第三章 そもそも写楽(写楽の研究Ⅰ)〈5〉
言葉や態度とはうらはらに本気で私のことを心配してくれていたであろうまどかクンにはもうしわけないが、あまりのバカバカしさに私は思わず小さくふきだしてしまった。
「ちょっと! なにがおかしいんですか!?」
涙目でこちらを見すえるまどかクンがまじめであればあるほど滑稽さがきわだち、私はこみあげてくる笑いをおさえきれなくなった。
「ぷっ……いや、ごめん。だけど、おれからメールきた時点で、華響院のウソだって気づかないもんかな? ぷふっ」
「なっ!? ……サイッテー!」
私の言葉でおのれの不覚をさとったまどかクンが、その羞恥から華響院へむけるべき怒りの矛先を眼前の私へと転化した。ひらたく云うと、やつあたりである。
ぐるりをざっと見わたしたまどかクンが、私の折りたたんだふとんから半分ほど頭をだしていた枕をひきぬくと、私へ投げつけた。
もちろん、ふだんの私ならあえかな女子大生の枕投げごときでダメージを負うことはない。しかし、ギプスをしているとは云え、骨折ほやほやの腕へ枕が直撃するダメージはすくなくない。
「がっ……!」
腕に強烈なしびれがはしり、私は思わずその場へたおれこんだ。いきおいで私へ枕を投げつけたまどかクンも過剰な私の痛がりようでわれにかえる。
「え? ちょっと……」
私としてもまどかクンの前でここまで痛がるさまを見せたくなかったが、不意打ちには対処できなかった。声を殺すのが精一杯だ。
「あっ痛……、瀕死とかじゃないけど、骨折はマジだから……」
なんとか冗談で済ませたかったが、それ以上、言の葉をつぐことができなかった。ギプスでかためられた腕をおさえてたおれこむ私のもとへまどかクンがにじりよる。
「ごめんなさい! つい……」
心配げに私を見おろすまどかクンの長い髪が私の頬へはらりとこぼれおちた。甘い香りが鼻腔をくすぐり、私は場ちがいに動揺した。そんな私の動揺を察したのか、私と目のあったまどかクンの頬が心なしか紅潮したように見えた。
「友紀さん……」
吐息にも似た言葉がまどかクンの口からもれると彼女の顔が私の顔へゆっくりとちかづいてきた。私の心拍数が急激にはねあがり、まどかクンの体温が真夏の太陽みたいにじわじわせまってくる。まどかクンがしずかにまぶたを閉じたその時……、
「ちわ~! 警察で~っす! もうかりまっか~!?」
「ひああああっ!」
ききおぼえしかない無粋な声がふたりの世界を土足で蹴散らかした。部屋へ乱入してきたのは麻布署勤務のミニスカポリス・柏木佳純、わが愚妹である。
悲鳴をあげてとびあがったまどかクンとフリーズした私の姿を佳純がからみつくような目つきでなでまわした。
「おやおやおや? お兄ちゃんもすみにおけませんなあ。サタデーナイトフィーバーっすか?」
「かっ、佳純!? おまえ酔ってるのか!?」
玄関でゆらりと靴をぬいで部屋へあがってきた佳純が台所のシンクにある洗面器とタオルをロックオンしてにんまりほほ笑んだ。
「な~に~、お兄ちゃん? ちゃあんと身体ふいてくれるカノジョいたんじゃ~ん」
「かかか、身体とかふいてないし、べつにまだ彼女じゃないし!」
佳純のセリフに身おぼえのないまどかクンがゆでダコのようにうろたえた。私もまどかクンの名誉を守るべく反駁した。
「身体は自分でふいとる。彼女はお見舞いにきてくれただけだ」
「座卓にはさほど手のつけられていないケーキとお茶。ふとんはまだしかれてない。……こんな若くてかわゆいコが、こんな時間にわざわざお兄ちゃんのお見舞いねえ……?」
うたがわしげに室内をねめまわす佳純の視線がハエのようにまどかクンのところでとまった。
「あれあれあれ? ねえ、ひょっとしてあなた、石河原さとみと一緒に柔軟剤のCMでてるコじゃない?」
「……ええ、そうですけど」
おずおずとこたえたまどかクンに佳純のボルテージが一気にはねあがった。
「うっそ~! お兄ちゃん、タレントとつきあってるの!? くっは~、奥手のへなちょこ甲斐性なしだと思ってたのに、若手ホープの新人タレントにツバつけてるなんてやるじゃん! エロい! エロいよ、お兄ちゃん!」
「だから、ちがうと云っとろうが!」
馬耳東風で私の抗議を完全スルーした佳純がまどかクンの前へ正座して居住まいをただすと、畳に三つ指をついて深々と頭をさげた。
「とんだふつつか者ではございますが、どうぞすえ永くお兄ちゃんのことをよろしくおねがいいたします」
「ええっ!?」
「ふつつか者はおまえだ」
私は兄のために一分の隙もない完璧な土下座を決める愚妹の身体を足でぐいっとけころがした。
「あうっ!」
まぬけな声をあげて横ざまにころりとたおれた佳純がゴキブリのように機敏な動作でまどかクンのうしろへかくれた。
「DVよ、DV! これが世にきくドドメスティック・ヴァイオレンスってやつね!? あなたもこんな男とつきあってたらDVされちゃうわよ!」
「……はあ」
「おまえはおれをどうしたいんだ?」




