに伝えた。


「前に2人。左に3人。右に2人。後ろに2人です。」


「全部で9人か。うち攻撃を与えたのは2人。残りは7人か。」


ルークが冷静に言うと、ナダルが鼻で笑った。


「ふん!さっきのが攻撃だと?あんなのはかすり傷だ!コイツらの戦闘に何の支障もない!お前らが勝てる可能性は、0なんだよ!」


声を荒げ、ルーク達を威嚇するナダル。しかし、ルークは…。


「…。」


全く動じず、ナダルをジッと見ていた。その姿勢に、ナダルの方が動揺し、焦りを見せた。彼は、ルークから得体の知れない恐怖を感じていた。


(何だコイツ?何故こうも冷静でいられる?!)


人は危機的状況に直面すると思いがけない行動や判断をする。それが()()()()可能性は限りなく低い。この様な状況を打破するためには、冷静さを失わず、的確な判断と行動が必要になる。


(コッチの方が数は多いんだ!一気に攻撃すれば、絶対に勝てる!そして、()()()()()()()()…!)


もしナダルに冷静さがあり、相手をよく観察し、そして欲を一時的に忘れていれば、少しは違う行動をとり、違う結果になっていたかもしれない。しかし、この時のナダルにそれはなかった。


「どうした?恐怖で声も出ないか!?そうだろうな!これからお前は、無惨に死ぬのだからなぁ!攻撃しろ!」


ナダル再び青い宝石に向かって命令する。すると、7()()()()()()は一斉に動き出し、ルークに向かって走った!


「有栖。俺が合図を出したら、白蘭と一緒にしゃがめ、いいな?!」


「は、はい!」


ルークは早口で有栖に命令した。人形達は更に近づいてくる。そして、剣に変形させた両手を構え、ルークに向かって一気に振り下ろした!


「今だ!」


ルークの命令に有栖と白蘭はしゃがんだ。同時に、ルークは懐から何かを取り出すとそれを上に投げた。


その瞬間。


ドーン!


大きな爆発音が起こり、空間が揺れた。その後、黒煙が上から舞い降りて、ルーク達の周りを包み込んだ。


「クソ!何が起こったんだ!?」


突然のことに驚き、困惑するナダル。ナダル、そして遠くでシルヴァーノが見た爆発は、ルークが投げた火薬玉の爆発だったのである。


「自滅したのか、アイツ?」


突然のことに何も出来ないでいるナダルは、ただ煙が薄らぐのを待つしかなかった。やがて煙は晴れ、徐々に周りが見える様になった。そして、ナダルは驚愕した。


「なっ、何だと!?」


目の前には、力なく倒れる7人の人形がいた。更にナダルの隣には、最初に攻撃を受けた2人の人形が、同じ様に倒れていた。


「一体、何があったと…?」


「間違いを犯したんだよ、お前は。」


背後から聞こえた声にナダルは驚き、振り返る。そこにいたのは、爆発に巻き込まれたはずの白蘭、有栖、そしてルークだった。


「な、なんで…?」


「お前は俺達をネズミと言ったよな?俺達はネズミじゃない。ネズミを喰らう、『蛇』だよ。」


「何を言って…?!」


その時、ナダルの体に異変が起きた。突然体が動かなくなり、感覚が麻痺し、そして呼吸困難になっていった。


「な……何だ…これは…?く、くる…しい…。貴様…一体…何を……。」


「世の中には、()()()()()()()()()()()が存在する。名前の由来となる動物の力が武器に宿り、その力を使って対象を倒す。様々な派閥が存在するが、中でも『蛇派』と呼ばれる蛇の名前を持つ武器は危険だ。ほとんどの名前が、()()()()()、つまり毒を持っているからな。

俺の大鉈もそうだ。コイツの名前は『黒大蛇(ブラックマンバ)』。その瞬発力は毒蛇の中で世界一だ。噛まれたら確実に毒がまわる。お前は気づいていないだろうが、俺はさっきの爆発と同時に人形達へ攻撃し、そしてお前の背後に回り、コイツ(ブラックマンバ)で斬った。斬ったと言ってもほぼダメージはない。だが確実に毒を注入した。ブラックマンバは一度に入れる毒の量が多く、しかも即効性だ。致死率はほぼ100%。お前はもう、終わりだよ。」


「ま、まて…!た、頼む…たすけ…!」


「残念だがそれは無理だ。血清は持ってないし、そもそも俺はお前を助けたくない。お前を助けたところで、何の意味もないからな。」


バッサリと断られたナダルは、最後に泣きながら今までの悪行を告白した。


自分がネグルを支配する為に兵隊として継ぎ接ぎだらけの人形(パッチワークドール)を作ったこと。


その資金源の為に裏社会と関わり、臓器売買をしていたこと。


患者を治療と称して実験体にしていたこと。


そして、白刃を実験体に選んだのは白蘭を手に入れる為だったこと。ナダルは白蘭に惚れており、何としてでも手に入れたかった。だから白刃を罠に嵌め、抹殺しようと考えていた。


全てを洗いざらい話したナダルに対し、ルークは無言で冷たい視線を送った。そして有栖と白蘭の方に振り返り、2人に聞いた。


「どうする、助けたいか?俺は嫌だけど。」


ルークが2人に聞いたのは確認を取る為だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()


「私も嫌です。」


「私も。助けたくありません。」


2人の了承を得たルークは、再びナダルの方を見た。そして…。


「そういうわけだ。じゃあな。」


冷たく言い放つと有栖達を連れてナダルから離れていった。背後からナダルの叫びが聞こえたが、3人は意にも介さず、人形達の方へと近づいた。力無く倒れた人形達を見て、白蘭が悲しみの表情を浮かべてルークに尋ねた。


「この人達は誰だったのですか?」


「元は普通の人間だ。それを治療と称して何度も手術を繰り返し、患者も気づかぬうちに意志の無い人形へと変えられた。縫合されたたくさんの手術痕が継ぎ接ぎに見えることから、継ぎ接ぎだらけの人形(パッチワークドール)と呼ばれるようになった。今は禁忌の技術となっているが、まぁ、裏社会ではそんな決まり、関係ないよな。」


「…。」


「何を感じる、有栖?」


「…さっきまでは悲しみと怒りが混ざっていました。でも今は、安らぎと感謝が伝わってきます。」


そう言った有栖の目から、涙が溢れていた。苦しみから解放された犠牲者達。しかし彼等の気持ちを見た有栖には、やるせない感情が覆っていた。それを察したルークが、優しく有栖の肩を叩き、言った。


「野晒しにするのは可哀想だ。埋葬し、祈ろう。」


「「はい。」」


ルークの提案で、9人の人形が1人1人丁寧に埋葬された。その後、3人はシルヴァーノがいる方へと去っていった。後に残ったのは、体をのけぞらせながら倒れ、呼吸困難に陥り、苦悶の表情を浮かべながら絶命したナダルの亡骸だけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ