ジュードが危険らしい
物語が急に動き出しました。
愉しんでいただければと思います。
マッテオの話を聞いたその夜、マッテオはすぐに私の護衛をしてくれた。
「マッテオ、本当にいいの?」
私の部屋の入り口に立ったままこちらを向いているマッテオに私はそう聞いた。マッテオにとって、守るということが大変だと知ったから。
マッテオはにこりと笑って一度だけ頷いた。
「私のような者でよければ。」
勇ましさと優しさ、頼もしさを感じられる暖かな笑顔だった。
そう言った後、マッテオは顔をキリッと引き締めて仕事の顔になった。
そしてその夜、私の部屋を出る時の消えてしまいそうなちっぽけな背中がとても印象に残っていた。
きっと普段は今の様な勇ましい姿なのだろうと思った。朝は私のために元気でいてくれていたのだろうな。とさえ思って少し物悲し気にその背中を見送ったというのに、朝食の時、私は驚いた。
「おお、おおぉおおぉおおおお!!これはこれはこれは麗しき聖女、カオリ様!!本日も腕にっ!よりをっ!かけてっ!!!お作りさせていただきましたっ!!」
顔を赤らめ、息を荒げ、ニヤついたその顔に思わず後ろに下がってしまう。リカルドも後ろにいたが、リカルドも目を見開いて驚いていた。
それは、昨日驚くほど儚げに語っていた姿とは程遠く、いつも通りだったから。
「あ、あの、マッテオ??普通でいいのよ?そのテンション疲れない??」
「いえいえいえとんでもございません。私!!普段より!!この滾る思いを仕事では押し殺さねばなりませんでしたがしかし!!
心優しき麗しのカオリ様はその醜き我が心ごと受け入れてくださったではございませんか!!
もう私、天にも昇る勢いにござりますれば、」
「もういいから!!もう十分伝わった!!」
ここで止めなければずっとそこに跪かれて永遠に気のすむまで語られていたに違いない。
昨日私の部屋を出る時、本当に消えてしまいそうな程脆く見えていたのだ。
それが翌日起きてマッテオの様子を見に行くついでに朝食を食べようと扉を開けた瞬間にこれだ。
昨日のアレは何だったの!?
「き、昨日はアレ、ほら、・・・落ち込んでたりしてたのかなって心配していたんだけど、」
私もどうしたらいいのかわからない。まあ、普段のテンションでも私はどうしたらいいのかわかってなどいないけれど、今日は今日どの日よりもわからない。
自然と目が泳ぐ。苦笑を浮かべながらちらりとマッテオの方を見たりリカルドに助けを求めたりしていると、
「ふ・・・・ふぐっ、」
マッテオがもがき苦しみだした。胸を押さえ、呼吸が浅くなりふるふると震え始める。顔からは汗がにじみ、その表情さえとても苦しそうに見えた。
やはり心労が今になって・・・・・!?
「ま、マッテ、」
後ずさった足が前に向かう。マッテオの様子をもっとはっきり見るために。
「か、かほりさま、が、わ、わ、わたくしめを、し、っし、しんっぱいして・・・・うぐふっふっふ・・・。」
・・・・・・。
決してそのような事実などなかった。
「カオリ様、これはダメなやつです。離れないと。」
マッテオに白い眼を向けながらリカルドは私の両肩を持ってその部屋から出ていく。
まだ朝食にすらあり付けていないと言うのに。
けれど部屋に戻れば、スムーズに朝食が用意され、私は自分の部屋で朝食を食べる事となった。
精霊であるルナとヒスイとコハク自分の食事はまだかとベッドでくつろいている。
食事を楽しむ精霊だからてっきり食堂まで付いて行くのかと思ったけれど、朝からあのテンションはキツイと、二度と行かない宣言をされた。
朝食をここで食べるとわかったのか、姿を現してちょこんと可愛いらしく座るルナとコハク。ヒスイはテーブルの上に上り、出されたものを全て食らいつくさんとリカルドがテーブルに並べるのを食い入るように見ている。
「ちょっとアンタ!!行儀が悪いわよやめなさい!」
ルナがヒスイに注意した。
「なんだ、そう言って取る気?ダメ。あげない。にゃあ。」
ヒスイはジト目でルナを見つめた。
「誰も取らないわよおバカ。私の分も用意されてるのに余計に食べるわけないじゃない。んもう、やだわ。」
ふぅ、とため息をつきながら、器用に前足を自分の頬に当てた。
コハクが一言も喋らないなと思っていたら、ヒスイをひたすら見ていただけだった。
見ているだけなのにとても満足そうな顔をしていた。
ここまであからさまに好かれているのにどうして気が付かないんだヒスイ!!
ちょっとコハクが不憫に思えた。・・・・強く生きろよ、コハク!
朝食を無事?に終えてしばらく経ってマッテオが騎士服に身を包んでやって来た。
その時の顔は、昨日見たあの凛々しい顔だった。
・・・仕事とプライベートはしっかりと分けるタイプのご様子だった。
マッテオがいるということは、リカルドは外に行っている様子。ジュードが心配なのだろうか。
ジュードはリカルドにも1週間開けるその理由を話していないらしい。
リカルドはずっと笑っているけれど、ふとした時に窓を見ている事が多くなっていた。
1日目でここまで気にしているのだ。
残りの6日、彼女の心は持つのだろうか。そればかりが心配だった。
その日は誰の訪問もなく、ただ聞こえてくるのは「うわああああああああ・・・・。」という男の声が遠ざかっていくのがここまで聞こえるくらい。
エルティアはどうやらちゃんと加減してくれているらしい。
その後、嬉しそうにこちらまでやってきて「加減っちゅーのをしましたぁー」と間延びするような声で報告に来てくれる。
どうやら彼の中で手を出さないという選択肢はないらしい。
それから2日経って、リュカ殿下が私の部屋に来た。
マッテオが騎士服に身を包んでいるのを見てひどく驚いた顔をしていたけれど、その後はなんとか表情を作り、ちょっとした話に花を咲かせる。
とはいうが、どの話も全て年の近い聖女様のお話ばかり。剣術の修業中に励ましてくれただとか、マナーの教育など、異界との違いがあるのに懸命に食らいついて吸収しようと頑張っているのだとか。
彼にとって、話題と呼べる共通点は今のところは同じタイミングで来たもう一人の聖女様しかない。
私と話すのが少し不快なのか、時たま言葉を詰まらせ、一瞬嫌そうに眉をしかめる。
マッテオは側にいて何か言いたげな顔をしていたが、何も言わずただ私達が話している内容を静かに聞き続けいていた。
その翌日も、そのまた次の日も、彼は来たくないであろう私の部屋に来ては、当たり障りのない挨拶をし、また同様に彼女の話を嬉しそうに話す。
私はその翌日も、その次の日も、彼が来るたびに彼女の話をただただ笑顔で聞き続けた。
私は距離を縮めようとちゃんと相槌を打って聞いているし、とりあえずは不快にならないように工夫はしているのだが、どう話していても距離が縮まる気配がない。
まるで意図的に避けたがっているようにさえ見えてくるくらいに。
マッテオに確認してみても笑みを浮かべているだけで、答えてはくれない。
まったく、少しは歩み寄ろうとしている私の気持ちに応えてくれても良くない?
少し苛立ちを覚えたとき、乱暴にその扉が開いた。
「カオリ様!!」
切羽詰まったような大きな声で、リカルドが開いた扉の先に居た。
「リカルド?どうかしたの?」
私が聞けば、緊張の糸が切れたように目に涙がたまり、重い足取りでこちらに来た。
「ジュードが、じゅー、ど、が・・・。もう、入らなくていいはずなのに、あの部屋に、」
リカルドは私の側までくると、力ないその手で私の服を掴んだ。
「ジュード、死んじゃう。あのまま瘴気の中に居続けてたら、本当に死んじゃう!!」
とめどなく流れ出る涙。その瞳からは今まで見たことのない悲しみの色がにじんで見えた。
「ど、どういうこと??ジュードは急用で空けたんじゃないの??」
リカルドがただただしゃくり上げながら助けて、ジュードを助けてしか言わないため、状況がつかめない。
瘴気の中?あの部屋?どういうこと??
どこかで聞いたことのある言葉。それを思い出そうにも思い出せない。
「なるほど。カオリ様、これは少々まずい事態になりました。」
マッテオが険しい顔をしてこちらを見た。
「マッテオ、どういうこと?」
私はマッテオを見て説明を求める。
「恐らく彼は今、半端者の試しの部屋にいるのではないかと考えられます。半端者が瘴気に妙らえるのは最高で3日。
ですが、もしいなくなった時から入っていたのだとすれば・・・。」
マッテオは言葉を濁した。
その先は言わなくても分かった。死ぬか狂うか、ということなのだろう。
何故そのような状況になってしまった?
ジュードは忠実だったはずだ。何も悪い事などしていない。それなのにどうしてまたそんなところに。
「試しの部屋へ行くのは一度きりだと言います。一度でも耐えれれば、多少の瘴気でも大丈夫であるとされているからです。
もう一度彼をあの部屋に追いやる理由など。」
マッテオも不可解だと眉間に皺を寄せて考えている。
リカルドに話を聞こうにもいやだいやだと泣くばかりで話を聞けそうにない。
助け出そうにもその部屋が分からない。マッテオも話に聞くばかりでその部屋がどこに存在しているのかは知らないらしい。
泣きじゃくるリカルドに、私は目を合わせる。
「リカルド、落ち着いて。分かった。助けましょう。だから教えて。どういうことなのか。リカルドが教えてくれないと、ジュードを、助ける事ができない。」
泣いたままでは話にならない。一番情報を持っているのはリカルドなのだから。言葉を区切ってゆっくりと伝える。ジュードの事で頭がいっぱいなリカルドは、これくらいゆっくり話さないと分からないと思ったから。
リカルドは、目を見開いて数秒固まると、少しずつ涙が止まり話し始めた。
リカルドが騎士の格好をしてこの屋敷をうろついていた時の話。
リュカ殿下がリカルドを見て大層驚いた顔をしたらしい。その時はリカルドも兄と間違えたのだろうなと思っていただけだったらしいが、
ある上官と思わしき騎士がリカルドを見て何故ここにいると怒鳴りつけたそうだ。
リカルドは何かあるに違いないと咄嗟にジュードの口調でその上官騎士に話しかけたらしい。
すると上官騎士は怒ったようにあの部屋から抜けたしここに来たのか!この罪人め!と胸ぐらを掴んだ。
あの部屋?懲罰房などであれば独房などという呼び方になるはずなのに、
この男は部屋と言った。赤い髪を持つリカルドとジュードにとって懲罰棒なんかよりもずっと効果のある場所は一つしかない。
そこであの部屋に追いやられたことが分かった。
「罪人ってどういう事、ジュードが何をしたっていうの?」
リカルドが殺す勢いでその上官騎士に聞くと、最初は無礼者!と罵っていたものの、リカルドが本気で殺すつもりだったその威圧とさっきに耐えきれず答えた。
ジュードが王へ虚偽の報告をしたらしいと。それは王に対する忠義に反する行いであると。
偽りの報告?いったい何のことかわからない。とにかくとにかくとにかく、あの部屋はまずい。
リカルドの頭によぎったのは、あの部屋から出たときのジュードの冷たいからだ、血の気の引いた青白い顔。
死んじゃったのではないかと体の熱がさっと引いたあの時の感覚。起きたときのあの人形の様な瞳。
ようやくこの屋敷に来て少しずつ表情が現れるようになったのに。ようやく昔の優しくも素直じゃないジュードに会えると思っていたのに。
リカルドはすぐに動いた。家族にも掛け合った。けれどどうにもならなかった。
それでも何度も何度もお願いした。泣いて泣いて縋り付いて、ジュードをあの部屋から出してあげてと。
けれど、両親、祖父母、誰一人ジュードの肩を持つ人物などいなかった。
聖女様なら大丈夫だよね、聖女様なら助けてくれるよね。
ジュードが嬉しそうなのを見たのは、あの部屋を出てから初めてだった。あんなに生き生きと生きているジュードを見たのは初めてだった。
お願い、お願い。私から、僕から、ジュードを奪わないで・・・・!
聖女様なら、救ってくれるかな。聖女様なら助けてくれるよね。だってジュードに心をくれたのだもの。
そうしてすぐにここに来た。まだわからない一筋の希望を持って。
「虚偽の、報告・・・?」
私には何のことかわからなかった。けれど、恐らくジュードは王に私の動向を報告するのが役目だったはず。それは私も解っていたから何も言わなかったし、彼らを守るような報告はさせたけれど、
恐らくその内容ごと彼なら話すと思っていた。
ジュードはそれくらい忠実な人だから。
そんな彼が何を偽ったのだろう。私が隠すべきことなどなかったはずだ。それはジュードでなくても同じ。
まだ何が何だかわからない。
「ねえ、ヒスイ、コハク、ルナ。お願い。ジュードの居場所、わかる?」
彼等は利用されるのが嫌なのは十分に分かっていたけれど、今は使うほかない。もしかしたら、精霊ならわかるかもしれないと思ったから。
ヒスイはちらりとこちらを見た後あくびをした。
「・・・わかるよ。ミィは一度覚えた人間の感覚を忘れない。まだ生きてはいるけど動いていない。」
ヒスイはけろりとした表情でそう言った。
「まだ生きてるだと!?」
それに驚いていたのはマッテオだった。
「馬鹿な!!通常は3日だぞ!!それ以上で生きているなどっ!!・・・・まさか狂化でもしてしまったのか!?」
狂化、初めて聞く単語。恐らくは瘴気に当てられ狂ってしまった人たちの総称なのだろう。
「いや、濁ってはない。けれど消えつつはある感じ。にゃあ。早くしないと後数時間しか持たないよ。」
ヒスイはさらりと言う。まるでテレビでも見ているかのように。
「そんなっ!!」
私は気が遠くなるような感覚を覚え、思わず黙り込んでしまう。
不愛想ながらに優しいあの子が居なくなる。ほんの少しだけ苦しくなる心臓。
・・・・・・意地でも助ける。
そう覚悟を決めたとき、頭がスッキリしていた。
そうと決まれば、じっとしてられない。
「マッテオ、ヒスイ、ルナ、コハク、ジュードのところへ行きましょう。」
私の強い意志は言葉となり、彼らにそう呼び掛けていた。
みんなの目が見開いている。一体何にそんな驚いているのだろうか私にはわからないけれど、そんなことはどうでもいい。
何故か感覚が分かる。小さな小さな思いのかけら、消えそうなそれ。不思議な感覚だけれど、この感覚がジュードの物だと確信が出来る。
「場所は、わかってる。私に付いてきて。・・・・リカルドはそこで待機。ジュードを連れて帰ったときには温かな紅茶を入れてね。」
最後にそう笑いかけてゆっくりと空きっぱなしだった扉を外からしめた。
背筋を伸ばし歩く。聖女の様だと皆が思う様に。
すれ違う人たちは皆立ち止まってそのまま固まっている。けれどそんなこと気にしない。私は前に進んでいくだけ。目的のジュードのいる部屋に。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




