1-4 風我雷蔵は村長の息子が気に食わないので、やがて八つ当たりをする
「……アンタか、帰ってたのか」
俺の存在を認知したクイルは、怪訝な表情を浮かべた。
何となく感じてはいたが、コイツは俺が村に居ることをあまり芳しく思っていないらしい。
「家に入る機会を伺っていた。玄関の前で喧嘩をされては、無理に押し入ることも憚られるからな」
「……分かっていると思うが、アンタは明日にはこの村から出ていってもらうぞ。さっき飯を食わせたのはあくまでもミリーをゴブリンから救ってくれた分だからな。これ以上、流れ者に食わせる飯はない」
分かりやすく棘のある言い回しだが、下手に出られるより全然良い。何故なら俺は、今からこの男に八つ当たりをするのだから。
「ほう……将来お前の妻になる女の命が晩飯一食分と同等とは、ミリーも安く見られたものだな」
「……何だと?」
「そんな安い女を嫁にしたいと言い出すお前さんもまた、安い男という訳だ。いやはや、村長が気の毒でならんな」
「テメェ……もう一度言ってみろッ!」
ミリーの前では冷静な表情を崩さなかったクイルが、一転して分かりやすく怒りを露わにして俺に詰め寄る。
他の村人よりも良いものを食ってるからだろうか、体格だけはいい。
だが、コイツの醸し出す威圧感など、あの森の中で戦ったゴブリンにすら及ばない。
「……どうやら、勘違いをさせたようだな。俺はミリーのことを安い女だとは全く思わん。だが、ミリーの価値を容姿や身体でしか測れないお前の性根は、あのゴブリンのように醜悪だ」
「野郎ッ!」
クイルが右手の拳を振り上げた。だが、その拳が俺に振り下ろされることはなかった。
「……どうした?その拳は俺を殴るために振り上げたのではないのか?」
「うぅっ…!」
俺は、真っ直ぐクイルの顔を睨む。クイルのように大声を張り上げたり、体全体を使って分かりやすく威圧をしたりなどはしない。
ただ黙って、蛇が蛙を見つめるように睨んでいるだけだ。
この威圧のやり方は、用心棒という生業を続けていくうちに自然と身に付いたものだ。それでも、効果があるのは格下の剣術使いやゴロツキ程度の者たちだったが、クイルには効果絶大のようだった。
「……所詮、手を出せるのは老人や病弱な者だけか…」
「うっ……うるせぇッ!」
クイルが拳を振り下ろした。が、遅い。体格がいいとはいえ、所詮は素人の拳だ。避けるのに苦はない。
俺はクイルの拳を避けると同時に、クイルの懐に潜り込み、みぞおち目掛けて肘打ちをお見舞いした。
「がァッ…!!」
クイルはみぞおちを押さえながらその場に膝をついた。
「……俺は確かに部外者だ。これ以上この村のことには関わらないし、お前のいう通り明日にはこの村を出る。だが、これだけは覚えておけ」
「な……なにっ……?」
「俺が次にこの村を訪れたときに、もしもお前がミリーを泣かせていたとしたら……今度は肘打ちでは済まさない。そのときこそ、俺の愛刀がお前の血を啜るときだと覚悟しろ…!」
「ひっ……ヒィィーッ!!」
俺の言葉を聞いたクイルは、声にならない悲鳴を上げながらよたよたと立ち上がり、ふらつく足取りで夜道へと消えて行った。
(……これで、あのバカ息子も滅多な真似はしないだろう。立場の弱い村人に対しても、ミリーに対しても…)
クイルには“俺が次にこの村を訪れたとき”と言ったが、俺は再びこの村を訪れるつもりは微塵もない。
明日出立すれば最後、それはこの村との今生の別れのときだ。
「さてと……寝るか」
俺は村長の家に上がり込み、用意された寝室へと向かった。
部屋の床には布団は敷かれておらず、代わりに木製の高床に布団が敷いてあった。
「寝床一つにしても、異国文化の違いというものが出てくるのだな……いや、異界文化と言ったところか」
布団に横になり、ふとミリーとハリーのことを考える。
(今頃、あの兄妹は喧嘩でもしているのだろうか)
ふたりのことを全く心配していない、と言えば嘘になる。
今にして思えば、ハリーに剣術の手解きを行ったのも、ミリーにつく悪い虫に釘を刺したのも、あの兄妹からどこか放ってはおけない何かを感じ取ったからだ。
……最も、後者はクイルへの八つ当たりが主な理由ではあったが。
(両親を亡くしたというあの子たちの境遇と、俺自身の過去を、意識の外で重ねて見ていたのか?俺は…)
しかし、あの兄妹の問題はあの兄妹で解決するべきだ。部外者である俺が、これ以上首を突っ込む話ではない。
(……明日は出立だ。寝よう)
村長から譲り受けた地図の写しを頼りに、俺は次なる町へ向かう手筈を立てる。この村には、もう用はない。




