第22話 魔法という壁
魔法を教わろうとして、俺は三度、断られた。
一度目は、街の魔術師の看板を出している男だった。
「弟子は取らん」
「金は、払う」
「銭の問題じゃない。素質だ」
そう言って、男は俺の掌に手を当てた。
何も、起こらなかった。
「…ないな」
「ない?」
「まったくないわけじゃない。だが、術を使えるほどじゃない。灯りを一つ点けるのがせいぜいだ」
俺は、その言葉をしばらく噛んだ。
「皆、あるのか」
「誰でも、多少はある。魔力は血の巡りと同じでな、生きてる人間なら誰にでも通ってる。だが、それを術の形にできるかどうかは、器の大きさによる」
「器」
「生まれつきだ。増やせん」
生まれつきだ。増やせん。
その二語が、俺の頭の中で、はっきりとした形を取った。
生まれつき、決まっている。増やせない。
------なら、それは、運だ。
生まれた時に配られた籤が、その人間に何ができるかを決めている。本人には、どうしようもない。
俺は、その男に礼を言って、店を出た。
出ながら、考えていた。
魔力が生きている人間なら誰にでも通っている、という話が本当なら、立てた見当は、当たっている可能性が高い。
魔力の量に個体差があり、それが治癒を助けているなら、治りの速さが揃わない理由になる。
そして、量は生まれつきで、増やせない。
つまり------
この世界では、生まれた瞬間に治りやすさが決まっている。
腹の底で、火が、低く動いた。
二度目に断られたのは、街の外れの祈祷師のような女だった。
「あんた、魔力が薄いね」
手を握られて、開口一番、そう言われた。
「うすいと、どうなる」
「怪我が治りにくい。病にかかりやすい。年を取ると、はっきり差が出るよ」
「治し方は」
「ないよ。そういうふうに生まれついたんだ」
女は、慰めるでもなく、そう言った。
「でもね、あんた、それでいいのさ。魔力が薄い人間ってのは、その分、他のことをする。あたしの知り合いにも、薄い人間はいくらでもいる。みんな、普通に生きてるよ」
「死なないの」
「死ぬときは死ぬさ。誰だってそうだろ」
俺は、その言葉を否定しなかった。
否定できなかったからだ。
この女の言っていることは、この世界では、たぶん正しい。魔力の薄い人間は、少し治りにくく、少し病にかかりやすく、その差の分だけ、早く死ぬ確率が高い。
だが、その差は、日々の生活では見えない。見えないまま、少しずつ効いてくる。
そして、死んだとき、こう言われる。
運が悪かった、と。
三度目は、教会だった。
坂を登らずに済む場所に教会の出張所のようなものがある。下水口の入口近くの、小さな礼拝堂だ。そこで、週に一度、下層の人間向けの祈りの集まりがある。
俺は、そこへ行った。
祈りを習いに行ったのではない。
祈りが何なのかを確かめに行った。
灰色の衣の男が、二十人ほどの前で話をしていた。
「癒しは、神より与えられるものです」
男は、そう言った。
「聖女様の祈りが人を癒すのは、聖女様の力ではありません。神の力が、聖女様を通って流れるのです。だから、癒しを受ける者にも、信仰が要る。器が汚れていれば、注がれた水は濁ります」
俺は、その後ろのほうで、聞いていた。
聞きながら、頭の中で、翻訳していた。
癒しは神から来る。聖女は通り道。受ける側にも「器」が要る。器が汚れていれば効かない。
------器。
魔術師も、同じ言葉を使った。器の大きさは生まれつきで、増やせない、と。
同じ言葉が、二つの場所で、違う意味で使われている。
魔術師は、器を生まれつきの容量として使った。
教会は、器を信仰の清さとして使った。
もし------もし、この二つが、同じものを指しているとしたら。
俺の背が、冷えた。
生まれつき器が小さい人間は、祈っても治りにくい。
そして教会は、治らなかった理由をこう説明する。
信仰が足りなかった。
俺は、その場に立ったまま、動けなかった。
生まれた時に配られた籤の結果をこの世界は、本人の落ち度として処理している。
生まれつき器が小さい。だから治りにくい。それをこの世界は、信仰が足りない、と言い換える。籤の結果を本人の努力不足にすり替える。
しかも、慈悲の顔で。もっと信じれば治りますよ、と。治らないのは、あなたのせいですよ、と。運を罪に変える。俺が、いちばん、許せない仕組みだった。
治らなかったのは、あなたの信仰が足りなかったからです、と。
本人にはどうしようもないことを本人のせいにする。しかも、それを慈悲の顔でやる。
腹の底で、火が、燃え上がった。
ふざけるな。
「そこの若い方」
灰色の衣の男が、俺を見ていた。
「熱心に聞いておられますね。何かお訊きになりたいことが?」
俺は、口を開いた。
開いて------閉じた。
訊いても、無駄だ。
「なぜ効かないのか」を訊けば、「信仰が足りぬ」と返ってくる。「信仰とは何か」を訊けば、神の話になる。堂々巡りにしかならない。
そして、訊いたことが記録される。
俺は、まだ、記録されるわけにはいかない。
「…いえ」
俺は、そう言って、礼拝堂を出た。
出ながら、一つ、決めた。
魔法は、俺には使えない。
素質がない。増やせない。それは、確定した事実として受け入れる。時間をかけて努力しても、灯り一つが精一杯なら、その努力は無駄だ。
俺は、俺にできることで戦う。
刃と知識と数で。
だが------
魔法を使える人間が、要る。
俺が切っている間、患者を保たせる人間が。
そして、その人間は、教会の言う「器」の話を疑える人間でなければならない。
疑わない人間は、治らなかった時に「信仰が足りなかった」と言う。そういう人間とは、組めない。
俺は、坂の上を見上げた。
尖塔が、いつも通り、そこにあった。
------探すか。
見つかるとは、思えなかった。
教会の中で育った人間が、教会の説明を疑うとは、考えにくい。疑えば、そこにいられなくなる。いられなくなった者は、外に出るしかない。
外に出た者。
そこまで考えて、俺は足を止めた。
…いるかもしれない。
疑って、零れた者が。




