【11話】業の勇者
今回は回想です。
四月某日。
昼前。
会社の窓から、やわらかな春の光が差し込んでいた。
営業部の空気は、どこか浮ついている。
新年度。
そして――花見の季節。
「正義ちゃ〜ん」
背後から、あの甘ったるい声。
振り向かなくても分かる。
課長だ。
今日も完璧なメイク。
妙に艶のある声。
「ちょっとお願いがあるんだけどぉ」
正義は嫌な予感しかしなかった。
「今度の花見ね。場所取り、お願いできる?」
来た。
営業部恒例の――
若手に押しつけるやつだ。
「朝から行って、ブルーシート敷いておくだけ。簡単よぉ?」
課長は笑う。
まるで断る選択肢など存在しないみたいに。
正義は小さくため息をついた。
「……分かりました」
「さすが正義ちゃん♡」
課長は満足そうに手を叩いた。
「じゃ、決まりね」
そう言うと、ヒールの音を鳴らしながら去っていく。
静けさが戻る。
正義は椅子に背を預けた。
窓の外。
桜が、風に揺れている。
春の光はやけに暖かくて――
まぶたが、少し重くなった。
「……ちょっとだけ」
正義は目を閉じる。
机に腕を乗せる。
春の日差しの中で。
ほんの、少しだけ。
うたた寝をする。
夢の中。
夜。
人気のないオフィスビル。
廊下の蛍光灯が、白く冷たい光を落としている。
正義は、刀を握っていた。
ゆっくりと呼吸を整える。
目の前のドア。
プレートには――議員室。
コンコン。
軽くノックする。
返事はない。
正義は、静かにドアノブを回した。
扉が開く。
部屋の奥。
高そうな机の向こうに、一人の男。
国会議員だ。
顔を上げる。
「……誰だ、君は」
正義は答えない。
ゆっくりと歩く。
議員の顔が青ざめていく。
「ま、待て。金か? いくらでも――」
最後まで言わせない。
刀が、一閃。
空気を裂く音。
議員の体が崩れ落ちた。
「依頼、完了」
そのはずだった。
気配。
背後。
正義は振り向く。
そこに立っていたのは――
少年だった。
まだ十代。
だが、その手には銃。
真っすぐに正義へ向けられている。
ヒットマン。
互いに言葉はない。
正義の手が、わずかに止まる。
相手が――子供だったからだ。
その一瞬の迷い。
パン。
乾いた銃声。
胸に衝撃。
正義の体がよろめく。
もう一発。
パン。
床が近づく。
視界が暗くなる。
少年の顔が、遠くに見えた。
そして――
闇。
すべてが消えたはずだった。
だが――
次の瞬間。
光。
まぶしいほどの白い光の中に、正義は立っていた。
体の痛みはない。
血も、銃弾の感触もない。
ただ、静かな空間。
「……ここは」
周囲を見回す。
だが、何もない。
白い光だけの世界。
そのとき――
声がした。
どこからともなく。
男とも女とも分からない声。
「目が覚めたようですね」
正義は眉をひそめる。
「……誰だ」
姿は見えない。
声だけが、光の中から響く。
「あなたは死にました」
あまりにも淡々とした言葉。
正義は黙る。
さっきの光景が、頭をよぎる。
銃声。
少年。
床に倒れる自分。
「……そうか」
声は続けた。
「ですが安心してください」
「あなたは転生します」
「代わりに、一つお願いがあります」
取引。
その言葉に、正義は小さく笑う。
「なるほど」
「それで?」
正義は腕を組んだまま、声の主を探す。
だが、姿は見えない。
声だけが響く。
「勇者を――殺してください」
正義は眉をひそめた。
「勇者?」
「ええ」
「その世界には勇者が存在します」
少し間。
声は静かに続けた。
「ですが」
「勇者は、時に暴走します」
光が、わずかに揺れる。
「力を得た人間が、必ずしも正しくあるとは限らない」
正義は小さく鼻で笑った。
「まあ……そうだろうな」
声は続ける。
「そして、その暴走した勇者を止める者が必要なのです」
「それが俺か」
「ええ」
正義は肩をすくめた。
「俺はただのサラリーマンだぞ」
すると声は、少しだけ調子を変えた。
「表向きは」
沈黙。
正義の目が細くなる。
声は淡々と続けた。
「あなたの家系は代々――裏の仕事をしてきた」
「影で人を殺す家業」
「いわば、裏家業の一族です」
正義は黙る。
声はさらに言う。
「あなたも、それを継いでいる」
「今回の議員暗殺のように」
光の中で、正義は小さくため息をついた。
「……そこまで知ってるのか」
「ええ」
「だからこそ、あなたを選びました」
光が静かに広がる。
「勇者を殺す役目」
「あなたには、その適性があります」
正義は少し考える。
そして、ゆっくり口を開いた。
「つまり」
「暴走した勇者を始末する掃除屋ってわけか」
「その通りです」
短い沈黙。
正義は空を見上げた。
光しかない空。
「……まあいい」
「どうせ、もう死んだ身だ」
そして小さく笑う。
「その依頼」
「受けてやるよ」
光が強く輝く。
「契約成立です」
光が、さらに強くなる。
だが――
声は続けた。
「もう一つ、あなたに力を授けます」
正義は眉をひそめる。
「力?」
「この世界で生きるための能力です」
光の奥で、何かが揺れた。
「あなたに与えるのは――」
「業の勇者」
正義はその言葉を繰り返す。
「業……?」
声は静かに説明する。
「あなたが殺した相手」
「その能力と、その業を――」
「すべて背負う力です」
光がわずかに震える。
「勇者を殺せば、その勇者の力はあなたのものになります」
「同時に」
「その者の背負っていた罪も」
正義は小さく息を吐いた。
「……なるほど」
「都合のいい力じゃないってわけか」
「ええ」
声は淡々と言う。
「あなたに相応しい能力です」
短い沈黙。
やがて声は続けた。
「さらに、武器を授けましょう」
光の中から、何かが現れる。
神々しい光をまとった武器。
神具。
だが――
正義は首を振った。
「いや、いらない」
声がわずかに止まる。
「……理由を聞いても?」
正義は静かに言った。
「武器ならある」
ゆっくりと腰に手を当てる。
そこにあるはずの重みを思い出すように。
「俺の家は、裏家業だ」
「その刀は」
「先祖から受け継いだものだ」
少し間を置く。
そして短く言う。
「それで十分だ」
光の中で、声はしばらく沈黙した。
やがて――
少しだけ感心したように言う。
「……そうですか」
「ならば、その意思を尊重しましょう」
光がさらに強くなる。
「業の勇者」
「その力と共に――」
「新しい世界へ」
光がすべてを包み込んだ。
目を開けると――
そこは、あのビルのオフィスだった。
夜の蛍光灯が、白く冷たい光を落としている。
夢ではない。現実だ。
胸の痛みも、血も、死の感覚も――すべて消えていた。
正義はゆっくり息を吐く。
そして、目の前。
あの少年――自分を撃ったヒットマンが立っていた。
銃を構えていた彼の目が、大きく見開かれた。
「……え……?」
少年の手が、わずかに震える。
「嘘だろ、確かに殺したはずなのに……!?」
正義はほんの僅かに肩をすくめ、視線を少年に向ける。
「ちょっと神様に頼まれてな……」
なるほど、まさ。理解した。
構造としてはこうだね:
ヒットマンは最初、主人公の甦りに驚く
少し冷静になる
「……そういうことか、お前も同じか」と理解する
実はヒットマンも転生者で、能力を持つ
ただし彼は「悪を殺すより、自分の利益優先タイプ」
これで、主人公とヒットマンの対比が出るし、物語の緊張感も維持できる。
文章にするとこんな感じになるよ。
ヒットマンの目が徐々に冷静さを取り戻す。
「あ……そういうことか」
静かな声。
「お前も……同じか」
正義は刀を握ったまま、じっと彼を見つめる。
ヒットマンは肩をすくめ、軽く笑った。
「俺も、転生者だ」
正義は眉をひそめる。
「……転生者……?」
「ああ。お前と同じく、この世界で力を得た者だ」
少年――いや、ヒットマンの勇者――の瞳には、冷たい光が宿っていた。
「だが、俺は違う」
「悪を正すために力を使うなんて、まっぴらだ」
唇に笑みを浮かべる。
「俺は、俺の利益のためにだけ、力を使う」
正義は静かに息を吐く。
「……なるほど、そういう事か。」
廊下の冷たい光が二人を照らす。
緊張感と静かな覚悟が、そこに満ちていた。
「……行くぞ」
ヒットマンの声は冷たく、無駄な感情が一切ない。
瞬間――
パン!
銃声。
鋭い音と共に、弾丸が正義めがけて飛んでくる。
狙った的は絶対に外さない――ヒットマンの能力。
しかし正義は一瞬もひるまない。
刀を構え、空気を切るように振るう。
カンッ――
弾丸は刀に弾かれ、軌道を変えて床に叩きつけられる。
ヒットマンの瞳がわずかに細くなる。
「……!?」
正義は静かに、刀を構え直す。
「外すものか……」
次の瞬間、銃声が連続して響く。
弾丸が宙を飛ぶ。
だが、正義はすべて弾き返す。
刀と弾丸のぶつかる金属音が、廊下に鳴り響く。
ヒットマンの表情は変わらない――冷徹そのものだ。
だがその瞳の奥に、わずかな驚きが光った。
「……刀で……?」
正義は無言。
ただ、刃を構え続ける。
二人の世界に、緊張と静かな殺意だけが漂う。
銃声が途切れた瞬間。
正義の目が、わずかに光る。
「……今だ!」ヒットマンがマガジンを装填する――その一瞬。
正義は飛び込んだ。
刀を握ったまま、懐に滑り込む。
距離わずか一歩。
「――ッ!」
ヒットマンの瞳に驚愕が映る。
反応する暇は、なかった。
正義の刃が、容赦なく心臓を貫く。
パンッ、と乾いた音。
ヒットマンはわずかに体をのけぞらせ、床に崩れ落ちる。
冷たい廊下の光の中、息絶えたヒットマン。
正義は刀を静かに引き抜き、深呼吸する。
正義は刀を鞘に戻す。
「……罪は、世界を選ばないか」
その言葉を口にした瞬間、体に異変が走った。
胸の奥が熱く、痛みが波のように押し寄せる。
「……な、……っ」
これは……倒した相手の業――。
力と引き換えに背負う、死者の感情。
正義の頭の中に、ヒットマンの思考や記憶の断片が一気に流れ込む。
恨み、悔しさ、痛み。
世界を歪めたくなる衝動。
刀を握る手に、力と重さが同時に伝わる。
「……く……」
正義は息を整え、必死に意識を保つ。
光の中で授かった力――その代償を、今、初めて体感したのだった。
しばらく、全身に流れ込んだ痛みと感情の波が続いた。
だが、次第にそれは薄れ、正義の体から消えていく。
胸の奥の重みも、徐々に静まった。
息を整え、刀を握り直す正義。
「……なれるまで、時間がかかりそうだな」
冷静に自分の手の感覚を確かめながら、少しだけ苦笑する。
「力はもらった。だが、扱いには慣れが必要だ……」
廊下の冷たい光の中、正義は静かに次の一歩を考え始めた。
その瞬間――
バシッ!
後頭部に衝撃が走る。
「……っ!?」
目を開けると、そこには課長が立っていた。
手には丸めた雑誌。
「正義ちゃーん、もう! 夢見てる場合じゃないわよぉ!」
正義は目を瞬かせ、頭を押さえる。
ああ……そうか。
夢の中で見た戦いも、転生の力も、業の感覚も――
すべては、過去の自分が転生したときの記憶を夢で見ていたものだったのだ。
正義は少し苦笑した。
「……で、さっさと花見の場所取りしてきなさい!」
課長の声が、夢の余韻をぶった切る。
正義は小さくため息をつく。
「……仕方ないか」
しぶしぶ立ち上がり、机の上の書類を片付け準備をする。
コートを手に取り、鞄を肩に掛ける。
春の日差しが窓から差し込み、桜の花びらが風に舞っている。
正義は小さく笑い、歩き出す。
今回は主人公の強さの秘密を書きました。




