1-6 風我雷蔵はゴブリンの巣穴を見つけ出し、やがてハリーが心の内に抱える思いを知る
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「さてと…ハリー、もう出てきてもいいぞ」
俺はゴブリンたちを斬り伏せた後に、草木の陰で待機を命じていたハリーを呼び出した。
「ミリー!」
「お兄ちゃん?……お兄ちゃぁーん!」
熱い抱擁を交わすふたりの兄妹。
俺はその兄妹を尻目に、あえてトドメを刺さずに生き残らせていた一匹のゴブリンの動向を追った。
『ギッ……ギギッ……!』
傷を負ったゴブリンは、俺の元から逃げようとその場からそそくさと立ち去った。
「感動の再会のところ悪いが…ハリー、ミリーのことを頼む。さっきお前が隠れてた場所にふたりで隠れて、俺が戻るまで決して動くな」
そうふたりに命ずると、俺は傷つき逃げるゴブリンの後をつけた。
バレないように木々の陰に隠れながら、着かず離れずの距離を保ち尾行を続けると、やがてゴブリンの巣穴であろうとある洞穴の中に傷ついたゴブリンが入っていくのを俺は目撃した。
「これが、奴らの住処か…?」
こっそりと洞窟の中を覗く。闇の中で蠢く数匹のゴブリンの姿が確認できた。
洞窟の奥からは、奴らの醜い叫び声が響いていた。恐らく、奥にはもっと大勢のゴブリンが居るのだろう。
俺は、急ぎミリーとハリーのもとへ戻った。
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さっき泣きながら抱擁をしていたのが嘘のように、戻ってみればふたりは激しい言い合いの喧嘩をしていた。
「だいたい何で、よりにもよってクイルなんかを結婚相手に選ぶのよ!?」
「それは、散々言ってきただろ!?お前の生活を思うなら、村長の家の家族になるのが一番良いんだって!」
「私の人生はお兄ちゃんが勝手に決めていいことじゃないわ!そういうお兄ちゃんは自分の進みたい道を好きなように選んで、結局私が邪魔だから厄介払いがしたいだけなんじゃないの!?」
「それは違う!俺は村の皆のためや、お前のためを思って!」
「違くない!なら何で勝手に結婚相手を決めるのよ!」
「……取り込み中悪いが」
一向に喧嘩が収まる気配がないので、無理矢理にでもふたりの間に割って入る。
「お前たちに少し話がある」
「えっ?」
「ゴブリンの巣穴を見つけた。ハリー、お前も来い」
「俺も、ですか…?」
俺の言葉を聞いてきょとんとするハリー。
「お前の実力を試す又とない機会だ。ハリー、本当に剣一本で稼ぐつもりがあるのなら、その覚悟を証明してみせろ」
「……俺の、覚悟を…」
「お兄ちゃん…」
ミリーが不安そうにハリーを見つめる。
やはり、どんなに喧嘩し合っても唯一の肉親であるハリーのことは大切に想っているのだろう。
「俺、行きます!」
ハリーの瞳に、決意の炎が宿る。
「よし、お前に実戦を経験させてやる」
その後、ミリーを村に帰すために一旦森を出た俺たちは、ハリーの家の納屋から松明を一本だけ取り出しゴブリンの巣穴へと向かった。
「お兄ちゃん、怪我しないでね……雷蔵さん、兄をよろしくお願いします!」
ミリーは、俺とハリーの姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
いくら俺が着いているとはいえ、兄の万が一を考えると内心不安で一杯なのだろう。
図らずもハリーの覚悟を試すと同時に、兄を見送るミリーの覚悟も試す形となった。
今回のゴブリン討伐を通して、この兄妹が何を思い、何に気付きを得るのか…俺はこの村を出る前に、せめてそれだけは見届けようと心に誓った。
「雷蔵さん、ありがとうございます。俺なんかのために…」
ゴブリンの巣穴に向かう林道の最中、ハリーは俺に感謝の気持ちを述べた。
誰かに感謝されるなんて、産まれてこの方数える程しかなかった俺は、少し背中がこそばゆくなる。
「でも、いいんですか雷蔵さん?次の町に向かうために先を急いでるんじゃ…?」
「……お前ら兄妹が気がかりで、おちおち出立もできん」
「それは……すいません…」
「ハリー、お前が冒険者とやらになることを俺は止めるつもりはない。前にも言ったが、妹や村のために剣を握ろうとするお前の覚悟は、尊敬に値する」
「あっ…ありがとうございます…」
照れ臭そうにハリーは己の頬を掻く。
「だが、それ以外のことがお前は適当すぎる。せめて妹の結婚相手に選んだ男の素性くらい、事前に調べておけ」
「……クイルのことはミリーから聞きました。まさかあんな最低な奴だったなんて…」
「あの村長の息子だから、妹を任せても大丈夫だろう、とでも思ったか?」
「はい…」
「なら、ミリーを嫁がせるのは諦めるか?」
「それは…」
ハリーは俺の問いに返答できず、言葉が詰まる。
「……分かりません…俺、どうすればいいんですか?」
同時に、ハリーの足取りが止まった。
「飢えに苦しむ皆のために金を稼ぎたい……けど、学のない俺が稼ぐには…冒険者になるしかない!でも、魔物との戦いなんて危険な仕事に、アイツを……ミリーを付き合わせる訳にはいかない!」
自分の本音を吐露していくうちに、次第にハリーの目からは大粒の涙が溢れ出した。
「……だから、ミリーを残してお前だけが町に出ると?それならミリーを誘って同じ町に住んで、お前だけが冒険者として働けばいいのでは?」
「駆け出しの冒険者なんて、殆どが根無し草みたいなもんです。町に定住できる冒険者は、ギルドから斡旋されたクエストをいくつも成功させて、お金を沢山貯めた上澄みの連中だけです。それは、あなたが一番よく知ってるでしょう?」
「んっ?……ああ、まぁ…」
そう言えば、コイツらの中では俺は冒険者ということになっていたのをすっかり忘れていた。
……今さら訂正しても話が拗れるだけであるし、このまま俺は冒険者という体を貫こうと思う。
「冒険者になっても直ぐに大金を手に入れられる訳じゃないですし、駆け出しの俺にミリーだけを町に住まわせる余裕なんてないんです。……それに…」
ハリーは肩を震わせながら、声を振り絞り己の気持ちを吐露した。
「それにアイツは……ミリーはこの村が好きなんですッ!村に住む人も、この森も!ミリーにとっては掛け替えのない存在なんですッ!村から出たくない……ずっとここで暮らしていたいって、アイツはそう思ってる!……だから、俺はアイツのためを思って、クイルに……村長の家に嫁がせようと……」
「それが、ミリーにとって本当の幸せだとお前は思ったんだな」
ハリーは俺の言葉に黙って頷く。
「どうすればいいかと俺に聞いたがな、ハリー。残念だが、お前の問いに答えられるほど、俺は人間ができちゃいない」
ハリーは、流れる涙も拭わず俯いたままだ。
「そもそも、お前たち兄妹が納得のいく答えを他人が出してくれるとは限らない。例えそれが、神様からの助言だったとしてもな。結局、自分自身が納得する答えは、自分自身で見つけるしかない」
「……納得、ですか?」
「人間というのは生きていく上で何よりもそれが重要、らしい……まあ、納得云々の話は俺の先生からの受け売りなんだ。だからあんまり深く突っ込まれると困る」
「なっ……何ですかソレ?自分で話振っといて」
ハリーに少し笑顔が戻る。
「……まあ、要するにだ。お前はもっと妹と……ミリーと話し合え。喧嘩じゃなくて、ちゃんと腰を据えてな」
「互いに納得のいく答えを探すために、ですか?」
「ああ」
「……それでも、その納得のいく答えが見つからなかったら?」
「そのときは、折り合いを付けて妥協案で納得すればいい」
「ハハッ…何ですかソレ」
ハリーの表情は、さっきよりだいぶ晴れたように見える。
「……笑うな。こういう人に説法を説くみたいなことは慣れてないんだよ」
「無理してくれてたんですか?俺とミリーのために…」
改めてそう言われると、俺は何だか急に気恥ずかしくなってきて、正面に振り向き直し黙って歩みを進めた。
「あっ!待ってくださいよ!」
泣き腫らして鼻を赤くしたハリーが俺の後を追う。
「……ありがとうございます、雷蔵さん。お陰で気分が晴れました。」
「……そうか。だが、まだ終わりじゃないぞ。己自身の冒険者としての素量を試すことは、お前たち兄妹の行末を占うという意味でも、必要なことだからな」
「は、はい!」
実戦未経験であるハリーにとって、冒険者としての……いやそれ以前に、命のやり取りをする者としての素量があるのかどうかは全くの未知数だ。
ゴブリンとの戦いを経て、ハリーの戦う者としての自覚と、才能が開花するのか…それとも——




