1-7 風我雷蔵はゴブリンの巣穴へと潜入し、やがてハリーにゴブリンの相手を任せる
俺とハリーはゴブリンの巣穴の側へと到着した。
しかし直ぐに突入はせず、少しの間巣穴から離れたところで草木に隠れて様子を見ることにした。
「前まではこんな洞穴無かったのに……多分、野良のダンジョンですね」
「……野良の、だんじょん?」
冒険者に続きまたしても聞き馴染みのない単語を耳にして、俺の頭の中は白紙で埋め尽くされた。
「知らないんですか?冒険者なのに?」
「……だんじょん、とやらに入らずに野外の魔物としか戦わない冒険者だっている」
「そ…そうなんですか?」
この期に及んで己が冒険者だと言い張るのは流石に厳しくなってきたが、今さら撤回する訳にもいかない。
何故なら、今になって“自分がこの地とは違う異界から来た存在”だと説明するのはあまりにも面倒だからだ。
「それで、だんじょんとは一体何だ?」
「俺も、人づてに聞いた話だからそこまで詳しくはないんですけど…ざっくり言えば、魔力によって存在を維持された建物や空間のことを、ダンジョンって定義するらしいです」
「うむ」
「ダンジョン内には、ダンジョンの心臓部であるダンジョン・コアから生成された、魔力によって生み出された魔物や魔法生物が生息していて、時には魔力から生成された武器や魔法石のようなお宝なんかが見つかることがあるそうなんですけれど」
「……うむ」
「そういったダンジョンは大半人工的に魔法で作られた物なんですよ。で、時折地面や海中に埋まっていたりする天然の魔法石が、どういう訳か誰の手も借りずに自然とダンジョンを生み出すことがあるんです。それが、俗に言う野良ダンジョンらしいです」
「うむ、なるほど」
ハリーの言ってる内容は全く理解できなかった。
「……まあ、今は野良だんじょんがどうとかそんなことは指したる問題ではない。俺たちはゴブリンを狩りに来た。それだけだ」
「えっ?」
「……よし、周囲の安全は十分に確保できた。これからゴブリンの巣穴に突入するぞ。覚悟を決めろ、ハリー」
「あっ、はい…」
“自分から聞いておいて何だこの男は?”と言いたげな表情をハリーがしていたのは言うまでもないが、構わず俺は巣穴へと向かうのだった。
───
「入るぞ、松明を持て」
ハリーに火の灯った松明を一本持たせ、俺の一歩後ろを歩かせる。
進めば進むほど洞穴の入り口から射し込む光は奥に届かなくなり、中を照らす光量は殆ど無くなった。
松明がなければ、足下を照らすことすらままならない。こんな暗がりに生きるゴブリンはよっぽど夜目が効くのか、それとも……
「はぁーっ……!はぁーっ……!」
俺の後ろを着いて歩くハリーの息が荒くなる。
洞穴の中の圧迫感に当てられたのではない。ハリーは、いつ飛び出してくるか分からないゴブリンに恐怖心を抱いているのだ。
「怖いか?」
「い、いいえ!」
「ここまでは一本道だ。入り口の方から物音が聞こえた訳でもないし、ゴブリンが後ろから急に現れることはまずないだろう」
暫く歩いた先に、長屋一戸よりやや広いくらいの開けた空間が現れた。そこにはゴブリンが7匹ほど屯していた。
「先ずは手本だ。よく見ておけ」
こちらに気付いたゴブリンが、奇声を上げながらこちらに向かってくる。
俺は鞘から刀を抜き、群がるゴブリンを次々と斬り捨てる。コイツらの単調すぎる動きはもう見慣れたものだ。
「す……凄い!」
ハリーが感嘆の声を上げる。
俺は、あえて一匹だけゴブリンを斬らなかった。
「最後のコイツはお前が相手をするんだ、ハリー」
「えっ!?」
俺は脇差を抜き、ハリーに渡す。
「ハリー、相手はたかがゴブリン一匹だ。こんな相手に手こずるようでは剣で稼ぐなど夢のまた夢。違うか?」
「俺が……」
脇差を握るハリーの手は、震えていた。
「どうした?怖いのか」
「……い、いいえ!やります!」
覚悟を決めたハリーはゴブリンの方に向き直し、脇差を構える。
幸いにも、ゴブリンは逃げなかった。
ゴブリンは武器を持っていない。ハリーの方が圧倒的に有利だ。
『ガァーッ!』
「うわ!」
だが、そんなたった一匹の丸腰のゴブリンの威嚇に対して、ハリーは物怖じしているように見て取れた。
「この!このッ!」
意を決して刀を振るうが、無茶苦茶な刀の振り方をしている。
ゴブリンはひょうひょうとそれをかわす。
「ハリー、見切られてるぞ!」
「クソッ!この!」
「落ち着け、基本の構えを思い出せ!」
「はっ!はい…!」
俺の言葉を聞いて、改めて構え直すハリー。
雑な刀の乱舞が止まったことで、ゴブリンはそれを好機と感じたのか、回避の動きから一転してハリーに飛びかかった。
「——ッ!やあーッ!」
ハリーはそのゴブリン目掛け、縦振りの一撃をお見舞いした。
脇差の刃はゴブリンの脳天に深くめり込み、頭半分の位置で止まった。
頭をかち割られたゴブリンは、一言甲高い絶叫を上げた後に絶命した。
「はぁーっ……!はぁーっ……!」
戦いという己の命を懸けた駆け引きを生まれて初めて経験したハリーは、決着が着いた後に至っても未だにその興奮が覚めやまぬようで、呼吸を荒くしていた。
「……ハハッ、やりましたよ俺…!」
ハリーはゴブリンの頭部から脇差を引き抜く。その手が震えているのは恐怖心からではなく、始めて己の力で獲物を仕留めた昂揚感からくるものである、というのは、ハリーの自身に満ちた表情を見れば誰にでも察しがつくだろう。
「自信を付けることは構わないが、油断はするなよ」
「はい!」
俺とハリーは更に奥へ奥へと進む。
たった一匹とはいえ、始めて己の力でゴブリンを倒したハリーは、先ほどまでとは打って変わり自信に満ちた表情となっていた。
奥に進むにつれ、一度に現れるゴブリンの数もまた増してくる。
ハリー曰く、魔物の数が増えてきたり、強力な魔物が出てくるときというのはダンジョン・コアに近づいている証拠だという。
(強力な魔物……ゴブリン以外の、より強力な魔物がいるということか?)
自信を付けて浮き足立つハリーとは裏腹に、俺は得も知れぬ胸騒ぎを感じずにはいられなかった。




