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1-2 風我雷蔵は助けた少女に案内され、やがてコット村へと訪れる


「ここがコット村です!」


 娘に連れられて訪れた村は、のどかな田舎だった。

 しかし、見慣れない石造りの建物や村民の格好は、俺のよく知る農村のそれとはかけ離れたものだ。


「ミリー!」


 ひとりの男がミリーの名を呼びながらこちらに駆け寄ってくる。男の年齢は10代半ばくらいと言ったところか。ミリーと同じくらいの歳に見える。


「どうしたんだその格好!? それに…その男の人は?」


「あっ!ハリーお兄ちゃん!」


 ミリーは駆け寄ってきた男に抱きついた。

 お兄ちゃん、つまりミリーの兄貴か。


「私、森に行ったらゴブリンの群れに襲われて……」


「ゴブリン!?まさか……この村の近くにまで魔物が…?怪我しなかったか!?」


「大丈夫!あの冒険者さんが助けてくれたのよ!」


 振り向いたミリーは、眩い視線を俺に向ける。

 

「いや、だから俺は冒険者とやらでは…」


「あっ…ありがとうございました!妹をゴブリンから助けてくださって…何とお礼をしたらいいか……」

 

「それよりも、聞きたいことがあるのだが…」


 俺の目的は聖遺物に関する情報を集めることだ。

 得も知れぬ衝動に突き動かされたのは事実だが…そもそもミリーをゴブリンとやらの群れから助け出したのも、その情報を得るためだったのが主な理由だ。


「なんだなんだ?」


「見慣れないヤツだな…?」

 

 聖遺物のことをミリーの兄、ハリーに聞こうとしたそのとき、野良作業をしていた他の村人たちがこちらに集まってきた。


「みんな、この冒険者さんは俺の妹をゴブリンから救ってくれたんだ!」


「ゴブリンから!?」


「まさか、凶作に加えて魔物まで…」


 集まった村人は何やら暗い面持ちで話し込んでいた。

  

「それはそうと、村の者を助けて下さった冒険者の方にはお礼をしなくてはな!」


 ひとりの村人がそういうと、他の村人もそうだそうだと後に続いた。


「ささ!冒険者様はこちらへ!」


「あっ、ああ…」


 そして俺は、村人たちに腕を引かれあれよあれよと言う間に村長の家へと通されたのだった。


「冒険者殿、ゴブリンからミリーを助けていただき感謝いたします。」


 村長は深々と頭を下げる。村長と言われるくらいなのだから、てっきり老人かと思っていたが、目の前の男は見た目中年くらいの年齢だった。

 冒険者と呼ばれることは今さら否定はしなかった。否定して訝しがられるのも面倒だし。冒険者が何なのかは分からないが、歓迎されているのなら悪い存在ではないのだろう。


 (冒険者……冒険、と名の付く者なのだから、流れの浪人みたいなものだろう)


「生憎この村は昨年凶作に見舞われ、大したものは用意できませんが…」


「気遣いは無用。それよりも聞きたいことが…」


「冒険者殿もお疲れの身でしょう。ささ、我が家でおくつろぎ下さい」


 俺は村長の家の広間に通された。広間と言っても、豪商の屋敷のような広さはない。剣術道場よりもやや狭いくらいか。

 広間の中央には木製の長机と椅子が何脚か置いてある。俺は中央の席に通されたのでそこに腰を下ろした。向かいの席には村長が座る。

 村長の呼びかけで、村の大人が数人と村長の息子、そしてミリーの兄ハリーが集められた。ミリーはボロボロになった衣服を着替えてから来るそうで、少し遅れてやってくるとハリーは言った。


「今食事を用意させておりますので、食前酒をどうぞ」


 出された酒は果実酒のようだ。味わったことのない酒だったが、美味かった。


「冒険者殿はイケる口で?」


「まあな」


 腰を据えて会話をしていて今さら気が付いたが、この地の人間は発している言葉と口の動きが一致していない。

 口の動きだけ見れば明らかに別の単語を発している筈なのに、俺の耳に入る彼らの言葉は聞き覚えのある日ノ本言葉だ。


(ルシールは旅に役立つ力をいくつか授けたと言ってたが、彼らと会話できるのもその力のお陰か?)


 恐らく、本来なら彼らは俺の知らない異国の…いや、異界の言葉を発しているのだろう。

 それが、大魔道士ルシールの力によって俺の知っている言語に変換されて聞こえている。同時に、俺が発している日ノ本言葉も彼らの扱う言語に変換され、彼らの耳に届いている筈だ。

 でなければ、俺と彼らの間で会話が成立する筈がないのだから。


 (ルシールはいくつかの能力を付与したと言っていたが、他の能力とは一体…?)

 

「冒険者殿は、見慣れない身なりと容姿をされておられますが、国外から来られた方なので?」


 村長の隣に座ってるひとりの男が俺に尋ねた。

 大魔道士ルシールによると、俺は元いた世界と違う別の世界へと飛ばされた、という話だったが…正直今になってもイマイチそれがピンと来ていない。

 己で理解できてない概念を上手く説明できる訳もない。ここは別の国から来たと言った方が無難だろう。


「ああ。俺は遠い島国から遥々この地に来た。大魔道士ルシールが残したという聖遺物とやらを手にするために。」 

 

「大魔道士ルシール…聖遺物…」


「何か知っているのか?」


 男たちは首を横に振る。

 村長も知らないようだ。


「力になれず申し訳ない……我が父、つまり前任の村長なら何か知っていたのかもしれませんが…」

 

「その方は今どこに?」


 村長は短い沈黙の後に絞り出すように言った。


「……父は、私を後任の村長に指名した後に自ら命を断ちました。元々病を患っており、もう幾ばくもない命だったのですが……去年、凶作に見舞われたこの村には食材の備蓄が乏しく、父は“残り少ない命しかない自分に貴重な食べ物を割く必要ない”と…」


 村長の目には涙が溜まっていた。他の者たちからもまた、鼻をすする音や目頭を押さえる姿が見て取れた。相当慕われた村長だったのだろう。


「……村長!やっぱり俺、冒険者になります!」


 湿った空気を破るように、突然ハリーが立ち上がった。


「町に出てギルドに申請して、俺は冒険者になります!俺が稼いだ金はこの村に送金しますので、それで——」


「ならんッ!」


 村長はハリーの話を遮るように、激しく一喝した。


「どうして!?」

 

「ただの農民でしかないお前に何ができる!?例え下級な魔物と戦ったとしても、殺られるのがオチだ!」


「そんなの、やってみなければ分からないでしょう!?」


「ハリー、お前にもしものことがあったら双子の妹であるミリーはどうなる?両親を失い、今あの子に家族はお前しかいないんだぞ?」


「それは…くっ!」


 村長の言葉に返す言葉もなく、ハリーはその場から飛び出した。


「あっ、お兄ちゃん」


 丁度着替え終わってきたミリーが広間に入ってきたところで、すれ違うようにハリーは出ていった。


「……あの〜…もしかしてお兄ちゃん、また冒険者になるって言い出したんですか?」


「まあな…」


「ご…ごめんなさい!村長さんに散々止められてるのに、お兄ちゃんったら言い出したら聞かなくて…」


「まあ、アイツなりにこの村のことを想っての考えなのだろう。だが、現実は甘くはない」


 どうやら、冒険者というのは俺が思っている以上に危険な仕事らしい。

 話の内容から察するに化け物退治が主な収入源なようだが、だとしたら確かにただの農民の子供が行うには土台無理な仕事だ。


「あっ、冒険者さん!すいませんウチの兄が、場の空気を悪くしちゃったみたいで…」


 ミリーが俺の隣の席に座る。

 

「なに、気にしていない。それよりお前、ゴブリンに襲われて怪我はなかったか?」


「はい!あのあと家で確認しましたが、どこにも切傷も打ち身もありませんでした!服を破かれたくらいで済んで本当に良かっ…」


 話している途中でミリーは耳を赤くしながら黙って俯いた。

 何か恥ずかしい思いをしたことを思い出したのだろう。俺はそれに心当たりがあるが、無粋に深掘りしないのが武士の情けというものだ。

 もっとも武士と言っても、俺は下級武士の家の出のしがない浪人でしかないが…

 

 そうこうしているうちに、食事が通された。


「余裕さえあれば、もっとちゃんとした料理で饗せたのですが…」


 村長が申し訳なさそうにいうその料理の内容とは、やはり凶作に見舞われただけあって質素なものだった。

 

 何の肉か分からない干し肉に見たことのない果物、キノコが入った黄色い汁物に、切り分けられた餅のような何か。

 見慣れない異界の国の料理という点を除いても、それが質素なものであるということは一目で分かった。

 

「……いただきます…」


 箸はなく、木製の匙のみが用意されている。

 とりあえず、餅のような何かを手掴みして口に入れる。が、カッチカチに固まったそれは噛み切れるようなものではなかった。


「パンはこのスープでふやかしてから食べた方がいいですよ。」


 ミリーが耳打ちする。俺はとりあえず口に含んだそれを黄色い汁物を流し込むことで何とか飲み込むことができた。

 正直、汁物の味も薄くてあまり美味しいとは感じなかった。


「ごめんなさい。今は備蓄品しか用意できないから…」


 ミリーの表情が曇る。


「しかし、よもやあの森にもゴブリンが現れるとは…」


「村に降りてこなければいいが…」


 男たちが口々にするゴブリンとは、おそらく俺が倒した餓鬼のような化け物を指すのだろう。


「あの森にゴブリンが現れたのは、初めてのことなのか?」


 俺の問いに、男たちの代わりに村長が口を開いた。


「はい。あの森は大変のどかな森で、ゴブリンなど今の今まで一度も……あの森は木の実やキノコ、食用の野草も多く採れますので、村人も頻繁に出入りするのですが…」


「私も、あのときは少しは食べ物の足しになればと森に行ってたのだけど、まさかゴブリンが出てくるなんて夢にも思わなくて…」


 ミリーが肩を震わせる。


「もう、あの森には入らない方がいいのかな…」


「……身の安全を考えれば、そうだろうな」


 しかし、凶作に見舞われたこの村から森の恵みまで奪われたら、村人がますます飢えに苦しむのは明白だ。


(……だが、今の俺には関係のないことだ)


 俺の最大の目的は、お正さんを助けることにある。そのためには大魔道士ルシールとの約束を果たす必要がある。

 約束の品である聖遺物、クロノスの矛とやらを手にするためにも、余計な寄り道などしている暇はない。

 明日にでも村を出立し、もっと人が大勢いる町に赴き聖遺物の情報を得ることが先決だ。


「村長、俺は明日にでもこの村を出立する。この村から一番近い町を教えてほしいのだが…」

 

「ああ、それでしたら…」 


 俺は村長から最寄りの町の情報を聞き出す。幸いにも徒歩で向かうのが難しいほど村から離れている訳ではないようだ。

 

 ふと、隣に座るミリーに視線を向ける。彼女の表情は不安に満ちているように見て取れた。

 村のこと、魔物のこと、そして兄のこと……彼女の不安は計り知れない。

 そんなミリーの曇り顔を見ていると、俺の心の中には言い知れないしこりが残るのを感じずにはいられなかった。


ブックマーク登録、評価ありがとうございます!

本日まで3日間の連日投稿を行ってきましたが、製作ペースと投稿頻度を合わせるために次回の投稿は3日後の7/26を予定しておりますので、よろしくお願いします。

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