ジュードが危険らしい②
すれ違う人たちが何度も私の前に立ちふさがる。お戻りください、聖女様。
けれど、私の姿を見るや否やその言葉が途中で止まる。
マッテオが私の様子を見ながら私の進む方向を察して先に進んでくれている。
はあはあと朝食時息を荒げていたのに、今は息をひそめる様にその息を乱すことなく進んでいく。
道を歩き進んで辿り着いた大きな大きな扉の前。自分の3倍くらいは高く、普通の扉の4倍ほどある両扉の前にたどり着いた。
まだ扉は開いていないはずなのに、その扉からどんよりとした雰囲気が漂っている。マッテオや精霊たちは皆息苦しそう。
「この扉を開けます。苦しくない程度に離れて。」
普通の女の子には到底開けられない目の前の大きくて重そうな扉に手を掛ける。ずっしりとその重みが手に伝わり、手が白くなるほど力を籠めると、ゆっくりと扉が開く。
その瞬間に黒い何かがその部屋より漏れ出した。
「ま、まずいわよ!!この瘴気量、通常の人間でも狂うわ!!」
ルナがそう叫んで黒い球体でマッテオたちと私を包む。
胸が締め付けられそうな息苦しさと不快感が消える。
前が見えない程に真っ暗で何も見えない。
一歩、また一歩と歩いて行くと、椅子にぐったり座っているジュードがいた。
表情もなく、白い顔をしていたいつもの顔よりも今見る顔の方がずっとずっと青白い。
顔に手を当てると、ひんやりと冷たい。まるで人形のよう。
「じ、じゅー、ど。」
私の声は震えているだろうか、ちゃんと声になっただろうか。
一番近くに居てくれた人間が、今まさに死のうとしている。
今頭の中にあるのは、助けてほしい、助けてほしい。ただそれだけ。
(もうわがまま言わないよ。みんながいるなら幸せじゃない。私が欲をかいたからいけないのはわかっているの。
もういいよ。ずっとずっと閉じ込められたままでいい。誰も来なくたっていいし、でるなって言われれば出ないから・・・・。
お願いします。助けてください。もし、私に神を下せるほどの力があるのなら。この体ごと差し上げるから。
この子だけでも、助けてください。)
今まで信じたことなかった神に祈った。この世界には神がいるって、そう言っていたから。
人が死にそうになる時に神に祈ることなんて、ないと思っていたし、私は神になんて祈らずに事象の様に認識するだけ。
神は何もしない。見守る事しかしない。見ている事しかしない。
神なんて、神様なんて。
そう諦めにも近い気持ちで地球では生きてきた。
私は初めて祈った。いないと信じていた神に。できれば、同性がいいな、なんて考えながら祈った。
外がざわざわと騒がしくなっているけれど、祈り続けた。
(カオリ、さま)
ぼやけた音、けれど、それは確かにジュードの声だ。
(神はいた、いたんだ!!)
そこから先、私は何も覚えていない。
頭が真っ白になっていたから。
『なんだ、この薄暗い小屋は。地上はこれほどまでに腐りきっていたのか。うむ。なんと汚らわしいものだ。』
瘴気溢れる暗い闇の中、神々しい香りの声がした。
『そうか、この人間・・・。返ったのか。』
重力に逆らい、カオリのキラキラと輝く銀色の髪がなびく。
次の瞬間、どこかで何かが割れる音と共に部屋から勢いよく瘴気が消え去った。
瘴気がなくなったその部屋には、カオリにお姫様抱っこされたジュードがぐったりとしている。
『のう、人間。あの聖域にいる人間ども含め、貴様らはこの器に尽くす者か?』
カツカツと、マッテオたちの元へジュードを抱えたまま歩いていく。
ルナは自分たちを包んでいた球体を消し、精霊たちは目の前のカオリに人型となって跪いた。
精霊は人の姿を持つとされている。妖精の名にふさわしく、可憐で可愛らしい少女や少年の姿だと言い伝えられていた精霊であったが、彼らは違った。
青年と淑女なのだ。サラリと長い背中を覆うほどの黒髪にすらっとした手足。キリッとした紫色の瞳に黒い布を巻きつけたような格好のルナ。
赤色に近く、ほんの少し茶色が混じったふわふわの髪に出ているところは出ていて、手足が細い。金色で目つきが鋭く白い布を巻いて纏っているコハク。
水色の髪と緑の髪の縞模様になった短髪で黄緑色の大きな瞳、前の2人よりも幼い顔だが、少年よりは大人びた顔。身長も高く青色の模様のない着物を着崩している。
100人が見て100人が見惚れる程、動けなくなるほど見目麗しい。目鼻立ちが恐ろしいほど整っているのだ。
「その通りでございます。私達3精霊、皆器様に仕えております。」
ルナは緊張が漂う中、口の中が渇きながらも、その重たい口を開いて答えた。カオリは傅いている彼らを見下しながら、小さな息を吐く。
『そうか。では、あの屋敷にいる者は我が眷属に加えよう。あの娘より、よき働きをするであろうな。
・・・そろそろこの体の限界の様だ。
伝えよ我が眷属。この器に少々見た目が変わってしまったこと。そして眷属であるこの人間は問題ないと。
まだ器として未熟であった故、少し、疲れた。人間、そして稀有な精霊よ、器を損なうでないぞ。』
そうカオリがマッテオたちに告げると、徐々にカオリが纏っていた緊張感と神々しさが薄れていく。
黑かった髪色と茶色だった瞳は、神が居なくなった後でも銀色の髪と薄い緑の瞳のままだった。
ただ一人、人間であったマッテオは、今何が起こっていたのか、自分が仕えた者のあの変わりよう、動物の見た目をしていたはずの精霊の本来の人型の姿。
出てきたときには死人のように青白いジュードの顔色はほんのり色づいていて、血色が戻ったようだった。
ジュードを抱えたまま倒れ込むカオリを精霊の3人が瞬時に支えた。
神が降り立った瞬間、神の言葉を聞いた事実を認識するには十分すぎる者だった。
「何ぼーっと見てるの。早くカオリ様とこの人間をあの屋敷に運びなさい。」
ずっと女性らしい話し方だったルナ。どこか冷たく口調自体は女性ではあったが、逆らわせない何かが、その声に乗っていた。
マッテオはハッと我に返る。
カオリを片手で抱きかかえる様に持ち、ジュードを脇に持ち直す。
それを精霊たちが見届けると、ポフンと音を立てて元の猫に戻った。
「あの姿疲れるからやなのよねぇー。んあーもう!!急に女神さまが降りるなんてどういう事よ!私だって、その、初めてなんだから、おしゃれくらい・・・。」
黒猫がもじもじくねくねよじれる。
「ルナ、うるさい。ミィだって疲れてんだから耳元で気持ち悪い事言わないでくれないかにゃあ。」
今程にゃあがマッチしていたことはないだろう小虎は、ぴょんとマッテオの頭の上に上る。
三毛猫はただ黙っていた。
そして急かされるように屋敷に戻った。不思議とその間、誰ともすれ違うことはなかった。
屋敷に戻り、カオリを寝かせようとカオリの部屋に向かうと、未だにぽろぽろと涙をこぼし続け、横で励まし続けているリカルドとエルティアがいた。
「ジュード!!」
リカルドはマッテオが側まで来ると、ジュードの赤色の頭を見て駆け寄る。
「ジュードジュード、ジュード、ねぇ、ジュードぉ。」
情けない声でずっとリカルドはジュードを呼び続ける。
「リカルド、落ち着きなさい。女神さまが、いや、カオリ様が救ってくださった。早くカオリ様とジュードを休めせてやれ。」
リカルドはマッテオを見上げ、それが本当であるとわかると、カオリの部屋の扉を開けてカオリのベッドの掛布団をどかした。
「カオリ様はそこでいいが、ジュードの場所も確保したい。」
マッテオは一度ジュードをソファの上に乗せ、そこから優しくカオリをベッドに寝かせた。リカルドはきょとんとした顔で見ている。
「だってジュードを温めないといけないじゃないですか。カオリ様意識ないですし、ジュードも同じく意識ない。
意識ないもの同士で寝かせた方が効率よくないですか?」
男女同じベッドで、という時点で淑女である上、リリイか言っていた方の聖女であるとんでもなく尊いお方である。
効率が良かったとしても、やっていいはずはない。マッテオはリカルドの常識のなさというべきなのか図々しいというべきなのか。
楽観的な発言に頭を抱える。
「・・・カオリ様はその身に神を宿したお方だ。それにジュードはいつもはあんな格好しているが、男だぞ。」
はああああ、と深いため息を零す。リカルドはそんなこと気にも留めずに、ジュードをお姫様抱っこしてマッテオが止めようと妨害をのらりくらりとかわしてカオリの横に寝かせる。
「リカルド!!!」
流石のマッテオも怒りの声をあげる。
「カオリ様、ジュードを助けてくれた。ジュード、守ってくれた。きっと、起きたらカオリ様びっくりするんだ。
そして、馬鹿者!ってジュードも起こって、今度こそ、普通の、楽しい日常が来るんだよ。
マッテオさん。僕がずっと見てるから。ジュードがおいたしないよーに!!」
嬉しさを隠せない、そんな顔でベッドに寝かせた二人を見ていたリカルドの様子を見て、ダメだと言うことを躊躇ってしまう。
ルナはあらやだ!!なんて言って、コイバナを聞く女子みたいにわくわくしてリカルドに賛成している。
ヒスイはジュードとカオリの間のかけ布団の上に丸まっている。コハクは恥ずかしそうにその後に続く。
「し、仕方ないから見張ってあげるわ!!仕方なくね!!」
誰に言い訳しているのだろうか、同じく二人の間で丸くなる。ほんの少しだけヒスイと離れて。
ダメだと言っても精霊も参戦しているのなら止めようがない。
「ならば、わたしもここにいる。皆で見張るぞ。その間の食事も作っておくから、起きたら知らせてくれ。」
眉間に深い皺をよせ、カオリの部屋から去って行った。




