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1-1 風我雷蔵は異世界へと訪れ、やがてひとりの少女を救う


「……うう……んっ?」


 目が覚めると、俺は見知らぬ森の中に寝転がっていた。


(……俺は、夢を見ていたのか…?)


 先ほどの光景は今となっては白昼夢のように感じられたが、それは夢幻ではなかったことを俺は直ぐに理解した。


「左肩と脇腹に、傷跡が…!」


 あの豪商の銃撃で受けた傷の跡が、俺の体にハッキリと残っていたのだ。

 間違いない。俺のあの忌まわしい記憶は全て現実に起こったことだ。

 

(お正さん…!)


 傷跡から痛みは感じないが、お正さんが射ち殺されたことが現実であるという事実を証明するこの傷は、どんな肉体の痛みよりも耐え難い心の痛みを俺に与えるのだった。

 幼くして両親を失い、育ての親であった師匠も亡くした天涯孤独の浪人である俺に、唯一笑顔を向けてくれたのは彼女だ。

 あのルシールとかいう娘が見せた光景が、お正さんの最期になっていい筈がない。


(待っていてくれお正さん。必ず戻って、キミを助ける…!そのためには!)


 俺はその場から立ち上がり、歩みを進める。

 

「あの娘との約束を果たす…!」


 あの娘…ルシールの口約束が必ず叶えられるという保証はどこにもない。

 ただ、今の俺にはルシールの言葉を信じる他ない。お正さんを救い出せるかもしれないという淡い希望だけが、俺が今歩みを進めることのできる唯一の理由なのだから。



——————



 森の中は穏やかなものだった。鳥がさえずり、川のせせらぎが耳を擽る。

 しかし、そんな穏やかな森の中でさえも、俺の心の傷を癒すには足りない。

 この傷が完全に癒えるとき、それはお正さんをこの手で救い出したそのときしかあり得ない。


「日の高いうちに、この森から出なければ」

 

 木漏れ日から漏れ出す淡い陽光が、今はまだ日の高い時間帯であることを示していた。

 

 俺が欲しいのは、何よりもクロノスの矛とやらに関する情報だ。情報は人のいるところに集まるものだ。どこかの集落でも、町でも、何でもいい。何れにせよこの森から抜け出して、人が集まる場所へと足を運び、情報を集めることが必要だ。

  

(……しかし、あの面妖な術を使う娘の暮らしていた地と言うのだから、どのような奇妙奇天烈な所かと思っていたが……存外、俺のいた日ノ本の国とそう変わらない気が)


「きゃあぁぁァァァァーッ!!」


 森の平穏を掻き消すように、突然の悲鳴が木霊した。


(これは、女の悲鳴?)


 叫び声は若い女のものに聞こえた。

 森の中で悪漢にでも襲われたか、それとも獣にでも出くわしたか…何れにせよ、ここに来て初めて遭遇する人間だ。


 (この叫び声の主を助ければ、何かしらの情報を得られるかもしれない)


 まず、俺の頭の中によぎったのはそういった打算を加味した感情だった。

 俺は決して善人ではない。今までだって、用心棒の仕事として何人もの剣客を斬り捨ててきた男だ。

 俺は冷静だ。決して優先順位を間違えたりはしない。全てはお正さんを救い出すため。お正さんの………


「誰かぁ!助けてぇー!」


 俺の頭の中で、叫び声の主とお正さんの表情がダブって見えた。


「——ッ!!」

 

 そう感じ取った瞬間には、既に俺の足は悲鳴のする方向へと駆け出していた。


 (クソ!柄にもない!)


 頭の中では、今でも冷静さを保っているつもりだ。

 しかし、娘の声とお正さんの姿が脳裏で合わさった瞬間に、心の臓の鼓動が早まり、その場から居ても立ってもいられなくなった。

 俺は、俺自身の感情を図りかねた。怒っているのか?焦っているのか?恐れているのか?

 何れにせよ、今はこの内側から溢れ出る言葉にできない衝動に身を任せる他なかった。

  

(声のする方は、こっちだな…!)


 生い茂る草を掻き分け、木々の間をすり抜け、悲鳴のする方へと急ぐ。

 やがて俺は、悲鳴の主のいるであろう開けた林道へと出た。


「……なんだ、コイツらは!?」


 俺の目に飛び込んできたのは、何匹もの緑色の猿のような生き物が、倒れている若い女に群がる異様な光景だった。

 いや、猿というにはあまりにも獣離れしている。

 緑色のそれらは体毛が薄く、腰布を巻いている。オマケに棍棒のような得物まで持っているヤツも中には数匹いる。

 これは猿というより人……いや、まるで絵巻物に出てくる餓鬼そのものだ。


『ギエェーッ!』


 俺の存在に気が付いた一匹の餓鬼が、まるで猿叫のような雄叫びを上げた。

 それに続き、他の餓鬼共も俺の方を向き、威嚇を始めた。

 突然目に入った餓鬼の存在に呆気に取られていた俺ではあったが、餓鬼共から向けられた敵意の混じった叫びを浴びて、ハッと我に返る。

 次の瞬間には、今まさに一匹の餓鬼が俺の脳天目掛けて棍棒を振り落とさんと飛び掛ってる最中だった。


『キェェ——』


 しかし、棍棒が俺の脳天に振り落とされることはなかった。

 俺の繰り出した瞬時の抜刀は、一瞬にして空中の餓鬼の首を真っ二つに斬り落としたのだった。


『ギッ!?』


「腰に差してある得物を警戒せずに飛び掛ってくるとは……やはり、知能は猿並か」


『グギギッ…!』


 仲間が思わぬ反撃を受け討ち死にしたのを見て驚いたのか、知能の欠片も感じない化け物共の表情にも、焦りの色が浮かび上がってるように見えた。

  

「餓鬼どもが…地獄に送り返してくれる!」


『ギ…ギギーッ!』


 一斉に餓鬼共が押し寄せてくる。数は七匹。そのうち棍棒を持った二匹が俺の脳天目掛けて飛び掛ってきた。

 相変わらず知能の欠片も感じない、単調な縦振りの攻撃だ。俺は棍棒が振り下ろされる前に、一閃のもと二匹の首を斬り落とした。

 ほぼ同時に別の二匹が俺の両足目掛けて噛み付いてきたが、それもお見通しだ。俺はその場でびょんと飛び跳ね二匹の噛み付きをかわし、勢いのまま足下に滑り込んできた二匹の餓鬼の頭蓋骨を思い切り踏みつけた。

 ぐしゃり、と音を立てて砕ける頭蓋骨の感触には気にも止めず、俺は再度その踏みしめた勢いを利用し跳躍した。

 続けざまに残りの三匹の餓鬼が俺の懐目掛け飛び掛ってきていたことを、俺は見落としてなどいない。

 三匹の手には何の得物も握られていなかったが、足下の二匹と同じく噛み付きによる攻撃で俺の臓物を食い破ろうという魂胆だったのだろう。

 しかし、その攻撃も俺の跳躍による回避で空振りに終わった。俺は跳躍からの流れで宙返りを行い、三匹の頭上を飛び越えると同時に、姿勢を翻し、着地。餓鬼共の背後を取る。

 そして、無防備にも背中を晒した餓鬼共に瞬時に斬り掛かる。

 一匹は首を落とし、一匹は胴を袈裟斬りにし、最後の一匹は脳天を兜割りにした。コイツらが物の怪の類ではなく、獣などの類であれば、絶命は必至であろう。


『…………』


 地に伏す餓鬼共の体は、物言わぬ遺骸へと変わり果てていた。もしも絵巻物に描いてあるような物の怪の類ならば、首を斬り落としても頭だけで襲ってくるものだが…どうやら人間と同じ急所を刀で斬ってもちゃんと絶命するらしい。その点は一安心だった。


「全く…のどかな場所かと思ったら一転してこれだ。この地には他にもこのような魑魅魍魎が跋扈しているのか?」


 そうひとりごちていると、襲われていた娘のことをふと思い出した。娘の方を見ると、驚きのあまり立ち上がれないでいるのか、その場にへたり込んでいた。


「餓鬼……かどうかは分からないが、この化け物どもはもう息絶えた。もう心配はいらない」


「ぁっ……ああ……」


 よほど恐ろしい思いをしたのだろう。娘は心ここにあらずと言った様子だ。

 赤茶色の頭髪に通った鼻筋。明らかに娘の外見は異国人のそれだが、はたして俺の言葉が通じるかどうか。


「何れにせよ…情報を聞き出すにも娘の様子がこれでは……んっ?」


 ふと、娘の顔から視線を落とすと、あの餓鬼共に襲われたときに衣服の胸元が破かれたのか、娘の乳房が露出していた。


「おっと、すまんな」


 俺は直ぐに視線を外して、懐から手拭いを一枚取り出し娘に渡した。


「小汚くて申し訳ないが、暫くはこの手拭いで胸元を隠すとよい」


「えっ…?……あっ…きゃっ!」


 俺の言葉の意味を理解した途端、娘は顔を赤らめ胸元を両手で覆い隠した。同時に、娘の表情に生気が戻った。

 

「フッ…恥じらいのあまり正気を取り戻すとはな」


状況が可笑しくて、俺は思わず吹き出してしまった。

 

「あっ……あの、ありがとうございます……」


 娘は片手で胸元を抑えながら、もう片方の手で俺の手ぬぐいに手を伸ばした。

 胸元に手ぬぐいを巻き付けた娘は、俺の顔をマジマジと見つめ、尋ねた。


「あの…あなたは、一体?」


 とりあえず、言葉は通じるようだ。明らかに異国人である娘が日ノ本言葉を喋ることに違和感を感じなくはないが、今はそんなことどうでもいい。

 

「俺か?そうだな…」


 娘の質問にどこまで説明すればいいのか考えあぐねいていたら、娘の方から…


「あっ!ひょっとして、冒険者さんですか?」


「……ぼうけ…何だって?」


「ゴブリンから助けてくださってありがとうございます!私はミリーって言います!森で木の実を集めていたらゴブリンに襲われて……あっ、よかったら私の村に来て下さい!今は大したおもてなしはできませんが……せめてお礼をさせて下さい!」


「お、おう…」


 正気を取り戻したミリーと名乗る娘は、さっきまでの様子が嘘のように快活な娘だった。

 俺は娘に手を引かれるがままに林道を歩き、あれよあれよと言う間に森を出て、この森の側にあるというミリーの暮らす村に通されたのだった。



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