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暴走転生勇者を最強監視者が必殺しちゃいます。〜罪は世界を選ばねえ〜  作者: がお


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【7話】アイドルの勇者

四月某日、午前九時。

営業部の空気が、少しだけ浮ついている。

総務が案内する。

「本日付で配属になりました、新入社員です」

拍手。

前に立つ青年は、やけに爽やかだった。

髪はきっちり整えられ、 笑顔も角度が決まっている。

山城やましろです! 精一杯頑張ります!」

声が明るい。 通る。

課長が満足そうに頷く。

「いいわねぇ〜、華がある」

視線が正義に向く。

「正義ちゃん、教育係お願いね」

間髪入れない。

「今期はあなた余裕あるでしょ?」

余裕。

数字は3。 期待値も3。

断る理由はない。

「……承知しました」

山城が深く頭を下げる。

「よろしくお願いします!」

昼休み。

正義が資料の説明をしている横で、 山城のスマホが震える。

画面が一瞬見える。

ロック画面。

女性アイドルの笑顔。

背景いっぱいに。

正義は淡々と説明を続ける。

「顧客管理はこのフォーマットで――」

山城が食い気味に言う。

「あ、すみません! 今、推しの配信始まってて!」

悪びれない。

「今売り出し中なんですよ、“ルミナ・ステラ”ってグループのセンター!」

正義は止まる。

「仕事中だ」

「すみません! でも今日、重大発表なんです!」

目が本気だ。

「デビュー半年で武道館って噂で……いやマジで伝説になる瞬間かもしれなくて!」

伝説。

正義は資料を閉じる。

「昼休みは自由だ」

山城は嬉しそうに笑う。

「ありがとうございます!」

イヤホンを差し、 画面を見つめる。

その目は、営業資料を見るときより真剣だった。

午後。

電話応対。

山城は噛む。 言葉に詰まる。

だが――

「今の子、可愛いよな」 「感じはいい」

先輩たちは笑う。

課長が囁く。

「ね? ああいう子は可愛がられるの」

正義は資料を修正している。

山城のミスの部分だ。

「売れる顔は守られるのよ」

甘ったるい声。

「会社もね、アイドル商売と似てるの」

キーボードの音だけが、静かに響く。

夕方。

山城が声を弾ませる。

「正義さん! 推し、武道館決まりました!」

満面の笑み。

「努力は報われるんですね!」

正義は一瞬だけ、視線を上げる。

努力。

報われる。

その言葉が、わずかに引っかかる。

その時、パソコンにメールが入る。

パソコン画面が、静かに明滅する。

黒。

文字だけが浮かぶ。

【監視指令】

場所:地球【日本】

対象:アイドルの勇者

罪状:私怨による暗殺計画

状態:監視継続

執行:保留

正義の指が止まる。

抹殺ではない。

まだ――

審議中。

画面の端に、小さく追加表示。

【対象感情値:不安定】

【殺意発生確率:上昇中】

光が消える。

オフィスの蛍光灯だけが残る。

背後で山城の声。

「推しは絶対に裏切らないんですよ!」

正義は目を閉じる。

数字では測れないものがある。

だが――

感情は、時に刃になる。


次の瞬間。

画面が、もう一度だけ点滅する。

新たな枠が表示される。

【追加指令】

一瞬。

文字列が流れる。

正義の目が、わずかに細くなる。

そして――

ほんの僅かに、眉をしかめた。


業務終了後。

正義は静かに席を立つ。

「お先に失礼します」

誰も気に留めない。

向かうのは都内の大型スタジオ。

人気音楽番組の収録日。

スポンサー欄の末尾に、自社の名。

それだけで入れる。

裏口。

搬入口。

腕章を受け取る。

「制作補助」

人は肩書きしか見ない。

廊下は熱気に満ちている。

照明の匂い。

コードの束。

怒号と秒読み。

モニターに映る。

“ルミナ・ステラ”。

センター。

星 琥珀。

笑っている。

完璧だ。

角度も、声も、視線の運びも。

光の中心に立つ人間の動き。

だが。

曲の中盤。

隣に立つ二番手へ、視線が滑る。

ほんの一瞬。

0.5秒にも満たない。

笑顔のまま。

目だけが、凍る。

冷たい。

まるで、値踏みするような。

カメラが寄る。

琥珀は即座に表情を戻す。

何事もなかったかのように。

歓声が上がる。

曲が終わる。

深々と礼。

完璧な所作。

袖に引いた瞬間。

笑顔が落ちる。

無表情。

ほんのわずかに、唇を噛む。

誰にも見せない角度。

正義は壁際に立ったまま、それを見る。

監視。

接触はしない。

まだ。

そのとき。

琥珀が顔を上げる。

視線が交差する。

一瞬。

長い、一瞬。

営業用の光とは違う目。

探るような。

試すような。

そして次の瞬間には、

アイドルの笑顔に戻っている。

スタッフに囲まれ、消える。

蛍光灯の白い光の下。

正義は小さく息を吐いた。

――閉じ込めている。

怒りか。


収録終わり。

廊下は慌ただしい。

機材が運ばれ、スタッフが怒鳴り合う。

正義は腕章を外し、ポケットに入れる。

肩書きはもういらない。

楽屋前。

「関係者以外立入禁止」

ノックはしない。

扉を押す。

中は静かだった。

鏡前のライトが、白く並ぶ。

星 琥珀は、椅子に座ったままこちらを見る。

化粧は半分落ちている。

ステージの光は、もうない。

素の顔。

「……スタッフさん?」

声は低い。

営業用ではない。

正義は扉を閉める。

「復讐するなら、やめておけ」

空気が止まる。

数秒。

琥珀のまばたきが止まる。

それから、ゆっくりと立ち上がる。

「……何の話ですか?」

静か。

だが、背筋が張り詰めている。

正義は視線を逸らさない。

「事故は、事故で済まない」

琥珀の指先がわずかに強張る。

「あなた、誰?」

問いは鋭い。

「どうして、そんなこと……」

一歩、距離が詰まる。

目が変わる。

さっきステージで見た、あの冷たい目。

「どうして、それを知ってるんですか?」

声が震えている。

怒りか。

恐怖か。

それとも――見透かされた焦りか。

鏡越しに、二人の視線がぶつかる。

正義は答えない。

ただ言う。

「引き返せるうちに、やめろ」

琥珀の唇がかすかに歪む。

笑っていない笑み。

「……あなた、何者?」

楽屋の外で足音がする。

誰かが近づいている。

琥珀の目が揺れる。

「答えて」

今度は懇願に近い。

強がりが、ほんの少しだけ剥がれる。

正義は一歩も動かない。

「復讐したら――斬らないといけない」

低い声。

断定。

脅しではない。

事実として。

琥珀の瞳が揺れる。

「……斬る?」

「勇者は例外じゃない」

その言葉に、空気が変わる。

琥珀は数秒、黙る。

やがて、ふっと力を抜いた。

「……やっぱり、知ってるんだ」

椅子に腰を落とす。

鏡のライトが白く照らす。

「私、小さい頃ね」

視線は鏡の中の自分へ。

「母が芸能人だったの」

売れ始めたばかりの女優。

だが、大手プロダクションの社長に囲われた。

「仕事を増やす代わりに、全部差し出せって」

逆らえば干される。

使い潰される。

精神は削られ、

やがて壊れた。

「最後は、私を抱いて……」

声が一瞬だけ震える。

「一緒に死のうって」

火。

煙。

意識が遠のく。

――次に目を開けたとき。

「私は、転生してた」

別の時間。

別の肉体。

だが記憶はあった。

そして――

「“チャーム”の能力を持ってた」

相手の好意を引き寄せる力。

言葉ひとつで、心を傾ける。

視線ひとつで、忘れられなくさせる。

「だからアイドルになった」

復讐のため。

能力を使い、階段を上る。

ファンも。

スタッフも。

業界人も。

魅了し、取り込み、足場にする。

「社長に近づくには、それしかなかった」

今の所属事務所は違う。

だが、あの男は業界の奥にいる。

権力はまだある。

「私は、あいつを――」

言葉が止まる。

殺す、と言いかけて。

琥珀は正義を見る。

「それでも、斬るの?」

目は真っ直ぐだ。

悪ではない。

だが、殺意はある。

静かな、確かな殺意。

やがて、正義は口を開く。

「……一晩、よく考えろ」

「復讐を遂げたいのか」

「……それとも」

「復讐に縛られていたいのか」

琥珀の呼吸が止まる。

「明日も同じ答えなら――」

そこで、振り返る。

視線が交差する。

「そのときは、俺が斬る」

静かな宣告。

脅しではない。

救いでもない。

ただの事実。

正義は扉を開ける。

廊下の光が差し込む。

「待って」

琥珀の声。

だが、続かない。

言葉が見つからない。

正義は振り返らない。

「一晩だ」

それだけ残して、去る。

扉が閉まる。

楽屋に残るのは、

鏡に映る自分と、

閉じ込めてきた記憶。

琥珀は椅子に座り直す。

震えていることに、今さら気づく。

チャームの力では動かない相手。

初めてだ。

鏡の中の自分に問いかける。

――私は、何をしたい?

ステージの歓声が、遠くで響いている。


翌日。

東京ドーム。

満員。

光の海。

“ルミナ・ステラ”初ドーム公演。

歓声が揺れる。

センターステージ。

星 琥珀は立っている。

昨日の問いは、もう終わっている。

――復讐を遂げたいのか。

答えは出した。

黒塗りの車が関係者口に滑り込む。

降りてくる男。

大手プロダクション社長。

年老いているが、目は濁っていない。

祝花の列。

笑顔の業界人たち。

「いやぁ、若い力はいいね」

拍手。

取り巻き。

楽屋裏。

琥珀は一人、深呼吸する。

チャーム。

視線を合わせればいい。

言葉を交わせばいい。

心を傾けさせ、

一瞬の隙を作る。

階段。

廊下。

社長と、すれ違う距離。

「おめでとう」

男は笑う。

琥珀は目を上げる。

能力を解放する。

空気が揺らぐ。

見えない波が広がる。

――だが。

何も、変わらない。

社長の目は、濁らない。

揺れない。

むしろ。

薄く笑う。

「やはり、能力者か」

背筋が凍る。

「便利な力を持っているな」

低い声。

「だが、残念だ」

男の周囲の空気が歪む。

琥珀の足が動かない。

見えない圧力。

呼吸が詰まる。

「勇者は、君だけではない」

理解が追いつかない。

「その力は、管理されるべきだ」

社長の手が、ゆっくりと伸びる。

喉元へ。

視界が暗くなる。

その瞬間。

風が走る。

男の手首が、空を切る。

間に立つ影。

「昨日、考えたか」

低い声。

正義。

観客の歓声が遠くで響く。

ステージの光が、楽屋裏まで滲む。

社長は目を細める。

「ほう…また能力者か」

初めて、正義を見る目。

値踏み。

「君もこちら側か?」

正義は答えない。

ただ、琥珀を背に庇う。

「勇者を管理するのは、俺の仕事だ」

静かな宣告。

社長の口元が歪む。

「ならば――君ごと消そう」

空気が軋む。

ドームの歓声が最高潮に達する。


社長の圧が、空間を歪める。

琥珀の呼吸が奪われる。

正義は一歩、前に出る。

「離せ」

社長は笑う。

「やはり能力者か」

その目は、昨日までの業界人のものではない。

もっと古い。

もっと傲慢な光。

「私は“服従の勇者”だ」

空気が重くなる。

「命じれば従う。望めば跪く」

その声だけで、近くにいたスタッフが膝をつく。

目が虚ろになる。

琥珀が息を呑む。

「芸能界は実験場だった」

社長は続ける。

「魅了と服従。どちらが強いか」

チャームは個の心を傾ける。

だが――

服従は支配だ。

構造ごと縛る。

「私は転生した」

淡々と。

「前世で果たせなかった支配を、この世界で完成させるために」

事故死。

自殺扱い。

消えたタレント。

逆らった者は、皆いなくなった。

「殺人も、管理の一環だ」

琥珀の顔が青ざめる。

「母も……」

社長は微笑む。

否定しない。

その瞬間。

正義の視界に、あの黒が重なる。

遅れて表示される文字。

【追加指令】

――対象変更

場所:地球【日本】

対象:服従の勇者

罪状:勇者能力による大規模支配・複数殺害

状態:即時執行

表示は一瞬で消える。

だが、もう十分だ。

正義は小さく息を吐く。

「ここからは、俺の仕事だ」

琥珀を背後に下がらせる。

社長は目を細める。

「能力者風情が、勇者に勝てると?」

その声が響いた瞬間、

周囲のスタッフが一斉に立ち上がる。

虚ろな目。

操られている。

服従。

命令一つで、群衆は刃になる。

正義はゆっくりとネクタイを外す。

「勇者を斬るのが、俺の役目だ」

歓声がドームを揺らす。

表では祝祭。

裏では処刑。

社長が手を掲げる。

「跪け」

空気が圧する。

だが。

正義は、膝をつかない。

「効かない……?」

社長の眉が動く。

「俺は評価する側だ」

静かな声。

「服従は、対象にならない」

一歩、踏み込む。

床が軋む。

社長の笑みが消える。

初めて。

恐れが、滲む。


社長の手が、わずかに動く。

「排除しろ」

その一言。

周囲のスタッフたちの目が、完全に白濁する。

次の瞬間。

一斉に襲いかかる。

照明スタンド。 工具。 無線機。

武器になるものは、すべて武器。

正義は一歩踏み込む。

最初の男の腕を掴み、捻る。

骨は折らない。

関節だけを外す。

鳩尾に一撃。

崩れ落ちる。

背後から来た二人目。

振り向かず、肘を入れる。

顎を打ち抜く。

失神。

三人目が工具を振り下ろす。

手首を叩き落とし、足払い。

頭を床にぶつける前に支え、静かに寝かせる。

殺さない。

殺せば、琥珀と同じになる。

次々と倒れる。

十人。

二十人。

呼吸だけが荒い。

ドームの歓声が遠くで響く。

祝祭の音。

裏では無音の制圧。

最後の一人が崩れ落ちる。

立っているのは二人だけ。

正義と、社長。

社長は拍手する。

「素晴らしい」

だが、その目は焦っている。

「だが、私には服従がある」

「跪け」

空気が震える。

圧力。

命令の波。

だが、正義は動かない。

「言ったはずだ」

一歩、踏み出す。

「俺は、対象じゃない」

社長の眉が歪む。

「なぜ効かない……!」

答えない。

距離を詰める。

社長が後退る。

初めて。

「やめ――」

拳が腹に沈む。

空気が抜ける音。

続けざまに、顎。

鈍い衝撃。

社長の身体が浮く。

壁に叩きつけられる。

正義は踏み込み、肘を入れ、崩す。

喉元が空く。

社長が後退する。

「待て……私は業界を掌握している。消えれば混乱が――」

空間が裂ける。

右手に刀が現れる。

無装飾。

処理専用。

社長の目が見開かれる。

「まさか、本当に……」

一閃。

音は小さい。

首筋を正確に断つ。

血は最小限。

社長の身体が崩れる。


「罪は世界を選ばねえ。」


その瞬間。

空気が変わる。

張り巡らされていた“服従”が、ぷつりと切れた。

遠くで、誰かが呻く。

「……あれ?」

能力が解け始めている。

時間がない。

正義は刀を消す。

光が散る。

琥珀が立ち尽くしている。

倒れた男を見つめて。

長年追い続けた仇。

自分の手ではない。

だが、終わった。

「終わったの……?」

正義は短く言う。

「行くぞ」

スタッフが目を開け始める。

意識が戻る。

混乱が広がる前に。

琥珀は一度だけ振り返る。

涙はない。

静かな区切り。

ヒールを脱ぎ、手に持つ。

二人は裏口へ走る。

琥珀が息を整えながら問う。

「あなた……何者なの?」

正義は歩みを止めない。


出口手前。

スタッフの呻き声が背後で広がる。

時間は、ほとんど経っていない。

「待って」

琥珀が正義の腕を掴む。

息は荒い。

だが、目は逸らさない。

「私……復讐のためにここまで来た」

正義は何も言わない。

「でも、あなたは違う。復讐で動いてない」

歓声が壁を震わせる。

祝祭と死が、薄い壁一枚で分かれている。

「私も、あなた側に行きたい」

正義の視線が落ちる。

掴んでいる手。

震えていない。

「守られる側じゃなくて、そっちで戦いたい」

数秒の沈黙。

正義は静かに言う。

「やめとけ」

琥珀の眉が動く。

「俺の側はな」

一歩近づく。

声が低くなる。

「半端な覚悟じゃ勤まらねえぞ」

その言葉に、空気が変わる。

「俺は勇者を斬る」

淡々と。

「昨日まで味方だったやつも斬る」

「泣こうが、縋ろうが、斬る」

琥珀の喉がわずかに動く。

だが目は逸れない。

「お前がまた復讐に飲まれたら」

一瞬だけ、間。

「俺はお前も斬る」

はっきりと。

逃げ道は与えない。

背後で誰かが叫ぶ。

「社長が――!」

時間切れだ。

それでも琥珀は手を離さない。

「いいよ」

即答。

正義の目が、わずかに細くなる。

「斬られないように、生きる」

涙はない。

震えもない。

「利用されるなら利用される」

「監視されるならされる」

一歩、踏み込む。

「それでも、あなた側に立つ」

風が吹き抜ける。

数秒。

長い、測るような沈黙。

そして。

「……勝手にしろ」

冷たい言葉。

だが、拒絶ではない。

正義は腕を振りほどき、外へ出る。

数歩遅れて、琥珀が並ぶ。

ドームの光が背中を照らす。

祝祭は続いている。

服従の勇者は消えた。

そして――

新しい“候補”が隣にいる。


翌朝。

午前九時。

営業部は、いつも通りのざわめきに満ちている。

コーヒーの匂い。

キーボードの音。

蛍光灯の白い光。

「え、ちょっと待ってくださいよ!」

新入社員の山城が、スマホを握りしめたまま立ち上がる。

「昨日のドーム……社長が刺殺って!」

周囲がざわつく。

「は?」「マジで?」

誰かがニュースサイトを開く。

速報の見出し。

昨夜、都内大型ドーム公演の関係者エリアで大手芸能プロダクション社長が死亡。

事件性あり。

警察が捜査中。

山城の顔が青ざめる。

「俺、あの場にいたんすよ……!」

声が裏返る。

「推しの武道館……いや、ドーム公演だったのに……」

先輩が言う。

「物騒だな……芸能界ってやっぱ裏あるのかね」

「アイドルは大丈夫なの?」

「ショックで活動休止とかやめてくれよ〜」

好き勝手な憶測。

不安と好奇心が入り混じる。

山城が、正義を見る。

「正義さん、ニュース見ました?」

正義はパソコン画面から目を離さない。

「見てない」

嘘ではない。

今は、見ていない。

「怖くないですか? 同じ場所にいたんですよ?」

山城は本気で怯えている。

「犯人、まだ捕まってないらしいし……」

キーボードを打つ音だけが、一定のリズムを刻む。

正義は淡々と答える。

「警察の仕事だ」

それ以上は言わない。

山城は唇を噛む。

「推し……大丈夫かな……」

机に置かれたスマホの画面。

そこには、星 琥珀の写真。

昨夜、夜風の中で並んで歩いた少女。

今は“被害者側のアイドル”として扱われている。

正義の画面の端が、一瞬だけ明滅する。

誰にも見えない角度で。

【処理完了】

それだけ。

追加指令の文字は、もうない。

新着通知が一件。

正義は開かない。

山城がぽつりと呟く。

「なんで社長、殺されたんだろ……」

営業部の空気は、どこか落ち着かない。

だが仕事は始まる。

電話が鳴る。

「はい、株式会社――」

正義は受話器を取る。

声は、いつも通り。

昨日と同じ。

何も変わらない。

変わったのは、世界の裏側だけだ。





今回は現代編でした、たまには…ね

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