第三章 そもそも写楽(写楽の研究Ⅰ)〈6〉
いいかげん佳純の即興ミニコントに辟易した私は肩をすくめるとまどかクンへ紹介した。
「今さらだけど、そいつはおれの妹で佳純。かえるころには忘れてくれ」
「なにそれ? 失礼な。……柏木佳純です。どぞ、よろしく~」
私たちへたいする数々の無礼を棚にあげて、佳純がまどかクンの肩をもみながら破顔した。ついで佳純にも彼女を紹介した。
「で、そのコは松本まどかクン。タレントする前から画廊めぐりを趣味にしてる」
「松本まどかです。……その、よろしくおねがいします」
まどかクンも佳純へおそるおそる会釈した。あんまりよろしくされたくないようすではある。
「こんなかわいいコにお見舞いきてもらえるなんて、お兄ちゃん果報者だね。……ありゃ? でもどうしてお兄ちゃんがケガしたこと知ってたの?」
「それは華響院のバカが……」
「まどかちゃん、華響院さんともお友だちなんだ? でもどうして華響院さんがまどかちゃんへお兄ちゃんがケガしたことつたえたわけ? おやおや? やっぱりふたりはただならぬ関係……」
「わかった。さいしょからきちんと話してやるからだまってきけ」
これ以上まどかクンがからかわれるのを不憫と思い、私は佳純へ高梨伽耶の写楽絵の一件を説明した。
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「なるほど、そう云うわけか」
ひとしきり私の話をききおえた佳純がしずかに得心した。ちゃっかり、まどかクンのもってきたミルクレープに舌鼓をうちながらおかしなことをつぶやいた。
「それで点と線がつながったわ」
「なんだそりゃ?」
点と点がつながって線になるなら話はわかるが、点と線がつながってもただの線だ。
「お兄ちゃんがドデカップさんちの火事についてきいてきたこと。いつのまに巨乳好きのミーハーへなりさがったのかとあきれてたけど、そうじゃなかったのか。……よかったね、まどかちゃん。お兄ちゃん、巨乳好きじゃないって」
「なっ!?」
佳純のキラーパスに思わず動揺したまどかクンが起伏にとぼしい部分を手でかくすと無関係の私をにらみつけた。とばっちりをさけるべく私もあわてて目をそらす。
「あと、お兄ちゃんをケガさせたピッキング犯とドデカップさんちのまわりを徘徊してた不審者が同一人物かもしれないって話? 捜査するには根拠が弱いかな?」
「おれも信じちゃいないよ」
私は管轄もちがえば捜査権限もない警察組織の末端に同意した。
「でも今あそこの焼けあと大変らしいよ」
「どう云うことですか?」
まどかクンの問いかけに佳純がこたえた。
「ニュースで報道されたから住所バレちゃってんじゃん。ドデカップさんちの実家だったってんでファンとかヤジ馬が見にきてるんだって。立ち入り禁止なのに焼けあとを物色してるおっさんがいるって通報があったり」
「ひどい……」
「そう云うのをファンって云うかな?」
「ドデカップさんの生活の一部だったなにかをほしがったりとかするのかな? いやはやイカレた連中のかんがえることなんてわからんわ」
佳純がそう云いながらマグカップの液体をすすった。中身は彼女が持参し、ここへくるまでに半分空けてきたテキーラだ。ミルクレープを肴にテキーラをすする佳純の舌こそイカレている。
「ほいで? ドデカップさんの写楽絵はホンモノだったらいくらくらいすんの?」
「〈第1期〉の作品なら重文(重要文化財)指定は確実だし、数億の値がつくはずだけど、〈第2期〉の作品だから、さすがに億はつかないかな?」
「8千万くらいですか?」
「そのくらいはいくかも」
まどかクンの提示した数字にうなづくと佳純が天をあおいだ。
「い~な~。あ、でもそしたら、焼けあとにマンション建てられるんじゃない?」
「不謹慎だぞ、佳純」
私は高梨伽耶のワイドショーネタを茶化した酔っぱらいをしずかにたしなめた。警察官でなくとも人が亡くなった事件で軽口をたたくべきではない。
「あ~、……ごみん」
おどけた口調であやまる佳純がすこしヘコんだ表情をかいま見せた。日ごろから天衣無縫と云うか豪放磊落と云うか傍若無人な佳純だが、ゆえなく他人を誹謗中傷する女ではない。酔いにまかせた失言とは云え、自分を恥じていた。
「そう云えば、写楽のペンネームって「しゃらくせえ!」をもじったんでしょ?」
佳純が内心気をとりなおすべく話題をかえた。私もそれに気づかぬふりで話にのった。
「ただしくは画号な。歌舞伎役者の顔をヘンにおもしろおかしく描いたからとか解釈はいろいろだけど「しゃらくさい」から写楽ってのはどうかな? そもそも、なにが「しゃらくさい」のか意味わからん」
奢侈禁令で当時の庶民をしめつけていた寛政の改革にたいする反骨心なんて解釈もできそうだが同意はしかねる。
よしんば、写楽と云う画号に寛政の改革への反発があったとしても、それは写楽本人ではなく、版元である蔦屋重三郎の気概であったはずだ。
「東洲斎写楽画、写楽画って落款はありますけど、写楽斎って落款はないです」
「落款……てサインのことか」
まどかクンのきまじめな補足に佳純がひとりごちた。




