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風我雷蔵は凶弾に倒れ、やがて大魔道士ルシールに異世界へと招かれる


 午の正刻。初雪が浅積もりする初冬のとある海岸線沿い。

 真下では白波が荒れ狂う断崖絶壁に、ひとりの浪人が佇んでいた。その傍らには、浪人に寄り添うように身を寄せる商人の娘がひとり。

 彼らの眼の前には、金で雇われた浪人である三人の刺客と、雇い主の悪徳豪商が立ち塞がる。


「観念しろ雷蔵、大人しくその娘をこちらに渡せ」


 刺客のひとりがドスの聞いた声で威圧する。

 続けて、雇い主である商人の男が薄ら笑いを浮かべながら語る。

 

「その娘、お正さえこの世から居なくなれば…お正の親父……即ち俺の兄貴の遺言状は無効になり、兄貴の商いも、兄貴が稼いだ莫大な遺産も、全て俺のものになる…!」


 ギラついた目でゲスなことを口にする商人。既に遺産を手に入れた後の算段を頭の中で立てているのか、商人は口角が上向くのを我慢できないと言った面持ちだ。

  

「家督も遺産も、あなたには絶対に渡しません!いくら父の実弟といえど、あなたのような下劣な人間になんて、絶対に!」


「チッ!小娘が…まあいい。……おい、そこの浪人!」


 お正の傍らに立つ浪人に、商人はひとつ提案をする。

 

「俺と交渉しようではないか。今この場でお正を俺に差し出せば、200両くれてやろう。どうだ?用心棒くらいしか能のない雇われ浪人風情のお前にとっては、とても稼げる金ではあるまい?」


「雷蔵さん…!」


 お正は、思わずその浪人——風我雷蔵の裾を強く掴む。震えるその手をそっと握り、雷蔵は優しく語りかける。

 

「……心配いらない。お正さん、キミのことはこの俺が守る…!」



 握ったその手をゆっくりと解き、お正を三歩後ろへと下がらせる。

 雷蔵がお正から視線を外した次の瞬間には、既に雷蔵の両の目は殺気に満ち溢れていた。

 雷蔵が刺客と商人に向けた鋭い視線は、物言わぬ抵抗意志の現れだった。

 

「交渉決裂だな……殺れッ!」

 

「キエェーッ!」


 商人の合図と共に、ひとりの刺客が猿のような雄叫びを上げながら雷蔵に斬りかかる。重く、そして早い剣撃が雷蔵の脳天目掛けて振り下ろされる。

 雷蔵は紙一重でその剣撃をかわし、すれ違いざまに抜刀。神速の一太刀で一人目の刺客を斬り捨てた。


「ぐぇっ!」


 腹部を斬り裂かれた刺客はその場に突っ伏し、やがて絶命した。

 

「このっ——ッ!?」


「遅い…!」

 

 続けざまに、もうひとりの刺客も斬り捨てる。残る刺客はあとひとり。


「くわっ!」


 雷蔵と最後の刺客、ふたりの刀がぶつかり合い、激しい鍔迫り合いになる。


「グッ…!」


 押し負けたのは刺客の方だ。

 

「だあッ!!」

 

 姿勢を崩された刺客は、追い打ちとばかりに雷蔵から蹴りを受けた。

 そのばに尻もちをついた刺客に対し、すかさず雷蔵は刺客が刀を握っている腕——右腕を斬り落とした。


「ぎゃあぁーッ!」


「お前で最後だ!覚悟ッ!」


 雷蔵が最後の刺客にトドメを刺そうとした、まさにその瞬間。

 

「流石は風我雷蔵…聞きしに勝る剣の腕前だ。だが…」


 商人の男は、自身の懐から何かを取り出した。


「この俺を頭数に入れなかったのは、間違いだったな…!」

  

 商人の手の中で黒光りするそれは、雷蔵にとって始めて目にする代物だった。

 しかし、商人の不敵な態度と、右手に握られた得物を真っ直ぐ構える仕草から、雷蔵の脳裏には、それが何なのか瞬時に答えが導き出された。


 (馬上筒!? いや、異国の鉄砲かッ!)

  

「果たして南蛮渡来のこのピストルから、大切なお正を守れるかな?」


 商人が銃口を向けたのは雷蔵のいる方向ではない。お正の方だ。


 (クソっ!この距離だと豪商を斬り伏せるには間に合わない!)


「雷蔵さんっ!」


 パンッパンッと乾いた音が海岸線に鳴り響く。

 弾丸は命中した。着弾した鉛の玉は肉を抉り、骨を砕いた。

 銃創から吹き出した鮮血が、浅く雪の積もる薄ら白い地面を赤く染める。


「グッ…!」

 

 しかし、その鮮血はお正のものではない。雷蔵の血だ。

 雷蔵は、咄嗟に弾丸の射線を遮るように豪商と娘の間に割って入った。その結果、放たれた銃弾は雷蔵の左肩と右脇腹に着弾。

 お正を身を挺して守ることはできたが、もはや満身創痍となった雷蔵に、戦う力は残されていなかった。


「雷蔵さんっ!」


 焼けた棒で貫かれたような耐え難い熱さと、激しい痛みに苛まれ、雷蔵の意識は次第に遠のいていく。


(距離さえ……あの男との距離さえ詰められたら……!)

  

「お正……さん……逃げ……」

  

「うおオォォーッ!」


「——ッ!?」


 今度は体全体を揺さぶるような強い衝撃が雷蔵を襲った。

 右手を斬り落とした浪人が起き上がり、満身創痍の雷蔵目掛けて体当たりを食らわせたのだ。


 雷蔵はその勢いのままに断崖絶壁から落下した。


「雷蔵さん!雷蔵さぁーんッ!」


 落下する最中、雷蔵の耳に最後に届いたのは、雷蔵の名を叫び続けるお正の声だった。

 

(……お正、さん……)


 その必死の叫びを耳にしながら、雷蔵は荒波渦巻く海原へと叩きつけられた。

 そして、その瞬間から雷蔵の意識はプツリと途絶えた。

 



 ————————



 

「あ〜あ…負けちゃったよ。残念だったね、風我雷蔵くん」


「——ッ!?」


 気がついたら、俺は何もない真っ白な空間にポツンと立っていた。


「悲しい幕引きだったねぇ〜。まっ、三人の刺客相手によくやったといったところだけど」

 

「……お前は、誰だ?」


 目の前には、金の装飾が入った白い着物を身に纏った娘が立っていた。

 腰まで伸びる金色の髪を靡かせ、宝石のような蒼い瞳をした娘だ。明らかに日本人の顔ではない。異国の人間か…?


「私は、そうだな……なんて言えば通じるか……キミの国で言うところの仙人や天狗に近い存在って言えば通じるかな?」


「仙人…?天狗…?……ここは、あの世なのか…?」


「違うね。私はキミの魂だけをこの空間に呼んだんだ。キミの肉体は重症を負っているからね。別の空間に移して今は治療中だよ」 

 

「魂を呼んだ…?別の空間…?何を言ってるのか分からないが、兎に角、俺が元いた場所に早く戻してくれ!俺の助けを待っている人がいるんだ!」


「……あ〜…それは気の毒だけど」


 娘が何もない空間を指でなぞると、指先の軌跡を辿るように無数の光の粒が宙を舞った。

 娘はその光の粒で宙に輪を描く。光の粒はやがて一つの光の塊となり、まるで水面のような鏡面が出現した。

 その鏡面の中に見慣れた光景が映し出された。さっき俺が突き落とされた断崖の光景だ。

 

「彼女は、もう…」


 映し出されたのは、お正さんの姿だ。

 俺が崖下に落ちてから直ぐ後の光景のようだが、お正さんはずっと崖下を覗き、俺の名を叫んでいる。

 すぐ後ろにはあの悪徳豪商が立っている。ヤツは勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべながら、銃口をお正さんの後頭部へと向けた。


「や……止めろッ!」


 乾いた音が、鏡面から響く。

 お正さんは頭から血を流し、その場に崩れるように倒れた。

 もう、彼女の口から俺の名を呼ぶ声を二度と聞くことはできなかった。


「——ッ!!? あ゛あ゛あアアァァ゛ァ゛ーッ!!」


「キミの護衛対象は、もう殺されてしまったよ」


 この娘が俺に見せたのは、お正さんが撃たれて息絶える瞬間の光景だった。

 そんな場面を見せられた俺の心は激しく掻きむしられ、この場でこのまま狂ってしまいそうだった。

 

「こんなの幻だ!現実である筈がないッ!」


「キミも心の奥底では理解している筈だ。用心棒であるキミが居なくなれば最後、彼女の身の安全は保証されないと」


「俺は…!俺はぁッ!」


 その場に膝から崩れ落ちる。後悔してもしきれない。あのとき飛び道具を警戒していれば…俺にも遠距離まで届く武器があったら……お正さんは、死なずに済んだかもしれない。


「哀れだねぇ……そんなキミに救いの手を差し伸べよう。」


「……なんだと…?」


「キミには、私の元いた世界に行ってもらう。そこはキミのいた世界とは違う奇妙奇天烈な世界でね……キミにはその世界で、私の残したとある遺物を探してもらうわ」


「遺物、だと…?」


「実を言うとね、私は随分昔に肉体を失ったのさ。何とか魂だけはこの魔法で作り上げた亜空間に繋ぎ止めることができたんだけど……失った肉体の復活には、現実世界に私が残したその遺物が必要になるの。キミには、それを使って私を復活させてほしいってわけ!」


「……それが俺に何の関係がある?」


「フフッ……私がもしも復活に成功したら…キミを元いた世界に返してあげる。それも、あの娘が殺される前の時間にね」


「何だとッ!?」


「うまくいけば彼女を救い出すことができる。悪い話ではないと思うけどね?」 


「……面妖な…そんな話を信じろとでも?」


「別に無理して信じなくてもいいよ。ただ、キミが協力を拒むなら、私はキミのことを助けない。撃たれた状態のキミをまた冷たい水底に戻すだけだし、彼女だって救わない」


「……俺には、他に選択肢はないということか…」


 目の前の娘が誰であろうが、何の目的があろうが関係ない。

 例え、わずかな可能性でも、お正さんを救える希望があるのなら、俺は何でもしよう。例えそれが、地獄の悪鬼に魂を売ることになったとしてもだ…


「分かった。お前の話、引き受けよう」


「話が早くて助かるよ!じゃあ早速…」


「だが、これだけは覚えておけ」


 俺は娘を睨み、言った。

 

「仮に俺がお前との約束を果たし、その遺物とやらを使ってお前を復活させたときに……俺との約束を反故にしてみろ……例え地獄の果てまで追いかけてでも、お前のことを必ず滅する…!」


「お〜怖っ!その点は心配無用だよ。キミのことを裏切るつもりはないし、キミの望みを叶えることも保証するよ。もっとも、それも私が肉体を手に入れて、本来の力が戻ったときに始めてできることだけどね」


「……それで、具体的にその遺物とは何だ?」


「フフッ……それはね」


 不敵な笑みを浮かべながら、娘はその名を口にした。


「聖遺物、クロノスの矛」


「……くろのす…?」


「時を司る力を持つとされる魔道具だよ。そのクロノスの矛で私の遺体を突き刺してくれたら、私の肉体の時間が巻き戻り、蘇ることができるんだ!」


 この娘の言ってることは一言一句全く理解できない。だが、やるしかない。

 

「……ただ、そのクロノスの矛が今どこにあるのかは私にも分からないから、まぁ頑張って地道に探してみてよ!」


 娘の言葉に、この旅がとてつもなく長い旅になりそうだという嫌な予感がした。

 

「あっ、そうだ。出立の前に旅に役立つ能力をキミの刀に付与してあげるから、その刀を貸して」


 俺は腰に差してある刀を鞘ごと娘に渡した。

 すると、娘は聞き慣れない言葉を呟き、手から青白い光を放った。

 やがてその光は刀に吸収されたが、刀自体に変化は見受けられない。


「役立つ能力を付与すると言ったが……何だそれは?」

  

「旅をする上で何かと便利な力をいくつか付けといたんだ。あ〜あとはオマケで、とある特別な力も付与しておいたよ!」


「特別な、力…?」

 

「そう。キミが今際の際に望んだ力を、キミの刀に、ね…」


「……俺が今際の際に、望んだ…?」 


「まあ、習うより慣れろってね!実際にそのときが来たら分かるよ!それじゃあ張り切って行ってみよう〜」


 娘がトンっと杖を床に叩くと、俺の真下に光の線で描かれた円形の文字列のようなものが現れた。

 やがてその光は激しさを増し、俺の体を包んだ。

 

「あっ、そういえば私の名前をまだ言ってなかったな。私の名前は、ルシール・ア——」


 娘が言い終わる前に、俺の意識は光に解けた。そして——


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