天間明とヨガの出会い その1
井の頭公園を明と五十鈴は散歩していた。
井の頭池のベンチに座り、満開の桜の下でスワンボートに乗ってはしゃぐ兄弟を眺める。
「いいところやな」
明は桜の木を見上げ、それから隣に座る五十鈴を見た。
五十鈴と会うのは久しぶりである。
明は中学生になると、長期休みのたびに、おばあちゃんからお金をもらって東京に遊びに来てたが、三年前に就職してからあまり来ていなかった。
「うん、とても気に入っている。子供を育てるにも吉祥寺はとてもいいと思う」
五十鈴はそう言って、幸せそうな顔でお腹をさすっていた。
妊娠三ヶ月だと明は聞いている。
「二十歳で結婚かあー。早いなあ。しかも出来ちゃった婚やもんな」
「いいの。結婚する気だったし、子供は早く欲しかったから」
五十鈴はそう言うとにっこりと笑っていた。
「まあ、榊原君だから俺も反対はしないよ」
「もう籍は入れてるから私も榊原だよ」
「ああ、そうか。太郎君だっけ? 彼は良いやつだな」
「そうでしょう」
五十鈴は満面の笑みを浮かべた。
とても幸せそうで、明が知っているいつの年代の五十鈴より、今が一番輝いて見えた。
両親がいなくて寂しい思いをした分、五十鈴の家族を持ちたいと言う思いはとても強い。
その夢が叶おうとしている。
五十鈴の幸せそうな顔を見ていると、明ももう少し自分のために人生を使っても良いかなと思うようになった。
明はいま代議士の秘書をやっていた。
いわゆるかばん持ちである。
明の祖父は明を政治家にしたかったらしく、祖父の力で明を強引に秘書に採用させたのである。
今の時代、かばん持ちをしていたからと言って政治家になれるとは思えなかったのだが、別にしたい仕事があるわけでもないので、明は素直に働いていた。
明が仕える代議士はまだ若く活動的で、その分、明も忙しかった。
秘書は二人いたのだが、明は独身と言うこともあり、何かと便利に使われていた。
早朝出勤や残業は当たり前で、地方訪問や地域視察などで付き添うことが多く、時々自分が秘書ではなく車の運転手なのではないかと思うこともあった。
明は別に政治家になりたいという想いはなかったが、秘書と言う仕事自体は気に入っていた。
誰かのサポートをするというの思ったより性に合うみたいだ。
人が何をしたいかを察知して、相手が不自由なくするのが楽しいのである。
そういった性分のためか、明はけっこう代議士の先生に気に入られていた。
今のままでも十分なのだが、何だか少し違う気もする。
人生はどう生きるべきなのか、正解などはわからない。
まだ出ていない迷路の出口がいくつも残っている感じがする。
正解の出口にいる気もするし、他の出口から見た景色を見たい気もする。
それに明の場合、幼少期からあるもやもやした気持ちを解消したいという思いがある。
失った力を取り戻さないといけないと思っていた子供時代の強烈なあの想い。
大人になるにつれてだんだんと薄れてきたが、まだシコリのように心に残っている。
それは両親と鈴音の死が絡まる、とても痛いシコリだ。
「俺も東京に住もうかな」
明はふっと心から出た思いを口にしていた。
「お、いいじゃん。おいでよ。近所に住もう」
「そうしようか。仕事ばっかりで疲れたし、それにそろそろ本気で力を取り戻す努力をしたい」
「力って予知夢?」
「そう。五十鈴はまだ見たことない?」
「私はないよ」
「お姉ちゃんも見れたし、俺も子供の頃は見れたから、五十鈴もそのうち見ることがあるかも知れんで」
「ふーん。予知夢か。それだと変な夢見たら心配しちゃうな」
「それもそうやな」
次の日に明は五十鈴のウエディングドレス姿を見届けて大阪に帰ると、丸二日真剣に考えた後、東京に引っ越す準備を始めることにした。
まずはおばあちゃんに仕事を辞めて東京に行きたいと願い出る。
祖父が生きていたらとても許されなかっただろうが、去年の夏に祖父は脳梗塞で亡くなっていた。
「もうそろそろ明は自分の好きなように生きなさい」
おばあちゃんはそう優しく言ってくれた。
おばあちゃんをこの広い家に一人残していくのは忍びなかったが、お手伝いさんもいるし、まだまだ元気で足腰も丈夫なので、五年くらいは好きにさせてもらおうと思った。
代議士の先生に惜しまれつつ、明の離職願いは受け入れられた。
代わりの人が見つかり、作業の引継ぎを終えると三ヶ月ほど経っていた。
そのため明が東京の武蔵野市に引っ越して来た頃には、セミが元気よく鳴いていた。




