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碧色の眼、大鯨の行く島  作者: ささかま


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第六章 紅の朝

夜。


仮宿の中の間では炉の火が、低く沈んでいた。


トウマは、タマリの家から戻り、前の間に胡坐(あぐら)をかいたまま、戸口のほうをじっと見ている。


タマリの遺体(いたい)は、オムアンとバイロンの指示で、自宅に運ばれた。ラトゥが処置をするよう言いつけられていたが、マハリの処置で既に材料を使い切ったようで、明日ということになったようだ。


騒ぎになっていた村は、ようやく寝静まった。布の向こうで、外の風の音だけがしている。


* * *


高床(たかゆか)を上がる音で、トウマは目が覚めた。


シズリが戻ったのだ。トウマに声もかけず、中の間で炉の熾火(おきび)を吹いて火を大きくした。中の間が明るくなる。


「戻りました」


ようやく、シズリが口を開いた。困惑した様子で、(ふところ)を抑えていた。


「……遅かったな」


トウマが、そのただならぬ様子を見て、水差しを渡す。シズリは一気に飲み干した。髪が、濡れている。後頭部に、泥と落ち葉が絡んでいる。


「どうした」


「いえ……まず、これを」


シズリが、懐から、布包みを取り出す。結び目を、ほどく。


赤黒い塊が三つ。粉が布の端に散っている。それと、(のみ)が一つ。


焔石(えんせき)採掘場(さいくつじょう)が、森の奥にありました。最近の採掘の跡も残っています」


トウマが、炉に(まき)を一本足して明るくすると、布包みの上の石を眺める。


「そうか。誰かが掘り出しているわけだな」


「それなりの規模ではあるようです。そこに着いた時、誰かに背後から襲われました」


「なんだと」


(きり)の深い中、背中を一撃……。一瞬意識が飛び、相手はその間に去ってしまいました」


火が、爆ぜた。


トウマは傷を心配したが、シズリは打ち身だけだと首を振った。


「それよりも——そこから起き上がったのですが、今度は人に(つまず)いたのです」


「やった奴か」


「いいえ……」


「どうした」


「それが、マハリでした」


トウマは、目を剥いた。シズリは鑿を手に取ると、続けた。


「マハリが、足元にうずくまっていました。はじめ、生きているのかと驚いて……でも、死んでいました。気味が悪かったのですが、体を調べました。もう硬直(こうちょく)していて、体の下にはこの鑿が」


そういうと、シズリは鑿を布の上に置いた。


「マハリ婆は、家に寝かされていたのではないのか」


「誰かが動かしたのかもしれません」


「何のために」


「わかりません」


「……やれやれ、わけがわからん。こちらも事件があった。漁師(りょうし)のタマリが死んだ。潮見(しおみ)に行く習慣のあった場所から落ちたそうだ」


「習慣ならば、知らないものはいないでしょう。何か仕掛けられたのかもしれません。我々も三日……いえ、四日前、海に青い光が現れた夜のことですが、薬を盛られたように思えます。あの日は意識を失うように眠ってしまいました。誰かが、悪意を持って動いているのです」


「用心しよう。……結局トゥパラ族との交渉も立ち消えになっちまった。落ち着かん限り話もできん」


ため息をついて、続きは明日だ、と言い置くとトウマは前の間に行き、眠った。


シズリは中の間で、炉の火を眺めながらうとうとと、マハリ婆の茶色の目——焦点のあっていない目を、思い出していた。


* * *


朝の光が、台地(だいち)の上に、広がり始めた。


シズリはよく眠れずに朝を迎えた。トウマは前の間で、まだ眠っている。


起こさないように横を通り抜けると、シズリは外へ出た。


風が、生臭(なまぐさ)い。


いつもの(しお)の匂いではない。魚の腹を裂いたときの、生臭さ。水草が腐り始めたときの、湿った臭気(しゅうき)


異常を感じ、あたりを見回す。村人が数人、(がけ)(ふち)から海を見ていた。シズリも横に立つ。


赤い。


海が、一面赤く染まっている。


もう終わりだ、と誰かが言った。(あお)い目に涙が浮かび、そこには赤い海が映っていた。


* * *


村は、騒然(そうぜん)とした朝となっていた。


海が赤く染まる中、マハリの家では葬儀(そうぎ)が行われた。


トウマとシズリは、葬儀を途中で抜け、タマリの落ちた場所——(くじら)の背、と呼ばれる岩棚(いわだな)に向かった。


潮風(しおかぜ)が、下から吹き上げ、トウマはすえた臭いに顔をしかめる。


足場の石段(いしだん)は古く、縁が、丸くなっている。そのところどころに、削り痕(けずりあと)があった。


シズリが屈み、指を石の段差(だんさ)に当てる。


「隊長、新しく削られたように見えます。いえ、もう少し古いものも違う段に」


「おぉ、本当だな。そして、最後の段が欠けている。ここから落ちたら確かに」


トウマはそう言いながら、身を乗り出して崖下(がけした)を見る。入り江(いりえ)の端……マハリが倒れていたという場所は、真下だ。


「滑り落ちたか、突き落とされたか」


「この削り痕、幅が……深さも、揃っています。欠けた段は、削られて(もろ)くなっていたのでは」


「削り痕か。まさか、お前の拾った鑿は……」


シズリは、懐から採掘場で拾った鑿を取り出し、削り痕に当ててみた。


ぴたり、と合った。


まさに、その鑿で削られたことは、明白だった。


* * *


広場では葬儀を終えたオムアンや年寄りたちが、村人たちをなだめていた。


海が赤くなるのは昔もあった、マハリの死とは関係ない、と。


しばらく漁には出られない、貝もとってはいけない、と触れて回っていた。


村人たちは不服(ふふく)そうに、それぞれの家へ戻るようだった。


よそ者のせいだ、という視線(しせん)を感じながら、トウマとシズリも仮宿に戻った。


シズリが、炉の前で白い布を広げる。島の大まかな輪郭(りんかく)を、木炭(もくたん)で描く。南の入り江、崖道(がけみち)、鯨の背、採掘場、集落(しゅうらく)、祈りの火と広場。炭の欠片(かけら)で、線を足していく。


トウマは、黙ってその手元を見ていた。


さらに、シズリは一軒一軒の家に、住人の印をつけていった。


オムアンの家には白髪(しらが)の前髪の形、バイロンの家には四角く黒い布の形、片耳の裂けた老人の家には耳飾り(みみかざり)涙滴(るいてき)の形——。


長い時間をかけて、丁寧に書き込んでいく。


時折、トウマが住人の特徴や、家の場所を思い出すのを助けていた。


「カヨって女はどこに泊まっているんだかな」


「森か、オムアンが受け入れたのであれば、彼のところか、でしょうか」


シズリはとりあえず森に、測量具(そくりょうぐ)三脚(さんきゃく)を思わせる三角印を書き入れた。そして、マハリ婆の亡骸(なきがら)を採掘場にそのままにしてきてしまっていることに思い至った。


「マハリのことを、バイロンたちに伝えていませんでした」


「そうだな。騒ぎも収まったようだし、伝えて、埋葬(まいそう)するなりは彼らに任せる」


シズリは、マハリの家に(かゆ)(わん)の印を書き入れ、採掘場まで矢印の線を引っ張った。


さらに、入り江の端には、そこに倒れていたというタマリの印として魚の形を描いた。


その時、シズリは何かに気がついたように顔を上げた。


「隊長、一人足りません」


「誰だ」


「ソランです」


「それは誰だ」


「お忘れですか。港町(みなとまち)で漁師から聞いた、ここと行き来していた商人(しょうにん)です」


「おお、確かに。三月(みつき)かそこら来ていない、とか子供が生まれるから、とかいう話だったな」


「三月ごとに風が変わり、その二回分来ていない、ということだったかと。半年ほどですね」


「いずれにしろ赤子(あかご)だな。そうすると……ここだ」


トウマは、ゆりかごの印が描かれた家を指した。


* * *


トウマとシズリは、軽く携帯食(けいたいしょく)をつまんで仮宿を出た。


昼の時間をとうに過ぎており、広場には少し人が戻ってきている。


オムアンが、いつもと変わらずに、祈りの火の前に座っていた。


ラトゥはタマリの処置を終えたのか、疲れた様子でうつむきながら足早(あしばや)に歩いている。


遠くで、ナバリが(かま)を持ち、かごを背負って森へ入っていくのが見えた。


バイロンは、タマリの家の前でタマリの妻を(なぐさ)めている様子だったが、こちらに気づくとトウマの元へやってきた。


「昨日は話が途中になったさぁ。術に価値がある、という話だったと思うが」


「ああ。死者を操るというのは本当らしいな。シズリが、森の奥でマハリ婆にあったそうだ」


「いんや、それは……」


「死者を量産(りょうさん)しているのかしらんが、タマリは鯨の背の階段を削られて、そこが欠けて落ちたとみえる」


「ラトゥ!」


バイロンは、驚くほど大きな声を出し、遠くまで行っていたラトゥを呼び止めた。はっとした様子で、こちらに気づく。


「マハリ婆のことを説明させるさぁ。それと、鯨の背はわたしも見た。確かに削られておったよ。誰がやったか、みな(おび)えとる」


バイロンがラトゥを手招きした。ラトゥは、おずおずとやって来る。


「は……はい」


「ラトゥ、この人らは森の中でマハリ婆に会ったと言っとる。なぜなのか説明せい」


「あぁ……、俺が連れて行った。しきたりだから」


ラトゥが短く答える。


どういうことだ、とトウマがたずねようとしたのを見て、バイロンが後をひきとった。


「マハリ婆は、一人で暮らしとったんさぁ。だから、家で長くは暮らさない。他の死者もある期間を家族と暮らしたら、森に連れて行くのが習わしなんさぁ」


「森で、どうする」


トウマが聞いた。


「そのままさぁ。しばらくして、森に還って祖霊(それい)になるんさぁ」


もう行っていいか、とラトゥが聞く。バイロンが頷いた時、シズリが口を開いた。


「あの、ソランという人を知りませんか」


バイロンとラトゥが、顔を見合わせた。バイロンが答える。


「このラトゥの幼馴染(おさななじみ)で兄弟同然さぁ。商売に行ったっきり帰ってきとらん」


「ど、どこかで会ったのか。半年前にいなくなって……ルアが生まれたってのに」


ラトゥが、ミナと呼ばれていた女の家の方を向いた。地図で、あのゆりかごの印を描いた家だった。


「いえ、港町のティハラで漁師から聞いたんです。いつも来ていたのに最近来ない、と。半年来ていないそうです」


「大変さぁ、ミナに知らせんと」


バイロンが、駆けだした。ラトゥも後を追う。


トウマとシズリは、二人の後ろをついてミナの家に入っていった。


* * *


ミナは、碧い目を腫らして泣き崩れていた。(かたわ)らのルアと呼ばれた赤子は、突然現れた大人たちのただならぬ様子に、色の違う両目を不安そうに泳がせながら、こちらも今にも泣きだしそうだ。


「まだ帰ってこないと決まったわけじゃないさぁ。この人らが漁師から聞いただけなんさ」


バイロンがなだめるが、ミナは感情のままに声をあげて泣いていた。ついにルアもぐずり、泣き出した。見かねてラトゥが、ルアを抱き上げあやし始める。シズリは、ミナに水を渡す。


「しばらくはだめさぁ。とんでもない話を持ってきてくれたんさ、あんたらは」


バイロンは、あきれ顔で言うと、前の間から外へ出て、高床の段のところに腰かけた。


トウマも外へ出る。


「わたしらは、ソランに商い(あきない)をまかせておった。行ったっきり戻ってこんから、仕方なく別の者に行かせようとしておったんさ」


バイロンは、ため息交じりにそう言った。


「焔石もソランか?」


首飾り(くびかざり)や耳飾りはそうさぁ、他は商会(しょうかい)がやって来る。それに焔石を渡している」


「取引している商会は?」


「タガネ商会いうんさ」


「カヨというのは、そこの女か?」


「そうさぁ。ヤジマいう(かしら)が、次の船までここに残してほしいと言ったんさ」


家の中で、赤子の声が止んだ。ルアは眠ったようだ。ミナの泣き声も小さいすすり泣きへと変わっていた。


ラトゥが疲れ果てた様子で出てきた。ルアは前の間に寝かされている。次いで、ミナがシズリに連れられて出てきた。


全員が高床の段を降りる。ミナが、しゃくりながら話し始めた。


「夫は……商いに行く頃は少しおかしくて。もうすぐ子どもが生まれるから、わたしも落ち着かなかったんでそれどころじゃなかったんですけど、もっと話を聞いておけば——」


また泣き始めたのを、シズリが背をなで落ち着かせ先を促す。


「おかしかったというのは?」


「それがこの島を守りたい、とか、私に字を習え、とか突然言い出したり。あとは夜突然家を出て、しばらくして帰って来るとか」


「字を習え、というのはなぜ?」


「わかりませんけど……夫は、ソランは読み書きができたので。商いもそれでやりやすかったようです」


「いなくなったのは、半年前?」


「はい。いつものように港町のティハラに向かうといって、荷を担いで行きました」


「船は入り江から?」


「ええ、漁の小舟で行くときもあれば、港町からの船を寄越してもらう時もありました。でも、その日はどちらだったのかわかりません。いつもより少し早く家を出ましたけど、覚えているのはそれだけです」


「そう……」


シズリは、何かを考えこんで黙ってしまった。


トウマが後を続ける。


「三月ごとに行き来していると聞いたが、そうか?」


ミナが頷く。


「では、この前戻ってこない時は、どうしたんだ」


「その時は、風が変わって何日待っても来ないので、落ち着かない日々を過ごしました。夫は、もし自分が外にいる時に何かあったら、入り江の風穴(かざあな)に石を置いて、それをト・マクラにすればいいって。たぶん友達のラトゥをタウ・パラにしたくなかったんだと思います」


また、ミナが泣き始めた。家の中で、ルアも起きて泣き始めてしまったようだ。ミナが慌てて高床の段を上り、家へ戻っていった。


すでに夕方にさしかかっていた。


トウマたちは海の様子を見に行ってから、解散となった。


海は依然として赤く、夕暮れの太陽に照らされてなお一層赤かった。


シズリはずっと考えこんでいる。トウマは、戻るぞ、と声をかけて仮宿へ足を向けた。


「隊長。気になることがあります。森へ行きましょう」


「どうした」


「いえ……まずは、採掘場へ。マハリもどういうことだったのか、この目で確認したいのです。今は幸い霧も出ていません」


「わかった」


トウマは腰に差していた幅広の短剣(たんけん)をぽん、と叩いて森へ方向を変えた。


* * *


「ここです、隊長」


シズリは、トウマを採掘場まで連れてきた。昨日は霧が深かったが、今は地形が良くわかる。


マハリの遺体は、シズリが見た時と同じ場所に、同じ様にうずくまった姿勢で倒れていた。()ち始めているようだが、虫はたかっていない。


採掘の跡に、昨日拾った鑿を当ててみるが、ぴたりとは合わなかった。


「この鑿は、鯨の背を削るのにつかわれたのでしょうが、焔石の採掘とは違うようですね」


「そうだな」


トウマはあたりを見回した。シズリの言ったように、採掘場は広くはない。だが、掘られた跡をみるとそれなりの量だ。南の入り江の階段を使って運ぶのは、日々相当な人数がいるだろう。


——ふと、採掘場の隣にも、少し森が開けた場所がある様子を見つけた。


シズリが先へ行く。トウマも後を追った。


生い茂る草木を分け入ると、そこは少しだけ高台(たかだい)になっており、欠けた白骨(はっこつ)や、朽ちた骨が落ちていた。ほとんどが土に埋もれていたりしており、異様(いよう)な光景なはずなのだが、不思議と静謐(せいひつ)に感じる。


「おぉ、墓か、ここは」


トウマが瞠目(どうもく)している。


「人の出入りは少ないようですね。採掘場は普段人が出入りしている様子でしたが」


あたりの草木を見ながらシズリがいう。徐々に夕闇(ゆうやみ)が迫っており、森の中は薄暗(うすぐら)かった。


「そうだな。気になると言っていたのは、これか」


「いいえ、もっと奥、北です」


シズリはそう言うと、埋まりかけている白骨を一瞥してから、行き止まりになっていることを確認し、一度採掘場へ戻った。そこから先、どんどんと森の奥へ入っていく。トウマが後を追う。


「おい、何を探してる」


「隊長、ここは通りやすい道になっています。焔石のかけらも落ちています」


シズリは、速足(はやあし)で薄暗い森の中を歩く。確かに、足元での時折ざらっとした感覚に、トウマも気がついていた。


その先、森が終わっていた。切り立った崖に当たると木々は無く、開けた海が広がる。夕焼(ゆうや)けを映し赤い。


奥の方にうっすらと陸の(かげ)が見える。港町ティハラだろうか。そちらの海は、暗くて見えづらいが、青さを保っているようだ。


「下を見てください」


シズリが、崖の先をのぞき込んでいる。


トウマも、しゃがみながら、落ちないように身を乗り出した。


「あれは……焔石か」


焔石が崖下に落ちて積み重なり、波に洗われていた。相当な量だ。


「ここから落としているのです。それが、ティハラからサトまで運ばれているのでしょう」


「そうか。南の入り江は使われていないのだな」


「いいえ」


シズリの言葉に、トウマが身を起こす。


「どういうことだ」


「南からは、村での了解を得た者たちが交易(こうえき)をしているのでしょう。そういう話を、バイロンと隊長がしていたのを聞いたのですが。こちらは、おそらくそうではないかと」


「つまり、仲間割れか裏切り(うらぎり)だと」


「はい。村人であれば、見当がついています。ですが、よそ者の可能性も、まだ」


「戻りがてら教えてくれ。あとは、カヨを見つけて話を聞くか。測量(そくりょう)をしていたくらいだ。ここでの焔石積み出し(つみだし)は知っているだろう」


もう日は沈みかけていた。海は一層赤く照らされ、森に影を落としている。


トウマとシズリは、その風景を背に木々の暗がりに戻っていった。


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