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1-3 風我雷蔵はハリーに師事し、やがて彼の想いを知る


 食事を終えた俺は、今晩は村長の家で寝泊まりすることと相成った。

 ただ、外はまだ薄明るく床につくにはまだ早い時間帯だったので、俺は村の中を散歩することにした。


 「あの人が、噂の冒険者さん?」


 「異国の人らしいけど…」

 

 総髪の頭に腰に刀を差す俺の身なりが相当珍しかったのか、村人からは奇異な目で見られているのを感じた。

 だが、俺からしてみたらこの村にある全てのことの方がよっぽど珍しいものばかりだ。

 散歩がてら村の様子を見て回っているが、見ていて飽きない。

  

 歩みを進めていると、とある家の前で棒切れを持って素振りをしているひとりの男の姿が見えた。ハリーだ。


「はぁっ!たあーっ!」


 威勢はいい。だが、俺には一目見ただけで分かる。

 ハリーの剣技は我流だ。それも基本も何もあったもんじゃない、酷い我流。

 俺はこの国の剣術がどのようなものかは知らないが、ハリーの動きは剣術云々以前の問題。ただ力任せに棒切れを振るうそれは、そもそも剣を扱うための動きをしていない。


「熱心だな、ハリー」


「えっ?……あっ、冒険者さん」


「雷蔵でいい。それが俺の名だ。……それより気になったんだが、お前さん剣術の練習を始めたのはいつ頃からだ?」


「えっと……半年くらい前からです」


「それは良かった。なら、その練習は今すぐ止めろ。変な癖が着いてからだと後から正しい剣術を身につけるのに難儀するぞ」


「えっ!? てことは…雷蔵さんが剣術を教えてくれるってことですか?」


 俺の言葉を聞き、ハリーは輝きに満ちた表情になる。

 しまった。今の話の流れから、変な期待を持たせてしまったようだ。


「いや…俺は明日この村を出るつもりだから、お前に剣術を教えてやる暇は…」


「……えっ?」


 ハリーの表情がみるみるうちに曇り始めた。


「……まあ、剣の構え方と素振りのやり方くらいなら教えてやらんこともないが」


「ほ、本当ですか!?」


 再びハリーの表情が明るくなる。分かりやすくコロコロと顔色が変わるのは、やはりミリーと双子の兄妹なのだなと見て取れた。



——————


  

「だいぶ様にはなってきたな」


 素振りのやり方を教え始めてどのくらい経っただろうか。もう辺りはすっかり暗くなっていた。


「はい!ありがとうございました!これで俺も…!」


「言っておくが、俺が今教えたのは基本のキの字の部分だ。これだけを練習すれば戦えるようになるなどとは思わんでくれよ」


 それを聞いたハリーの表情が、再び険しいものになる。


「……それでも俺は、冒険者になりたいんです。冒険者になって、いっぱいお金を稼いで……妹にも、この村の皆にも楽をさせたいんです!」


「……そうか…」


ふと、俺は夜空を見上げた。満天の星空が彩るそれに目を向け、文字通り遠くを見つめるように己の過去を思い返してみた。

 

「立派だよ、お前は。俺なんかよりもずっとな」


「えっ?」


「……俺も、お前たち兄妹みたいに、小さい頃に両親を亡くしてな。独り立ちするまでは私塾の先生に育ててもらったんだが……そこで得た剣術は、己の食い扶持を稼ぐ為にしか使わなかった。自分自身が生きるためだけに…」


 だが、そんな自分本位だった俺にも、唯一“この人のために剣術を振るいたい”と思える人に出会えた。それが、お正さんだった。


「……ハリー、お前さん歳はいくつだ?」


「えっ?15ですけど…」


「なら、五年……いや、三年だな。三年間は鍛錬に励め。それまでは冒険者になるな」


「そ…そんなに待てないですよ!俺は今すぐにでも冒険者にならなくちゃ!」


「志は立派なものだが、お前は自分の実力を知らなさすぎる。斬り合いも知らない素人が戦いに赴いても、待っているのは確実な死だ」


 ハリーは苦虫を噛み潰したような表情で、その場に立ち尽くす。

 

「それにお前がこの村を出たら妹はどうなる?たったひとりの家族を、天涯孤独にするつもりか?」


「……妹のことなら、心配いりません……アイツは、村長の息子のクイルが面倒見てくれますよ」


 村長の息子……そういえば、さっきも食事の場にいたな。

 歳は二十歳くらいだろうか?俺への挨拶以外は一言も喋らずに、黙々と飯を食っていた男だったが…


「ミリーはその村長の息子と、婚約でも結んでいるのか?」

  

「いいえ……でも、クイルがミリーに好意を寄せてるのは村の皆にも知れ渡ってるくらいだし、今さらクイルもそれを隠そうとはしていません。ミリーがクイルのことをどう思っているのかは知りませんが…少なくとも、俺のところにいるより村長一家に嫁いで行った方が、妹も少しはいい暮らしができるに決まってるんです。だから…」


「そうやってミリーのことを村長の家に任せられるから、お前は気兼ねなく冒険者として出稼ぎに行けると?」


「そうですよ。俺だってちゃんと先のことは考えてるんだ。雷蔵さん、剣の振り方を教えてくれたのは感謝しますが…もうこれ以上この村の問題には首を突っ込まないで下さい…!」


 その言葉を最後に、ハリーは家の中へと急ぎ足で戻って行った。


(……ハリーの考えを、ミリーはどう思っているのか……いいや、考えても仕方のないことだ)


 俺は明日この村を出る身だ。

 ハリーの言う通り、部外者である俺がこれ以上村の問題や、ハリーのやろうとしていることに首を突っ込む義務も義理もないのだから。



——————


  

 俺は暗がりの中、村長の家へと歩みを進める。

 幸いにも、この地に飛ばされる前に身につけていた物は、腰の刀と同じようにそっくりそのまま身につけていた状態だったので、普段携帯している小さな提灯も一式懐に備わったままだった。

 明かりを灯し、村長の家へと急ぐ。小さな提灯故にさほど周りは明るくならないが、家はそこまで離れている訳ではなかったので、迷わずに進めた。


 (……あれは、誰だ?)


 村長宅の入り口が見えてきたそのとき、家の外で誰かが口論しているのを俺は目撃した。


 暗がりの中、目を凝らすと、ひとりは誰なのか直ぐに分かった。ミリーだ。

 もうひとりは…男だ。よく見てみると、あのとき食事の場で見た村長の息子クイルだ。


「だから、嫌なんです!」


「なにを拒む理由がある?ただでさえ凶作で食うに困ってるのだろう? キミが俺の家に嫁いでくれたら、少しはマシな生活を送れるってのに」


「飢えてるのはみんな同じです!村長の家に嫁いだら私だけ食料が優遇されるなんて話、許される訳ないじゃないですか!」


「落ち着いて聞いてくれミリー。凶作に見舞われたと言っても切り詰めればまだ余裕はあるんだ。何なら、病弱な者や老人を何人か口減らしすれば、村も十分楽になる。何の心配もいらない」


 ミリーは信じられないといった表情で村長の息子を見た。


「そんなの……村長が許すとでも思ってるんですか!?」


「許さないだろうね、あの頑固親父は。だから、あくまでも親父には内緒で、若い衆を集めてひっそり行動に移すんだ。大丈夫、村の飢えさえ解決すれば、俺の行いが正しかったということも皆は分かってくれるさ」

  

「いや…やっぱり嫌!あなたみたいな人と結婚するなんてッ!」


「でも、俺との結婚はキミの兄さんも望んでいることだ」


「……えっ…?」


 ミリーの顔が、怒りから絶望の色に変わるのを俺は見逃さなかった。

 

「知らなかったのかい?なら、家に帰って兄に直接聞くがいいさ」

 

 ミリーはその場から走り去った。途中俺とすれ違っても俺の存在には全く気づかない様子だった。それほど彼女の意識は深い悲しみに打ちのめされたのだろう。

 

「……たく、聞き分けの悪い娘だ。まあいい…ハリーさえ村から出て行けば、否応無しに彼女は俺のモノだ…!」


 クイルは口元を歪めて、声なく笑う。


「あの娘は、村の女の中で一番美しい容姿に加えて、最高にいい体つきをしているからなァ……クククッ…!」

 

 下衆な笑いだ。俺はあんな笑い方をする人間に見覚えがある。そうだ、俺を撃ち、お正さんを亡き者にしたあの商人だ。

 それを思い出した途端、言い様のない不快な感覚が、俺の五臓六腑をのたうち回った。


 (……どうも、腹の虫が治まらん…)


 大人げないことと自覚しつつも、俺は俺の中にある筆舌に尽くしがたい不快感を解消するために、今からクイルにちょっとした八つ当たりをすることにした。


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