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一時間は立って待っていたかしら。
さすがに疲れた。
もう、帰りたい。
そう思った瞬間に足元がふらついた。
「ベルロア伯爵令息夫人、大丈夫ですか? 顔色が……」
「だ、大丈夫です。ずっと立っていたのでちょっとふらついただけです」
ここまでエスコートしてくれていた騎士も後ろでずっと控え、王女を待っていたのですぐに私の様子に気づいて手を差し伸べてくれた。
私が騎士の手を取るか迷ったちょうどその時――。
「ごきげんよう、ベルロア伯爵子息夫人。母の庭で私の騎士と逢瀬を楽しんでいるなんて神経の図太い女ね」
声のする方向に視線を向けると、そこにはリアーヌ王女の姿があった。王女の後ろには数名の見目麗しい騎士や文官が立っていた。
私はすぐにカーテシーを取った。
……。
いつまでたっても王女からの返事はない。
ずっと立って待っていたこともあって足が疲れてぷるぷると震え始めてきた。
リアーヌ王女は用意された席に座り、従者が淹れたお茶と菓子を口にしたところでようやく声がかかった。
「シシュカ・ベルロア伯爵子息夫人。ジルベールの妻だと聞いてどんな美人かと思って呼び出してみたけれど、こんなデブでちんくしゃのどこがいいのかしら」
「……」
近くで見たリアーヌ王女は確かに可愛いわ。
世の男性が王女を気に入るのも納得しかないわね。
でも、ジルはリアーヌ王女の好みではなさそうなのよね。むしろ苦手なタイプに見えるわ。
私はそんなことを一人考えながら黙って立っている。
この場にいる一番上の者、つまり王女から許可されるまで私は口を開くことができず、ただじっと立っていることしかできないんだもの。
「今日、貴女を呼んだ理由なんだけど、単刀直入に言うわ。ジルベールをもらうわ。ちんくしゃな貴女にはもったいない。いい? 妖精のような美しさと称えられるほどの私にはジルベールのような見目麗しい男がお似合いなのよ」
「……」
やっぱりジルベールが目的だったんだ。私は無理やり王女様によって別れさせられてしまうの……?
でも、私はジルを信じるしかない。
「あら、だんまり? つまんない女ね! 張り合いがないわ。ジルベールは私のことが好きみたいなの」
「……」
私が口を開けずにいると、王女はニタリと醜悪な笑みを浮かべ、私の目の前に投げるように菓子を落とした。
「私が貴女へ施しをしてあげるわ! 拾って食べなさい。でないと、ベルロア伯爵子息夫人は私の騎士を誘惑したって罪で牢屋に入れるわ。そしたら伯爵家は困るでしょうね。妻が犯罪者だって。離縁するしかなくなるわ」
……リアーヌ王女は一体何を考えているの?
私が泣きつくのを待っているの?
それとも怒るのを待っている?
どちらにしても口を開いた時点で彼女なら不敬罪だと騒いで私を犯人に仕立て上げようとするわよね。
私は黙ったまま膝を突き、目の前に落とされた菓子を拾う。
「ふ、夫人っ」
後ろにいた騎士が止めようと一歩出かけたところを、私は睨んで彼を制止する。
騎士が割って入ったところで彼女はただの遊びだと言い逃げするかもしれない。
もしかしたら彼ごと私に罪を着せてジルを自分のものにするつもりかもしれない。
私は拾った菓子を両手で大事そうに持った。
「リアーヌ王女殿下、私めに施しがいただけるとは恐悦至極に存じます」
そう言って拾った菓子を口にする。すると、王女は上機嫌に笑い始めた。
「うふふっ。見て見なさい。ベルロア伯爵子息夫人が落ちた物を食べたわ! まるで物乞いのようね」
王女は取り巻きの男性たちに向かって笑顔でそう話している。
本当に嫌な王女様ね。
みんなが嫌がるわけだわ。
私はぐっと手に力を込めてじっと耐えた。
ジルのためでもあるし、お腹の子供のためでもあるもの。
すると、王女は立ち上がり、持っていたカップを私の頭の上で傾けたようだ。
お茶が滴り落ち、ドレスが茶色く染まっていく。
「物乞いにはお似合いね。ふふっ、貴方にはジルベールはもったいないの。私が彼を隣国へ連れていくわ。彼も望んでいるもの」
「……」
王女の声に反応したのか、私のお腹がキリキリと痛み始めた。
どうしよう……。
私がお腹に力を入れちゃったから?
痛い。でも、我慢しないと。
「あら、黙ったまんま? ベルロア伯爵子息夫人って本当につまらない。こんな女を相手にしている時間がもったいないわ。夫人の顔も見れたし、もういいわ」
私は痛みを堪えて膝を突いたままでいると、王女は一頻り笑って満足したのか、持っていたコップをその場に落として取り巻きたちと建物の中に戻っていった。
「奥様、大丈夫でしょうか?」
リアーヌ王女たちが居なくなった後、すぐに従者が駆け寄ってきた。
「お、お腹が痛いの……」
「すぐに王宮の医務室へ」
「だめよ。王女様に何か言われるわ。それに王女様に私の体調がばれてしまう」
「ですがっ!」
小さな声で従者とやり取りをしていると、私の後ろにいた騎士がひょいと私を抱え上げた。
「ベルロア伯爵令息夫人、すみません。馬車まで送ります」
有無を言わさず抱えられた私は顔を赤くするしかなかった。
「ご、ごめんなさい。重いでしょう?」
「大丈夫ですよ。我々騎士は日ごろから厳しい訓練をしています。貴女を抱えるくらいどうもありません。ですが、しっかりと掴まっていただけると助かります」
「は、はいっ」
私は痛みを必死に耐えるだけで精一杯だった。
「騎士様、ありがとうございます。お名前をお伺いしても?」
私は伯爵家のリターに乗せられ、ようやく緊張も少し解れて騎士に名前を聞くことができた。
「私の名はサミ・キルッキです。大したことは何もしておりません。どうぞ、お気遣いなく」
「キルッキ男爵子息様、ここまで運んでいただき、ありがとうございました」
「では、私はこれで」
キルッキ男爵家の三男だったはず。
後でキルッキ男爵家にお礼をしないとね。
私は痛みに耐えながら邸へと戻っていった。




