39番外編ジルベール
「ジルベール、そろそろ機嫌を直せ。皆が困っているだろう」
「親父、機嫌が直るわけがないだろう。あのクソ女をどう始末してやろう。腸が煮えくり返って仕方がない」
「……シャル王には話がついている。あんまり暴れるなよ」
「チッ」
俺は隣国の使者と同盟の継続について話をした後、父と共にすぐに貴族牢へと向かった。
貴族牢の前に立っていた男に気づく。
男はどうやら俺たちが来るのを待っていたようで、俺たちの姿を見つけ、頭を下げている。
「ベルロア伯爵、ジルベール様、お待ちしておりました」
「……君は」
「騎士達を止めきれず、シシュカ夫人に深い傷を負わせてしまったこと、大変申し訳ありませんでした」
貴族牢の前に立っていたのはフェルリット・ローゼリアだった。父は黙って立っている。
「フェルリットはシシュカが殺されそうになるのを止めてくれていたんだ。それに、マレス子爵子息と私にシシュカが生きていると知らせてくれたのも彼だ」
「……そうか」
「ジルベール様、ベルロア伯爵、改めて、本当に申し訳ありませんでした」
「だが、なぜ君はシシュカが怪我をするのを止めなかったんだ。あそこまで大怪我をすれば死んでいてもおかしくなかったはずだ」
「弁解はしません」
父が理由を聞こうとするが、俺は話しに割って入った。
「親父、フェルリット君との話はあとだ。まずあの女を」
「……」
「……」
フェルリットは黙ったまま俺たちを案内するように歩き始めた。
貴族牢は塔のようになっていて石造りで所々明り取りの窓が設けられている。螺旋階段を登っていく。
コツコツと足音だけが響き、誰一人会話をしない。
「ここがリアーヌ元王女の牢です。お気を付けください」
……気を付ける?
俺はフェルリットの言葉が気になったが、彼は構うことなく鉄の扉を開いた。
どうやら鉄の扉は二重扉になっているようで一枚開いても中には鉄格子の扉が残っていて罪人が飛び出せないようになっているようだ。
「フェル!! それにジルもっ! よかったっ。迎えに来てくれたんでしょう? 早くここを開けて」
リアーヌは囚人服を着ていたが、特段いつもと変わった様子はないようだった。なぜ気を付けろと言ったんだ?
「リアーヌ、君はここから出ることは残念ながらできないんだ」
「フェル! 嫌よ! 美しい私がこんな汚い場所になんて似合わないわ」
「何を言っているんだい? 君はまだいい方だろう? シシュカ夫人は暗くてベッドなど何もない平民牢に押し込めていたじゃないか」
「あれはだって仕方がないの。あんな豚女なんて暗くてジメジメしているところがお似合いじゃない」
シシュカのことを豚女、だと……。
悪びれもなく言うリアーヌに憎悪が増していく。
「愛しの我が妻を悪く言うのは許しがたい」
「ジル! あんな豚女、どう――!! うううっ。ああうあぅっっ」
リアーヌは喉を抑えて尋常ではないほど暴れ始めた。
一体どうなっているんだ?
「思ったより薬の効きが遅かったな」
俺はフェルリットが感情の死んだ、冷たい表情を浮かべていることに気づいた。
王女はしばらく暴れ回ったあと、ぐったりと床に倒れ込む。
フェルリットはその様子を確認してからカチャリと鉄格子の扉を開けて牢の中に入っていく。
「おやおや、リアーヌ、どうしたんだい?」
「うぅっ、あぅあああぁぁ……」
「痛くて涙が出る? 大丈夫だ。それくらいなんでもないさ。だって君はそう言っただろう?」
!!
親父は彼の行動を静観するように一歩後ろへ下がった。
リアーヌは何かを思い出したようにフェルリットを見て目を見開き、後ずさっている。
「『大丈夫よ、そのくらいじゃ死なないわ。それに処女じゃなくなっただけでしょう?』だったか。残念ながら、汚いお前を犯すなんて俺はしないがな」
「ううぅっ。ああああっうぅ!」
彼はそう言うと、小さなナイフを取り出し、彼女の腕を斬りつけている。
「~~~~~!!」
言葉にならない叫び声が響く。
「煩い。これくらい耐えられるだろう?」
そう言いながらフェルリットは何度も彼女の顔や体を斬りつけていく。
「フェルリット君、気が済んだかい」
「……。醜態を見せてしまい、申し訳ありませんでした」
今まで黙って見ていた父がフェルリットに話しかける。
「君も、ずっと恨んでいただろう。少しは気が晴れたかな」
「……」
フェルリットは口を閉ざし、後ろへと下がった。
「もう、いいのか?」
「はい。彼らの分も恨みをしっかりと彼女にぶつけられたと思います」
「……そうか」
父はそう言うと、胸ポケットから茶色の小瓶を取り出した。
「親父、俺にさせてくれ」
「ジルベール、お前は黙ってみておけ。大事な我が義娘を侮辱し、義娘も子も傷つけた。私は、お前を許さない」
「ぁぅぅっ」
リアーヌは弱弱しい声で涙を流しながら口をはくはくとさせている。「助けて」と懇願しているのだろう。
許すわけはないが。
父はリアーヌの傍へ行き、無理やり口を開かせ、小瓶の液体を流し込んだ。
彼女は先ほどまで弱弱しい声だったが、また大声を出し、のたうち回りだした。
「陛下の許可はとってある。激痛がするだろう? 君はこのまま明日には死を迎えることになる。何か言い残すことは……、と言っても喉が焼かれて言えなかったな。後悔するといい」
父は怒っている。
俺自らあの女に手を下したかったが、父はあえて俺にはさせなかった。
……父には頭が上がらないな。




