ここは異世界
少女は僕を抱えたままゆっくりと高度を下げ、戦いの跡から少し離れた砂の上へ僕を降ろした。それから、自分も箒から降りた。
少女は腰に下げた小さな革袋に手を入れ、水筒を取り出すと、僕に差し出した。
「これ、飲んで」
水筒を受け取った途端、忘れていた喉の渇きが一気によみがえった。
僕は水筒を傾け、空にしてしまうような勢いで水を飲んだ。
十分に喉を潤したはずなのに、水筒の中の水は少しも減っていなかった。
どうなってるんだ、これ。
「水、ありがとう」
僕は少女に水筒を返した。
「うん」
少女は微笑みながら水筒を受け取り、小さな革袋に戻した。
続いて、もう一度袋の中へ手を入れた。
次に取り出したのは、深緑色のフード付きマントだった。
どう見ても、あの小さな袋に入る大きさではない。
「これ、君にあげる。羽織ってみて。すぐに楽になるから」
僕はマントを受け取った。
これを着ただけで、この暑さがどうにかなるはずがない。
そう思いながら、半信半疑のままマントを羽織った。
すると不思議なことに、さっきまで肌を焼いていた暑さが、嘘のように遠のいた。
涼しすぎるわけでも、寒いわけでもない。
まるで最初から過ごしやすい場所にいたかのように、身体が楽になっていた。
「どう? 快適になったでしょ? 私も同じ機能のマントを着てるんだ。デザインは少し違うけど、もうこれなしじゃ旅なんてできないよ」
少女は楽しそうに笑った。
「あの、さっきから不思議なことばかり起きていて、まだ頭が追いついてないんだ」
「ん? 不思議なこと?」
少女は腕を組み、首を傾げた。
「あっ、そうだった! 君、急に砂漠へ転移してきたんだよね!?」
「私が調べていた転移魔導具が誤作動したの。たぶん、そのせいで君を巻き込んじゃったんだ。本当にごめんなさい!」
少女は僕に向かって深く頭を下げた。
「さっきの化け物から助けてもらったし、そのあともこうして親切にしてもらった。悪意がないことは分かるよ。だから、顔を上げて」
少女はゆっくりと顔を上げた。
「ありがとう。そういえば、まだ名前を聞いてなかったね。私はメグル。君は?」
「星河廻。廻でいい」
「マワル……じゃあ、マルだね」
「友達にも同じことを言われたよ」
メグルは楽しそうに笑った。
「それで、マルはどこの国に住んでるの? 町の名前も教えてくれれば、私が責任を持って無事に送り届けるよ」
「国は、日本で――」
「ん? ニホン? そんな国、見たことも聞いたこともないな」
僕はその反応で、ほとんど確信した。
次の質問で確定する。
「地球っていう星を知ってる?」
「ううん、知らない」
ここは異世界だ。
あの化け物も、メグルが使った魔法も、世界は広いのだから、自分が知らないだけで存在していてもおかしくない。
そう自分に言い聞かせ、ここも地球のどこかだと思い込もうとしていた。
けれど、やはり違った。
「僕がいたのは地球っていう星で、そこには魔法も、さっきの化け物みたいな生き物もいなかったんだ」
それを聞いたメグルの顔が真っ青になった。
「本当にごめんなさい! 異世界の人だなんて思わなかった! 私の力じゃ、君を元の星へ返せない!」
メグルは再び深く頭を下げた。
「さっきも言ったけど、悪意がないことは分かってる。だから、また頭を下げなくていいよ」
「……分かった」
メグルは顔を上げると、今度は真剣な表情で僕を見た。
「とりあえず、マルが安全に暮らせる場所を用意するよ。私は旅を続けながら、元の星へ帰る方法を探す。その間は、そこで待っていて」
メグルは一度言葉を切った。
「もちろん、帰る方法が見つかるまで私が責任を持つよ。この星での衣食住は心配しなくていいからね」
安全な場所で待つ。
それが一番賢い選択なのだろう。
でも、いつ帰れるかも分からないまま、何もせず待ち続けるのは嫌だった。
それに、せっかく異世界へ来たんだ。
こんな機会は二度とない。
「僕も一緒に旅をさせてほしい」
「えっ? でも、危ないよ? さっきの魔物より強い魔物がいる場所にも行くし……」
「それなら、僕に魔法を教えてほしい。一緒に旅をするなら、せめて自分の身くらいは守れるようになりたいんだ」
――というのは半分建前で、単純に魔法を使ってみたい。
小さい頃から、魔法を使うのが夢だったんだ。
「一緒に旅をすることは、まだ許可してないんだけど……まあ、いいか」
メグルは少し考えたあと、困ったように笑った。
「それじゃあ、今日からよろしくね、マル」
「よろしく、メグル」




