【13話】国王の勇者(前編)
最近、仕事の帰りに仕事人の曲を聞いて上げてます。
午前九時
営業部
蛍光灯
キーボードの音
紙をめくる音
いつも通りの朝
正義は、黙々と入力を続ける。
画面の数字が、規則正しく並ぶ。
「正義くん」
呼ばれる。
顔を上げる。
上司が立っている。
ニコニコ顔。
手には書類。
「これ、今日中にまとめておいて」
机に置かれる。
ドン。
分厚い。
正義は一瞬だけ目を落とす。
量を測る。
「……これを全部ですか?」
それだけ言う。
上司は軽く頷く。
「うん、頼んだよ」
少し間。
そして、何気なく続ける。
「上の指示だからね!」
その一言で、空気が固定される。
正義は何も言わない。
ただ、書類を手に取る。
周囲も同じだ。
誰も何も言わない。
疑問も、不満も、口にしない。
ただ、従う。
それが当たり前のように。
山城が小さく笑う。
「まあ、上司の命令は絶対っすからね」
軽い口調。
だが――
誰も否定しない。
正義はため息をついて、再び画面に向き直る。
そして――
再び動き出す。
規則正しく。
何事もなかったかのように。
だが。
その時。
画面の隅。
黒い通知。
【指令】
【対象世界:アルディア王国】
【対象:国王の勇者】
【罪状:国家スキルによる精神支配および大量粛清】
【任務:抹殺】
黒い画面が消える。
元の業務画面。
何事もなかったかのように。
正義は、静かに立ち上がる。
「外回り、行ってきます」
正義はビルを出る。
昼前。
白い空。
人の流れ。
車の音。
いつも通り。
ポケットからスマホを取り出す。
短く打つ。
【来い】
送信。
――数分後。
駅前。
ベンチ。
帽子。
サングラス。
琥珀が座っている。
膝の上。
黒いケース。
正義が前に立つ。
琥珀は顔を上げる。
「……また、仕事?」
正義は頷く。
「任務だ」
琥珀は小さく息を吐く。
「で、どこ?」
正義は答えない。
歩き出す。
琥珀が少し遅れて並ぶ。
雑踏の中。
駅前広場。
人だかり。
音。
ギター。
単音。
どこか不安定な旋律。
正義の足が止まる。
琥珀も視線を向ける。
「……ライブ?」
広場の中央。
男が一人。
座り込んで、ギターを弾いている。
ケースが足元に置かれている。
だが――
客はいない。
誰も、立ち止まらない。
通り過ぎるだけ。
それでも、男は弾き続ける。
正義は、その前で足を止める。
音が、止まる。
沈黙。
男がゆっくり顔を上げる。
視線が、合う。
一瞬。
「……なんだ?」
小さな声。
琥珀が眉をひそめる。
「知り合い?」
正義は答えない。
男がギターを軽く鳴らす。
ポロン。
「で?」
短い一言。
正義が言う。
「仕事だ」
間。
男の指が止まる。
「……どっちの?」
正義は一歩近づく。
「向こうだ」
それだけで、通じる。
男が小さく笑う。
「珍しいな、お前が来るの」
立ち上がる。
ギターを背負う。
琥珀が小さく呟く。
「……なにこの人」
男はちらりと見る。
「通りすがりのギター弾きだよ」
軽い口調。
だが目は笑っていない。
正義が続ける。
「対象は一人じゃない」
男の動きが止まる。
「ほう」
正義は淡々と言う。
「国絡みだ」
一瞬の沈黙。
男の表情が、わずかに変わる。
「……面倒だな」
ギターの弦を軽く弾く。
音が、短く響く。
「で?」
視線が正義に向く。
「俺に何をさせる」
正義は言う。
「同行しろ」
間。
琥珀が少し驚く。
「え?」
男は数秒だけ考える。
そして――
肩をすくめる。
「……まあ、暇だしな」
軽く笑う。
「いいぜ」
石畳。
昼。
街は、整っている。
人の流れ。
笑い声。
会話。
どこにでもある光景。
だが――
揺れがない。
誰も迷わない。
誰も立ち止まらない。
同じ速度で、同じ方向へ流れていく。
琥珀が小さく呟く。
「……なんか、変だね」
男が周囲を見渡す。
「……ああ」
短く答える。
正義は前を見る。
「行くぞ」
それだけ言って、歩き出す。
三人は、街の中へ入っていく。
通りの角。
人の流れの中で。
二人だけ、止まっている。
男と女。
夫婦。
周囲を見ている。
戸惑うように。
妻の手から、かごが落ちる。
中身が転がる。
野菜。
瓶。
乾いた音。
だが――
誰も見ない。
誰も止まらない。
そのまま通り過ぎる。
琥珀が動く。
しゃがむ。
「大丈夫?」
拾い上げる。
男も一つ、手に取る。
正義も無言で拾う。
妻は、少しだけ驚いた顔をする。
「……あ、ありがとうございます」
声が、少し震えている。
夫も頭を下げる。
「すみません……」
一瞬の間。
周囲を見る。
人は、流れ続けている。
夫が小さく言う。
「……やっぱり、おかしい」
琥珀が顔を上げる。
「え?」
夫は声を落とす。
「さっきも……誰に話しかけても、反応がなくて」
妻が続ける。
「ぶつかっても……謝らないんです」
男が小さく笑う。
「へえ」
軽い声。
だが目は周囲を見ている。
夫がさらに言う。
「みんな……同じなんです」
正義は最後の一つを拾い、かごに入れる。
そして――
短く言う。
「最近、来たのか」
夫が頷く。
「はい……昨日」
沈黙。
正義は立ち上がる。
「なら、見間違いじゃない」
それだけ言う。
――数時間後。
夫婦は、王宮にいた。
高い天井。
静かな空気。
兵士に挟まれ、歩かされる。
「この国では」
兵士が言う。
「新しく来た者は、必ず王に謁見する」
扉が開く。
玉座。
王が座っている。
穏やかな笑み。
「ようこそ」
柔らかな声。
その瞬間。
空気が変わる。
夫の目が、揺れる。
王が続ける。
「この国は、安心だ」
一歩、近づく。
「怖がる必要はない」
「私を、信じればいい」
夫の表情が崩れる。
緩む。
「……はい」
頷く。
妻が振り向く。
「ちょっと……待って」
夫はもう、見ていない。
ただ、王だけを見ている。
妻の顔が歪む。
王の視線が、向く。
合う。
一瞬。
身体が、縛られる。
だが――
歯を食いしばる。
目を逸らす。
「……いや」
その一言。
空気が、軋む。
兵士が動く。
「逃げるな」
妻は、走った。
扉へ。
押し開ける。
廊下。
足音。
「止めろ!」
振り向かない。
出口。
光。
その時――
刃が、振り下ろされる。
――深く、入る。
背中。
裂ける感触。
血が噴き出す。
息が、止まる。
足が崩れる。
だが――
倒れない。
歯を食いしばる。
前へ。
一歩。
また一歩。
兵士が舌打ちする。
「まだ動くか」
追う。
もう一度、刃。
肩口を裂く。
血が滴る。
それでも――
止まらない。
城門を抜ける。
森へ。
足がもつれる。
視界が赤く染まる。
呼吸が浅い。
それでも――
走る。
――
森。
静か。
木々の影。
その中で。
三つの気配。
正義。
琥珀。
男。
妻の足が止まる。
限界。
崩れる。
その瞬間。
琥珀が駆ける。
「……っ!」
抱き止める。
手に、血がつく。
量が、異常だ。
「ひどい……!」
男が低く言う。
「致命傷だな」
正義は、無言。
ただ見ている。
妻の呼吸は浅い。
途切れそうだ。
それでも――
かすかに目を開ける。
正義を、見る。
震える声。
「……あの人が……」
言葉が、途切れる。
血が口元に滲む。
それでも、絞り出す。
「……みんな……」
「……おかしく……される……」
手が、正義の服を掴む。
弱く。
「……止めて……」
その一言。
その時。
妻の手が、わずかに動く。
震えながら。
自分の指に触れる。
結婚指輪。
ゆっくりと外す。
力が入らない。
それでも――
外す。
血で滑る手で。
それを、正義に差し出す。
「……お願い……」
声は、ほとんど出ていない。
それでも、はっきりと。
「……あの人を……」
息が途切れる。
だが、続ける。
「……戻して……」
一瞬。
そして――
「……無理なら……」
わずかに、笑う。
悲しいほど、静かに。
「……終わらせて……」
手が、震える。
指輪が落ちそうになる。
正義が、それを受け取る。
沈黙。
妻の手が、力を失う。
落ちる。
地面に触れる。
音は、小さい。
呼吸が、止まる。
動かない。
完全に。
琥珀の声が、詰まる。
「……うそ」
男が目を伏せる。
何も言わない。
正義は、指輪を見る。
血が付いている。
それを、握る。
強く。
そして――
小さく、呟く。
「……依頼、受けた」
新キャラ入れました。




