37番外編リアーヌ3
私は自室でお茶をしていると、ノック音がし、彼が入ってきた。
「リアーヌお嬢様、遅くなりました」
アーロンは先ほどとは違い、身体を洗い、髪を整え、髭も剃り、元の彼に戻っていた。
「アーロン、お帰りなさい。ここへ座ってちょうだい」
私は以前と同じように彼をソファに座らせた。私は彼の上に座り、私は包まれるようにして彼の首元に顔をもたげる。
「色々あったわね。アーロン、私、疲れちゃった」
「リアーヌ様、俺はここにいます」
「嬉しいわ。恋人たちはみんないなくなっちゃった」
「俺は彼らとは違う。ずっとリアーヌ様だけを想っています」
「ジルベールはあの時、馬鹿女って私のことを言っていたの」
「ジルベールが?」
「隣国から帰ったら、私は王女としては邪魔な存在だと思ってたの。シャル兄様は邪魔な私を降嫁させたいと思っていたはずなの。嫁ぎ先は絶対ジルベールだと思っていたのに」
「彼は妻がいますから。仕方がありません」
「えっ?だってあの豚女はもう死んだんじゃないの?」
「いえ、私が王都に戻った時、葬儀があったとは耳に入ってこなかったです。妊婦でしたし、騎士が手心でも加えたんじゃないですか」
アーロンはジルベールに興味はないと言いたげに私の髪を撫でている。
どういうこと……?
あの豚女は妊娠していたってこと……?
「アーロン、あの豚女はお腹の中に子供がいたってことなの?」
「ええ。だからいつも土下座して腹を守っていましたね」
「なんで言ってくれなかったの?」
「リアーヌ様は知っているものだとばかり思っておりました」
アーロンは意外だと思ったのか、驚いて、髪を撫でていた手を止めた。
「……なるほど。分かってきたわ。あの豚女が生きていたから、ジルベールは私のことを馬鹿女って言ったのね」
私は思っていたことを口にしていた。
アーロンはまた私の頭を撫で始める。
あの豚女……。
ただのデブだと思っていたのに。
苛々してきた。あんな豚女が生きている価値なんてないわ。ジルベールが私に縋ってこないのもあの女がいるせい。
あの女が悪いのよ。全てあの豚女のせい。あの豚女のせいで貴族院の大会議が開かれたって言ってたわよね。
酷いわ。
ジルベールは私の物だったのに。
許さない。
ジルベールだって酷いわ。
私という恋人がいるのにあの豚女を大切にしているなんて。
「リアーヌ様……?」
アーロンは心配そうに私に声を掛けていたことに気づき、私はアーロンの胸に顔をうずめる。
「なんでもないわ。私にはアーロンだけよ」
なんて幸せな時間はすぐに消え去ってしまった。
「リアーヌ、後で執務室に来なさい。いいか、一人で、だ」
「? 分かりました」
父は王都から戻ってきて以来、とても機嫌が悪いみたい。
何か言われたのかしら。
ああ、もしかして私が表舞台から居なくなって、嫉妬に駆られた男たちが「私を連れてこい」と父に詰め寄ったのかもしれないわね。
私って罪作りね。
私はつい嬉しくなって、浮かれながら朝食を食べ終える。その間も父は食事に手を付けることなく、ただため息を吐くだけだったわ。
食後すぐに私は父と共に父の執務室へとやってきた。父はソファにドカリと座り、ため息を吐いている。
「お父様、話とは一体何ですか?」
私は向かいの席に座り、父が話をするのを待った。
「お前は……。本当になんてことをしてくれたんだ」
「? どういうことですか?」
「お前が拾った奴隷のことだ。あいつはマードル国から支給された金で国境を越えたらしい。だが、その後が問題だった。金が尽きた後、盗みを働き、挙句の果てには人を殺し、馬を奪ってここまで来ていた」
「……そんな。アーロンがそんなことをするはずがないわ」
「奴隷とはそんなもんだ。我々王族や貴族はそれなりに知識や教養を学ぶが、平民の識字率は低い。奴隷となれば一般的な知識もない。
せっかくリアーヌを養子に迎えたのだがな。これではまた我が家が犯罪者を匿っていると言われてしまう。リアーヌ、あの奴隷を手放しなさい。でなければ、お前は生涯この邸から一歩も出ることも叶わなくなる」
「……それは嫌よ。わかったわ。アーロンのことは諦めるわ」
まさかアーロンがそんなことをしていたなんて思ってもみなかった。
仕方がない、またつまらない生活を送ることになってしまうけれど、アーロンを手放さないと、私が王都に戻ることは叶わなくなってしまうわ。
父と話を終え、私は自室に向かった。
私を愛してくれるアーロンを手放すのは悔しい。
私が王女だったら、文句を言う人たちを黙らせるのに。
そもそも私がこんなことになったのもベルロア伯爵や私を愛さないジルベールのせいよね。悔しいわ。
私は色々考えながら部屋に戻ると、アーロンは心配した顔で私を見るなり駆け寄り、抱きしめてきた。




