ちょっと、よろしくなかったらしい。
「まずいことになったね。」
そう呟いた国王の顔に表情は見えない。
自室の中、ふかふかな椅子に座ってここ数日の聖女たちの報告書を眺めている。
聖女がこの国に来てたった数日、年若き聖女様はその数日で騎士達の信頼を得始め、その能力もまた伸びている。
聖女様は異世界の知識を出すことに何も感じていないようで、石鹸、新たな調味料を提案しこの国に潤いをもたらすことも分かっている。
そして数か月も経てば聖女として瘴気を浄化する旅へ赴くことができるだろうと考えていた。
つまり、そっちの聖女様には問題がない。むしろ利益をもたらしている分、上々だ。
問題なのは、もう一人の方だ。名ばかりと言ってもいいあの聖女。この数日で我が国の誇りともされる騎士の扱いは、とてもじゃないが褒められたものではない。
異世界からやって来たから価値観が多少違うものだと納得はすれど、国を守らんとする人間に侍女まがいのことをやらせ、
双子なのをいいことに、時折姉の侍女に騎士の格好をさせてこの国の誇りを穢している。
それだけで王へ報告に来るもの全ての近衛騎士達の恨みを買っている。
それでも大人しくしているのなら、それも構わなかった。あの屋敷に送ったもの達はそのすべてが能力に問題はないが、その扱いにくさからどうにもできずに持て余していた連中ばかりなのだから。
その忠誠心が強すぎるがために周りが見えなくなり、身分関係なく殺そうとした者、能力は問題ないがまるで人形の様な魔力のない半端者と、弟に固執しすぎた姉。
植物を愛するあまりに勝手に花を摘んだだけで家主の手を切り落としたりと問題を起こすが、この国の温室を管理し育て上げ続けている子供。
彼等を刺激でもして殺されるなり、心を病むなりしていればという心積もりで送ったのだ。まさかあれらを懐柔できるとは思ってもいまい。
なんせ、警戒心だけは人一倍強い連中でもあるのだから。
その日に勝手に書物を読み、魔法に興味を持ち始めて魔導士を呼び寄せた。しかも半端者の化け物をだ。
彼女が自ら呼んだわけではないことは解り切っているのだが、彼女の持つ引力か何かに引き寄せられでもしたか。
そして人の前に姿を現さなくなった精霊を呼び、手懐けた?
この数日で一体どう過ごせばそれほどの問題をよびこめるのか不思議でならない。
彼女に対し、これ以上の問題を起こさせないために騎士を隔離しろと命令を出せば、勝手に試しの部屋へ送る。
そのせいでリュカとの交流もうまくいかずにまるで居なかったように部屋を飛び出したと聞く。
そして名ばかりの聖女様は、童話と同じ、銀色の髪に金色の瞳を持つ神の見た目と同じになったと聞く。
これでは何のために力だけある御しやすい女を呼んだと言うのかわからない。
瘴気を浄化できる、それだけの力があればよかった。神の力など大層なものは要らない。
そんなもの、神の怒りに触れればどうなるか解ったものではない。
何のために先代の王が、神を宿さず瘴気を浄化しきれるだけの力を持つ者を呼べるよう陣を神に変えさせたというのか。
こうなれば、本当の意味で監視が必要になる。
彼はずっと聖女様に付かせて置きたかったんだが、こうなっては仕方がない。
リュカもダメだ。あれは聖女に入れ込んでいる。駆け引きも碌にできない真っ直ぐすぎる男だ。あの女に対してもすぐに嫌な顔を隠すなんてことはしないだろう。
ユーゴは聖女様が苦手であることは分かっているが、彼女の話を聞き、それを国の利としている。
人を使うのもうまい。離れさせるには少々惜しいが、一度あの女についてどこか利用価値がないかどうかを判断させねばなるまい。
コンコン。
二度、心地負いノック音が扉越しに聞こえる。
「入れ。」
中に入ってきたのは、ユーゴ。厳しい表情のまま扉を閉め、王からの言葉を待つ。
「・・・・・離れに追いやったのは、間違いだっただろうか。」
その言葉にユーゴはひくりと眉を動かした。
「聖女様が2人いる以上、同様に扱っても恐らくどちらか不満を持ったかと。本来必要としている方だけでも、この国が素晴らしいと思っているのです。ただ神を宿しただけで、世界を救えるわけでもない者にそこまで入れ込む必要もないかと思いますが。」
「まあ、そうなんだろうがね。だが、ここ数日での動きを見ると、彼女が引き寄せる者、従える者が能力的には強すぎるのだよ。
彼女はこの国に不満を持っている。何もせずにいれば、アレ達は私たちに牙を向くとも限らない。
・・・・とりあえずリュカではなく君が彼女についてくれ。そして懐柔されるとは思えないが、魔法帝を教師につけようと思っている。」
「それでは本当に過剰戦力になってしまいませんか?魅了なり洗脳なりの力を有している可能性だってあります。本当にそれでよろしいので?」
焦りからか早口になるユーゴに対し、にこやかに笑って見つめ返す。
「確かに、彼はずば抜けた能力を持っていたからこそ、その力を認められ、その人望から魔法帝へと昇格した。
だがね、彼は欲がない。出世欲と言えばいいかな、それらがまるでない。彼が自分の手にした力がどれ程素晴らしいかを自覚していない。彼の率いる魔法騎士団は、我が国最強だ。
なんせ、_________________。」
ユーゴはその言葉を聞いて体の熱が一気に亡くなったような錯覚を覚えた。
怯えた瞳に自分が写っていた。
別に怖がらせたかったわけではないのだが、本音を言い合うのはまだ早かったようだ。
いつか自分も同じように言われるのではないかとその顔が、瞳が訴えていた。
「なに、それほど心配する必要はないんだ。自分の息子を国の為とは言え、そうそう切り捨てたりはしないさ。
その様なやわな育て方をしていない。君には王を支え続けられるよう、誰よりも愛情をかけていたからね。」
クスクスと笑いながらユーゴの元へ行き、10年以上も前には自分に褒められんとして見上げて居た小さな姿を思い出しながら自分と同じ背丈の息子の頭に手を乗せる。
一瞬驚いた様に目を見開いたが、そんな年でもないと言いたげに不快そうに眉をしかめた。
聖女様が考え付いた商品を売り出すためにいろいろと画策しているのだろう。
少し充血した目と白い顔、目の下の黒いクマが目立っていた。
「・・・お戯れが過ぎます。」
昔はそう言いながら、緩みそうになる口元を必死に結んで大変かわいらしかったのだが、今はどこかの雪国を連想させるほどの冷たい目でこちらを見た。
「クスクスクス、君は本当に可愛いな。その素直なじゃないあたりが母によく似たのかな?」
「・・・かも、しれませんね。」
親子としての会話だからだろうか、ユーゴの声は低い。
その理由もわかっているのだが、どうにも蟠りはなくならないようだ。
だがどうしたものか。息子が苦難にぶち当たるたび、その表情が曇るたび、嬉しくなるのは。
それを乗り越えたとき、どれ程の勇ましさを身に着けてくれるのか。
親としての期待から笑みも深まる。
その笑みがどういったものかを察してユーゴはとてもいやそうな顔をする。
「では、これから彼女の監視、及び牽制を頼むよ。下手な行動はしないでくれ。私も神に嫌われたくはないのでね。ユーゴも、気を付けるんだよ。目の下、余りねていないのだろう?私には丸わかりさ。」
もう一度乱暴に髪を撫で、そのせいで乱れて前髪が降りた、ほんの少し幼くなったその顔を満足そうに眺めた。
ユーゴは深いため息をついて髪型をいつもの可愛げないものに戻すと部屋を出る。
「父上、いい加減酒を控えねばそろそろ死にますよ。まだリュカが王になれるほどの成長をしていないのだから、中途半端に死ぬのだけは勘弁願います。」
素直じゃない息子からの言葉。
リュカは何でも思ったことは口に出すが、ユーゴは遠回しだったり嫌味だったりそんな感じの素直じゃないから可愛さがある。
はあ、私のこの息子愛がどうにも伝わらないのが難点だな。
私はこんなにも息子を愛してやまないのに。
最初は聖女の問題の話なのにユーゴの話で〆てしまうくらいには愛しているのだがな。
勿論リュカだって愛しているよ。二人の愛は語りだしたら止まらない。
あふれ出しても止まらない。
この愛を持って三人目にチャレンジするのもいいだろうか。
待っていてくれ、来年の今頃には可愛い我が息子、娘が生まれているさ。
その時はまた可愛がってくれユーゴ。
そして初めての弟、妹だから、たんと可愛がってやるのだよリュカ。
椅子から立ち上がり、愛する子供を作るために部屋に向かう。




