【21話】詐欺の勇者
しっかりGwしました
営業部。
いつもの朝。
正義は自席で、報告書を確認していた。
「……よし」
小さく呟く。
その時――
「えっ?」
少し離れた席。
声が上がる。
正義の視線が動く。
声の主は、田中。
スマホを見たまま固まっていた。
「どうしたの?」
隣の女子社員が覗き込む。
田中の顔色が悪い。
「いや……その……」
額に汗、指が震える。
「投資、したやつ……」
「昨日まで、利益出てたんだよ……」
周囲がざわつく。
「え、投資?」
「田中さん、そういうのやってたの?」
「最近なんか副業って言ってたよね」
田中は乾いた笑みを浮かべる。
「知り合いに……絶対大丈夫って……」
スマホ画面。
表示されているのは――
【現在、出金停止中】
その下。
【システム調整のため、一時凍結されています】
「……あ」
誰かが察する。
「それ……」
言葉が止まる。
田中の呼吸が浅くなる。
「うそだろ……」
タップ。
再読み込み。
「いや、でも……紹介した人、ちゃんとしてて……」
声が震える。
「成功者で……海外支援とかしてて……」
正義の視線だけが、田中へ向く。
「“必ず儲かる”って……」
一拍。
「……救済型か」
誰にも聞こえないほど小さく、正義が呟く。
「電話……電話しないと……!」
だが。
コール。
【この番号は現在使われておりません】
空気が止まる。
「……は?」
田中の膝が、わずかに揺れる。
スマホが手から滑り落ちる。
誰も、すぐには声をかけられない。
「……田中さん」
最初に動いたのは、課長だった。
営業部名物、妙に艶のある声。
「大丈夫、大丈夫ぅ。そういうの、人生の勉強代ってやつよぉ」
ゆっくり近づく。
そして、無駄に優しい笑顔。
「ほらぁ、最近多いじゃない?
SNSで成功者っぽく見せて、夢見せて、お金集めて、はい消える~って」
「でもね、死ぬわけじゃないの。
お金は減った。心も折れる。けど、命までは取られてない」
田中は青ざめたまま。
「……でも、三百万……」
その場の空気が、さらに重くなる。
「さんびゃ……!?」
女子社員が思わず口元を押さえる。
課長も一瞬だけ真顔。
だが、すぐ戻る。
「……あー、まあ。
ちょっと高めの授業料だったわねぇ」
周囲から、なんとも言えない空気。
その時。
正義のデスク。会社支給のパソコン。
画面右下。
黒いウィンドウが静かに開く。
正義の視線だけが止まる。
誰にも見えていない。
隣の社員は普通に資料を打ち込み、
課長はまだ田中を慰めている。
だが。
正義の画面にだけ、赤い文字が流れる。
【指令】
【対象:詐欺の勇者】
【罪状:詐偽による金品の略奪】
【追加:監視者のサポート】
【任務:対象者の抹殺】
カチッ。
その瞬間。
画面が黒く染まり、
赤い文字は消える。
「…サポート?」
正義の眉が歪んだ。
「……正義くん?」
課長が首を傾げる。
田中はまだ青い顔のまま。
周囲も、どこか落ち着かない。
そんな中。
正義は、いつも通りの声で言った。
「課長」
「ん?」
「少し早いですが――お昼にします」
営業部。
一瞬、止まる。
「……はい?」
女子社員が思わず顔を上げる。
営業部を出た正義は、
人混みを避けるように歩いた。
昼前の街。
そのまま一本、細い路地へ入る。
薄暗く人気もない。
足を止める。
【転移開始】
次の瞬間、視界が、赤く歪む。
風、浮遊感。、一瞬の無重力。
そして――
石畳。
「……着いたか」
目の前には、
異世界の町。
剣。
露店。
馬車。
活気。
見上げれば、
西洋風の街並み。
行き交う人々の笑顔。
「こんにちは」
後ろで、声がした。
低くもなく、 高くもない。
妙に落ち着いた声。
正義が静かに振り返った。
「……」
虎だった。
「急な同行で申し訳ありません」
礼儀正しい。
正義は、 小さく息を吐いた。
「サポートは、お前か」
虎は笑いながら。
「……はい」
と返事をした。
「対象は」
虎も、 同じ方向を見る。
その目だけ、 少し鋭くなった。
「詐欺の勇者、 ユウ・ライト」
一拍。
「民衆から金を集め、 救済を語り、 希望を売る男です」
「……で?」
虎は、 手にしていた紙束を差し出す。
帳簿。
偽名。
偽支援先。
消えた寄付金。
「救った人数より、 騙した人数の方が多い」
正義の目が、 わずかに細まる。
虎は静かに言った。
「今回の任務は、 少し面倒です」
「……理由は」
「強いんじゃありません」
笑顔。
歓声。
信頼。
「――人を惑わします。」
「この男、 “救われたい人間”を狙います」
正義の眉が、 わずかに動く。
「弱っている者。 苦しい者。 現状を変えたい者」
「そこに、 “あなたは特別です” “あなたなら救えます” “一緒に未来を変えましょう”……と、 希望を差し出す」
「……救済型詐欺」
「はい」
虎の声は静かだ。
だが、 わずかに怒りが混じる。
「金を奪うだけなら、 まだ浅い」
帳簿の最後。
そこには、 自殺。 失踪。 家庭崩壊。
「……人生ごと、 壊してる」
正義は広場を後にする。
「行くぞ」
虎は、 少しだけ目を瞬かせる。
「……もうですか?」
「証拠はある」
正義は歩き出す。
――数十分後。
町の中心部を抜け、 石畳は静かな高級街へ変わる。
人通りは減り、 並ぶのは大きな屋敷ばかり。
その奥。
ひときわ目立つ、 白亜の屋敷。
豪華な門。
磨かれた鉄柵。噴水。
虎が小さく呟く。
「支援家というより、 成金ですね」
「……分かりやすい」
正義は、 門を抜ける。
迷いなく、 正面玄関へ。
大きな扉。
金の装飾。
いかにも “私は善人です”と言いたげな豪華さ。
コンコン。
正義が、 扉を叩く。
数秒。
そして――
ギィ……。
扉が、 静かに開いた。
現れたのは、 若い女性。
整った身なり。
白と黒の使用人服。
柔らかな笑顔。
「はい。 どちら様でしょうか?」
虎が一瞬、営業用の笑みを作るより早く。
正義。
「仕事だ」
「……え?」
一瞬、 空気が止まる。
だが女性はすぐに笑顔へ戻る。
「まあ、 勇者様へのご依頼ですね?」
慣れている。
そういう顔だった。
「現在、勇者様は 支援活動から戻られております。 どうぞ、お入りください」
扉が大きく開く。
豪華なシャンデリア。
赤い絨毯。
磨かれた床。
壁には、 孤児との写真。
寄付活動の絵画。
感謝状。
……善人の展示場。
「……すごいですね」
虎が小声で漏らす。
「表向きはな」
正義は、 静かに屋敷へ足を踏み入れた。
その瞬間。
扉が、 背後で静かに閉まる。
まるで――
獲物を、 迎え入れるように。
迎え入れられた正義たちは、 長い廊下を進む。
壁には、 勇者の慈善活動の絵や写真。
……どれも、 出来すぎていた。
案内役の使用人が、 大きな扉を開く。
「勇者様。 お客様です」
静かに、 扉が開く。
豪華な部屋。
赤い絨毯。
大きな窓。
その中央。
白い衣装。
柔らかな笑顔。
詐偽の勇者、 ユウ・ライト。
彼は立ち上がり、 優雅に微笑んだ。
「わざわざようこそ」
歓迎するように、 手を広げる。
「それで…… 本日はどのようなご用件で?」
正義は、 短く言う。
「確認だ」
「……確認?」
「お前が、 何を救ってるのか」
一瞬、 空気が止まる。
だが、 勇者は笑みを崩さない。
「困っている人に、 手を差し伸べる…… それだけですよ」
虎が、 静かに一歩前へ出た。
「……では」
勇者が、 わずかに目を細める。
次の瞬間。
ズバッ。
一閃。
あまりにも速く、 勇者の首が床に落ちた。
沈黙。
崩れる身体。
白い衣装が、 赤く染まる。
虎は、 血を払う。
「始末させてもらいました」
……その時。
「勇者様?」
入口。
先ほど、 広場で寄付をしていた老人。
震える声。
青ざめた顔。
「そ…… そんな……」
ふらつきながら、 一歩。
また一歩。
だが。
その口元が、 にたり、と歪んだ。
「――お見事」
「!」
老人の姿が、 ぶれる。
皮膚が歪み、 骨格が変わる。
そして――
再び現れる。
勇者、 ユウ・ライト。
無傷。
笑顔。
「ですが…… それは偽物です」
正義の目が細まる。
虎も、 即座に構える。
「幻影か」
勇者は、 楽しそうに笑った。
「ええ。 私を探すのは、 少し難しいですよ」
次の瞬間。
ズバッ。
虎の二撃目。
今度は、 老人だった勇者を真っ二つにする。
だが。
倒れた身体は、 再び別人へ変わる。
……使用人。
案内していた、 あの女。
「……っ」
虎が眉を歪める。
その時。
パチ…… パチ…… パチ……。
部屋中に響く、 拍手。
「素晴らしい」
そこには無数の勇者。
「ようこそ」
笑顔。
同時に、 全員が言う。
「幻影の勇者の屋敷へ」
無数の勇者が、 屋敷中で笑う。
壁。
床。
天井。
廊下。
どこを見ても、 ユウ・ライト。
「ようこそ」
「ようこそ」
「ようこそ」
声が重なる。
正義は、 小さく息を吐く。
「……面倒だ」
虎は、 静かに周囲を見ていた。
壁に触れる。
床を見る。
柱を見上げる。
そして――
「……分かりました」
「……」
虎が、 細く笑う。
「からくりが分かりました」
無数の勇者が、 一瞬だけ黙る。
「鏡でも、 分身でもない」
虎は、 柱を軽く叩く。
コン……。
「この屋敷そのものが、 幻影を発生させています」
「……屋敷ごと、か」
「はい。 建材自体に幻惑術式が組まれている」
勇者たちの笑顔が、 わずかに歪む。
「だから、 どこを見ても勇者になる」
一拍。
虎は、 懐から小瓶を取り出した。
油。
正義が、 視線だけ向ける。
「……燃やす気か」
「はい」
即答。
「家ごと壊せば、 幻影も消えます」
「大胆だな」
「合理的です」
虎は、 床へ油を撒く。
柱。
絨毯。
階段。
ためらいなく。
そして――
火。
ボウッ!!
一瞬で、 炎が走る。
赤い絨毯を舐め、 柱を駆け上がり、 壁を焼く。
屋敷全体が、 悲鳴のように軋んだ。
「なっ――!?」
「火だ!!」
「屋敷が燃えている!?」
無数の勇者たちが、 初めて動揺する。
笑顔が崩れる。
足音。
叫び。
そして――
出口へ殺到。
次々と、 勇者が外へ飛び出す。
一人。
二人。
三人。
十人。
老若男女。
男。
女。
使用人。
……全員、 勇者の顔。
「……なるほど」
正義の目が細まる。
「全員、 幻影を被せられていたのか」
炎が強まる。
屋敷の術式が乱れ、 外へ逃げた者たちの顔が、 次々と剥がれていく。
老人。
女。
執事。
商人。
兵士。
「きゃあああ!?」
「顔が!?」
「戻った!?」
虎は、 静かに言う。
「“本物”を隠すために、 全員を勇者に見せていた」
燃える屋敷。
逃げ惑う群衆。
その中で。
たった一人だけ。
顔が変わらない。
白い衣装。
笑顔を失った、 ユウ・ライト。
虎が、 細い目を細める。
「……見つけました」
白い衣装。
乱れた呼吸。
笑顔を失った、 ユウ・ライト。
炎を背に、 後ずさる。
「くっ…… ここまで嗅ぎつけるとは……!」
正義は、 静かに前へ出る。
「終わりだ」
勇者は、 震えたように見えた。
「ま、待ってくれ! 私は悪く――」
その瞬間。
虎の刃が、 一閃。
ズバッ。
勇者の身体が、 真っ二つに裂ける。
……だが。
「……」
手応えが、 浅い。
裂けた身体が、 黒い靄となって崩れる。
「……また幻影」
正義の声が、 低くなる。
虎も、 即座に距離を取る。
その時。
ゴゴゴゴゴ……!!
地面。
屋敷跡。
燃える土台が、 大きく揺れた。
「な……」
石畳が割れる。
柱が沈む。
炎の下。
屋敷そのものが、 崩れ落ちる。
いや――
持ち上がる。
「――ァァァァァ!!」
地の底から、 咆哮。
巨大な腕。
黒い甲殻。
無数の目。
燃える瓦礫を突き破り、 現れたのは――
怪物。
屋敷の地下から、 這い出る巨大な魔物。
家ほどもある巨体。
口のように開く胸部。
そこに。
無数の人の顔。
泣く者。
笑う者。
信じる者。
……全て、 勇者だった顔。
虎の顔色が変わる。
「……そういうことですか」
魔物の頭部。
中心。
そこに浮かぶ、 本物のユウ・ライト。
半ば融合しながら、 笑っていた。
「はは…… ははははは!!」
狂気。
「人が信じるほど、 我は強くなる!!」
地鳴り。
「希望! 救済! 信仰! その全てが、 我が餌だ!!」
正義は、 無言で見上げる。
虎が、 低く言う。
「詐欺の勇者―― 幻影の勇者」
一拍。
「本体は、 “勇者”そのものじゃない」
魔物が、 咆哮する。
「人を惑わし、 信じさせ、 喰らう…… 巨大な寄生体」
正義は、 拳を握る。
「……なるほど」
巨大な魔物が、 咆哮する。
無数の顔が、 叫ぶ。
だが、 虎は小さく息を吐いた。
「後は、 お任せしましたよ」
正義は、 短く前へ出る。
次の瞬間。
ズバッ!!
魔物の顔、 一つが斬り落ちる。
「ギャアア!!」
止まらない。
ズバッ!! ズバッ!! ズバッ!!
次々と、 顔を一つずつ斬る。
笑う顔。
泣く顔。
怒る顔。
信じた者たちの顔が、 黒い血と共に落ちていく。
魔物が暴れる。
だが――
「遅い」
正義は、 巨体を駆け上がる。
斬る。
また一つ。
斬る。
また一つ。
偽りの救済を、 無言で削る。
やがて。
無数の顔は消え、 中央だけが残る。
本物。
ユウ・ライト。
埋もれるように、 怪物の中心にいた。
その笑顔は、 もう消えていた。
中央に残った、 ユウ・ライト。
怪物の中心。
黒い肉に埋もれながら、 荒い息を吐く。
「ま…… 待て……」
正義の刃が止まる。
ユウは、 苦しそうに顔を上げた。
「俺は…… 最初から、 こうだったわけじゃない……」
「元の世界で…… 俺は、 騙された」
虎が、 わずかに目を細める。
ユウの声が震える。
「必ず儲かるって…… 人生を変えられるって……」
一拍。
「信じたんだよ」
黒い血を吐く。
「金も…… 家族も…… 全部失った」
「借金だけ残って…… 誰も助けてくれなくて…… 最後は――」
喉が震える。
「自殺した」
ユウは、 乾いた笑いを漏らす。
「で…… 気づいたんだ」
その目が、 歪む。
「騙される側が、 馬鹿なんじゃない」
「騙す側になれば、 いいって」
虎の顔が、 静かに冷える。
ユウは、 叫ぶ。
「信じる奴が悪い!! 救いを求める奴が悪い!! だったら俺が、 利用して何が悪い!?」
怪物が、 揺れる。
「俺は…… 奪われる側から、 奪う側になっただけだ!!」
そして。
正義は、 ただ一言。
「……弱いな」
「……っ」
「痛みを知って、 同じことをした」
刃が上がる。
「それは、 被害者じゃない」
一拍。
「加害者だ」
「ま、待っ――」
最後まで、 言わせない。
正義の目は、 冷たいまま。
「……罪は世界を選ばねえ」
ズバッ――!!
一閃。
ユウ・ライトごと、 怪物の核が断たれる。
沈黙。
次の瞬間。
黒い巨体が、 崩れる。
無数の顔が、 静かに消えていく。
泣き声も。
叫びも。
偽りの救済も。
すべて。
塵になる。
風が吹く。
燃える屋敷跡。
そこに残るのは、 剣を下ろした正義だけ。
虎は、 静かに目を閉じた。
「……任務完了ですね」
正義は、 振り返らない。
ただ、 黒く消えていく残骸を見ていた。
正義は、 剣を払い。
「……おい」
「はい?」
「よく、 正体が分かったな」
虎は、 少し笑う。
「僕の能力です」
「……」
「“AIの勇者”」
一拍。
「ある程度の情報があれば、 相手の正体、 能力、 弱点が分かります」
正義の目が、 わずかに細まる。
「……便利だな」
虎は、 静かに頷く。
「詐欺の勇者は、 “本当の自分に価値がない”」
燃える屋敷を見る。
「だから、 幻影で隠した」
正義は、 短く息を吐く。
「……なるほど」
「では、また機会があれば、また。」
と言いその場から消えた。
正義は怪物が灰になるのを見届けてから、その場を後にした。
――翌日。
営業部。
「やったぁ!!」
朝から、 田中が上機嫌だった。
「宝くじ! 五十万円当たりました!」
「えぇ!?」
周囲がざわつく。
課長も驚く。
「昨日あんなだったのに!?」
田中は、 笑顔で言う。
「いやー、 笑い事があった後は、 いいことあるんですね!」
営業部、 一瞬静まる。
「……」
正義は、 無言。
昨日、 三百万失って。
今日、 五十万。
その能天気さに。
「……呆れる」
正義は、 小さく息を吐いた。




