バルクス病院⑤
タイガースネーク
コブラ科タイガースネーク属。
全長約1〜2m。オーストラリアに生息。
毒は神経毒と出血毒の両方を持ち、噛まれた場合の致死率は40〜60%と極めて高い。毒蛇の多いオーストラリアの中で最も危険な毒蛇と言われている。
ルーク達がナダルとの戦いに勝利したちょうどその頃、病院内でももう一つの戦いが終わろうとしていた。
ギャオオオオオー!
「全く、タフな奴だぜ。」
ロイスもまた、継ぎ接ぎだらけの人形と戦っていた。しかしロイスの相手は、身長が2.5mもある大柄な体型をしていた。その巨体から繰り出される殴り技は、例え武器を装備していなくても脅威となり、通路の壁や床はボロボロになっていた。
ロイスは相手の攻撃をかわしながら隙を窺う。敵の自我は既に失われているが、それでも的確に計算された攻撃をしてくる。一見がむしゃらに腕を振っている様に見えるが、僅かに振るタイミングや速度を変え、ロイスを撹乱させる。しかしロイスも相手の攻撃パターンを見抜き、その隙を狙って攻撃する。
ザシュ!
敵の巨体に傷が入った。ロイスの武器は刃がくの字に曲がったナイフ、ククリナイフの二刀流である。その切れ味は凄まじく、常人であれば一斬りでかなりの重傷を負う。しかし相手は改造され、強化された人間。大したダメージにはならなかった。ロイスもそれは承知していた。
(いくら与え続けても敵にとっては痒い程度のものだ。だがその時が来るまでこの状態を維持しなければならない。骨が折れるぜ。)
ロイスは相手の攻撃をかわしながら繰り返し攻撃を与えた。一発でも当たってしまえば戦闘不能となってしまう。ロイスは必死にかわし、ナイフで斬る。たとえ浅くても斬る。斬り続ける。しかし…。
ぶん!
「やべっ!」
敵が攻撃のタイミングを僅かにずらし、外したと見せかけて手の甲で薙ぎ払った。まともにくらったロイスは背中から壁に叩きつけられ、そのまま前に倒れてしまった。
「うぐっ…!お、おのれ…!」
叩きつけられた衝撃と痛みで体は麻痺し、動けなくなった。敵はその巨体を揺らしながらゆっくりと向かってくる。最早これまで、とロイスは思った。が、ついにその時が来た。
ギャグァアアアアアアー!
突然、敵が呻き声を上げ、体制を崩した。呼吸困難になり、体が震える。ロイスのつけた傷からは血が流れ、一部は壊死が起こっている。
「はぁ、はぁ、はぁ……なんとか…間に合ったか…。」
ロイスはよろめきながらもなんとか立ち上がり、敵に近づいた。敵は暫くのたうち回った後、力無く手を落とし、息絶えた。
「おい、ルーク!大丈夫か!?」
ちょうどその時、アルド達が院長室から出てきた。仲間がやってきたことでロイスはほっとし、駆け寄った。
「よぅ、お前ら。探し物は見つかったか?」
「いや、証拠は見つけたが、肝心のナダルはいなかった。どうやら逃げた様だ。」
「そうか、まぁいいさ。どちらにせよ、奴は終わりだ。」
「そうだな。それよりお前、大丈夫か?」
ルークの状態にアルドは心配した。服は破れ、身体中は傷だらけ。口からは血が流れていた。
「俺は大丈夫だ。この通り、問題ない。」
「診せてみろ。」
強がるロイスを無視してクリスが触診を始めた。すると、殴られた腹部に触れた時、ロイスの体に痛みが走った。
「痛っ!」
「肋骨が折れているな。それに酷い痣だ。普通なら確実に死んでいる。よく生きてたな。」
「鍛え方が違うからな。」
「暫くは安静にしないとな。とりあえず、応急処置をしておこう。よかったな、病院で怪我して。」
(よかったのか?)
クリスの言葉にアルドは首を傾げる。すると、アルドの横から白刃が現れ、倒した敵に近づいた。そしてしゃがみ、敵の巨体をじっくりと観察すると、口を開いた。
「…毒か。」
「よく分かったな。」
「…まぁな。俺も同じだからな。」
「なるほど。」
ロイスは手当てされながら納得の表情を浮かべる。
ロイスのククリナイフ、彼の武器もまた、蛇派の剣である。名前は虎蛇。非常に強力な毒を持っており、ルークの黒大蛇に劣らない強さを持っている。
「…よく倒せたな。」
「ああ、何とかな。ギリギリの戦いだったよ。」
「何なんだ、これは?」
「継ぎ接ぎだらけの人形だ。まさかこんなのを作っていたとは。医師として腹ただしいことだ。」
アルドの質問にクリスが答え、そして説明した。アルドは驚きつつも納得する表情を浮かべる。
「なるほど。書類に書かれていたのはこれのことか。」
「書類?何のことだ?」
今度はクリスがアルドに質問した。
「さっき入った部屋で見つけたんだ。薬品の注文書と古い文字で書かれた『ドール』という物の作成法だった。それのことだったんだな。」
「なるほど。恐らくナダルはどこかでそのレシピを入手したのだろうな。そして自身が経営する病院で秘密裏に準備し、患者達を手術と称して改造した。意志を奪い、意のままに操れる人形に。本当、同じ医師として腹ただしいよ。」
「…それだけじゃない。」
「ん?」
「…奴の罪は、それだけじゃない。」
白刃が突然口を開いた。その言葉には、殺意と怒りがこもっていた。
「…さっき部屋で、ナダルの日記を見つけた。」
「日記を?」
「ああ…。読んだ時、怒りでどうにかなりそうだった。」
「何が書かれていたんだ?」
クリスが尋ねた瞬間、白刃がクリス達の方を振り向き、声を荒げて言った。
「あのクソ医者!白蘭を密かに狙ってやがった!それで俺を抹殺しようとしてたんだ!計画は失敗したが、あの野郎!ぶっ殺してやる!」
普段は途切れ途切れに話す白刃が、これほど感情を露わにし、早口で喋ったことにクリス達は驚いた。白刃はすぐに我に返り、いつもの口調に戻った。
「…すまん、取り乱した。」
「いや、気にするな。俺だってお前の立場ならそうなる。ナダルが見つかったら、その怒りをぶつけたらいい。」
「…ありがとう。」
アルドが白刃を宥め、落ち着かせた。すると、ロイスが…。
「どうやら、ナダルはあそこにいるみたいだな。」
「「「え?」」」
3人の問いかけに、ロイスが窓の方を指差した。見ると、空に向かって黒煙が上がっていた。ルークが起こした、爆発の黒煙である。
「さっきルークから連絡があった。ターゲットを始末した、とな。今はあの黒煙の根本にいるらしい。皆んな待っているそうだ。」
「妹は?妹は無事なのか!?」
取り乱した様子で、白刃がロイスに詰め寄る。ロイスは白刃を宥め、諭す様に言った。
「大丈夫だ。有栖と一緒にいる。彼女が無事に助け出してくれた。」
「そうか、良かった…。」
白刃はほっとし、再び落ち着きを取り戻した。その後、ロイス、アルド、クリス、そして白刃の4人は、ルーク達のいる所へ向かった。
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しばらくして、ロイス達はルークと合流した。ルークの後ろには有栖と白蘭が手を繋いで待っていた。
「白蘭!」
「お兄様!」
白刃は白蘭を見つけると駆け寄り、抱きしめた。その顔には、安堵の表情が見られた。
「無事か?!何かされたか?」
「大丈夫です。何もされていません。」
「そうか、よかった…。」
ほっと息をつく白刃。そしてルークの方を向き、深々と頭を下げた。
「妹を助けてくれてありがとう。何とお礼を言ったら…。」
「礼なら有栖に言ってくれ。彼女が命をかけて助け出したんだ。」
「そうか….。有栖さん、妹を連れ出してくれてありがとう。1人で敵地に潜入するのは不安だったろう?だが君は勇気を持って…あの…有栖さん。その格好は….?」
白刃は有栖の格好、ナース姿に少しギョッとした。有栖は白刃の反応に困惑した。
「えっと、似合いません…よね。」
「いや、似合わなくはないが…ただ…その…ちょっと…エロい。」
「…へ?」
「いや、その…意外とスタイルいいんだなぁと思って…。」
「え、えっと…。」
「何お前は有栖をそんな目で見ているんだ!馬鹿!」
「いや、別にそういう訳では…。」
「見てなけりゃエロいなんていう言葉が出るわけないだろ!この変態野郎!」
「変態は言い過ぎだろ!」
「やかましい!大体妹の前でそんなこと言うなよ!少しは周りを考えろ!」
唐突に始まった白刃とロイス、アルド、クリスの喧嘩に、ルーク、有栖、白蘭の3人は唖然とした表情で固まった。ちょうどその時、シルヴァーノがようやく到着した。
「おいルーク!さっき爆発が起きて…何だこれ。」
「よお、シルヴァーノ。全て無事に終わったぜ。」
「そ、そうか。で、これはいったいどういう状況で…?」
「…全て終わり、気が抜けて戯れあっているのさ。落ち着くまで、しばらく待ってくれ。」
「お、おう…。」
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落ち着きを取り戻したところで、改めてルークが白刃に尋ねた。
「お前、これからどうするんだ?また妹と2人で生きるのか?」
「…そうするしかない。まぁ、何とかなるさ…。」
「お前が良ければだが、俺達の仲間にならないか?妹も一緒に。」
「…え?」
「妹の病気はうちのクリスが診る。アイツは腕の良い医者だ。お前は俺達と一緒にブラッカーズの一員として働く。報酬も出す。どうだ?悪い話ではないだろ?」
「…いいのか?俺みたいに素性の分からない奴を仲間に入れて?」
「素性なら後で調べればいい。それにうちはいつも人手不足だ。こちらとしては、2人が入ってくれると助かる。うちは物より金、金より人を信条としているからな。まぁ、お前の好きな様にしてくれたらいい。」
ルークの言葉に白刃は考えた。だが、妹の顔を見た瞬間、白刃にある思いが浮かんだ。
(仲間になれば、少しは楽になれるのかな…。)
白刃はこれまで妹の為に寝る間も惜しんで働いてきた。しかしそれは彼の体と精神を限界まで削ることになった。そんな状態を、見舞いの度に妹に見せるのは非常に酷だった。だがここで仲間になれば全て1人で行う必要はない。何よりも、白刃が彼等と一緒にいて楽しかった。白刃の心はもう決まっていた。
「…分かった。仲間になろう。妹を助けてくれた恩もある。よろしく頼む。」
「こちらこそ、よろしくな。」
白刃とルークは固い握手を交わした。隣にいた白蘭が、嬉しそうに微笑んだ。
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こうして、事件は幕を閉じた。事件に関わっていたスタッフは一斉に逮捕され、院長共々新しくなり、バルクス病院は本来の病院としての存在を取り戻した。
ブラッカーズはこの一件により力をつけ、ベドウィン地区の実質的支配者となった。
しかし、それを快く思わない者も、またいるのだった。




