天間明の過去 その3
また寂しい三百六十四日が始まった。
明が家族と一緒に住めない原因がおじいちゃんとおばあちゃんにあることを薄々わかってきたので、二人とあまり話さなくなった。
何で自分が両親と一緒に住めないのか、二人に問い詰めることもしばしばあった。
「明は天間家の大事な跡取りだから」とおじいちゃんはいつも同じことを言う。
そんなこと知らんわ、と明はいつも思っていた。
そんな日々を過ごして、やっと待ちに待った元日が来る三日前の十二月二十九日に、おばあちゃんが話しかけてきた。
「明はお母さんとお父さんと一緒に住みたいか?」
さりげなさを装って、おばあちゃんは聞いてきた。
明の目をじっと見つめながら。
「住みたい。東京に行きたい」
明がそう言うとおばあちゃんはふうと息を吐いた。
「やっぱりそうやな」とおばあちゃんは軽い感じで言った。
でもそう言うおばあちゃんの顔はとても寂しそうだった。
大晦日の日におじいちゃんとおばあちゃんの前に明は正座をさせられた。
そして厳かにおじいちゃんが話し始めた。
「明は明日お母さんたちと東京に行きなさい」
それは明がずっと待っていた言葉だった。
それを聞いた瞬間、背筋が三センチ伸びるようなショックと、頭がふっと軽くなったように感じた。
「僕、東京行ってええの? いつまで行ってええの?」
おじいちゃんは渋い顔で言う。
「大人になるまで帰ってこなくてもいい。帰ってきたくなったら帰ってきなさい。ただし、明の苗字は天間のままだ。家族と苗字は違うことになるけどそれは我慢しなさい」
苗字なんて明にとってはどうでもいい事だった。
やっと家族と一緒に住める。
明はお母さんの温もりを思い出していた。
お父さんの優しそうな顔を思い浮かべた。
鈴音との楽しい会話と五十鈴の可愛らしい顔を思い出した。
自然と明は笑顔になった。
嬉しくて仕方がなかった。
心が温かくなって、このまま空に浮かびそうな気分だった。
「良かったなあ、明。良かったなあ」
そう言いながらおばあちゃんは何だか泣きそうな顔をしていた。
そのおばあちゃんの顔を見て、おばあちゃんともうめったに会えなくなるんだなと明はやっと気がついた。
おじいちゃんもおばあちゃんも明に優しいのだ。
二人からの愛情を感じていたので、明も二人のことを嫌いにはなれなかった。
でもやっぱり明は家族と住みたかった。
お母さんと一緒に住みたかった。
おばあちゃんは明のために荷造りをしてくれた。
八畳の部屋にはタンスしか置いていないので、とても広い。
明の寝室だ。
押入れからおもちゃ箱を取り出し、おばあちゃんは懐かしそうに見ていた。
「これは明の宝ものだから持って行くかなあ」
「この服はもう着れないから置いておこうかあ」
そんなことを言いながらおばあちゃんはバッグに荷物を詰め込んでいく。
明は黙っておばあちゃんの背中を見ていた。
次の日の元日は興奮して眠れなかったため、明は寝不足だった。
でもお母さんたちが到着すると、明の目はパッチリと開いた。
一年ぶりに会ったお母さんは、明を見ると笑顔で頷いてくれた。
五十鈴は鈴音に手を引かれて、危なっかしく歩いていた。
お父さんが初めて明のことを見てくれた。
このときの明の気持ちは、記憶が混乱していて良くわからなくなっている。
とても嬉しかったはずだった。
一年ぶりに会った家族との再会が嬉しくないはずがない。
ただ明の力がこの後の悲劇を感じ取っていたはずなのである。
この日、明は初めて実の親と家族の一員として一日過ごしている。
たった一日だけの家族の団欒。
この日の東京での帰り道、交通事故で明と五十鈴を残して、家族は逝ってしまった。
そのときの記憶が明には全くない。
しかも何かとても大事なことを忘れている気がしてならなかった。
ともかく予知の力を取り戻さないといけないと言う強烈な思いが明を襲っていた。
強迫観念に近いほど、予知の力を求めて止まなかった。
なぜだかわからないが、予知能力を取り戻さないと生きている意味がない気がした。
交通事故の日、明は五十鈴を庇うように抱いて、運転席の後部座席で右足を潰されていた。
高速道路で反対車線から、対向車が急に飛び出してきたのだ。
トラックの居眠り運転が原因だった。
一瞬の出来事で避けようのない事故だった。
「五十鈴しか助けられへんかった」
明自身は覚えていないのだが、病院でうわ言の様にずっと明は言っていたという。
本来なら避けようのない事故だが、明は知っていたはずなのである。
なぜ事故を防げなかったのか。明はそこらへんが良くわからない。
記憶が完全に欠如していた。
その記憶とともに、予知の力もなくなっていた。
結局、明は東京に行くことが出来なかった。
明は大阪に帰り、五十鈴は東京の父方の祖父たちに引き取られたのである。




