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ジルが目覚めてから目まぐるしいほど時間が過ぎていった。
私のお腹もどんどん大きくなり、動くのも億劫になってきているが、ジルの方は、毎日身体を動かし、以前のように身体は動くことができるようになってきた。
私はひきつりがあってやっぱり動くのにぎこちないけれど、ジルは傷跡も綺麗でひきつることもない様子。そこは個人差だと聞いたわ。
鍛えられた騎士に斬られたものとひ弱な奴隷が斬った傷は深さも違っていたみたい。
ただ、ジルは背中以外にも顔や腕、足など様々な場所を斬りつけられていたから傷跡がいたるところに残り、見ていて痛々しい。
医者が言うには数年もすればジルの傷跡はほとんど目立たなくなるみたい。ジルの傷が目立たなくなると聞いて本当に良かった。
そして最初のうちは私が客室に毎日行って彼の訓練の手伝いや食事の介助をしていたんだけれど、彼が動けるようになってからは「シシュカの部屋がいい」と言ってあっさりと客室から私の部屋へと引っ越しをしてきたの。
家族は苦笑していたわ。
彼は記憶が戻っていないけれど、無意識なのか会えなかった分の寂しさを埋めるように、ずっと私の傍から離れない。しまいにはマティに怒られて渋々離れる感じね。
今日は天気が良かったので中庭で日向ぼっこをしていると、従者が私に手紙を持ってきた。相手はベルロア家の印が押されている。
私はそっと中身を取り出し、手紙を読み始めた。
ジルに怪我を負わせた襲撃犯はリアーヌ嬢が人身売買で購入した奴隷の一人だった。
最初は「リアーヌ様のために」と言っていたみたいなんだけど、伯爵家の尋問を受けていくうちにリアーヌ嬢の指示があったと白状した。
リアーヌは一旦平民に落とされたのだが、国王が再度、養女として手続きしていたようだ。
王族とは違い、今までのように法律を無視して好き勝手な振る舞いはできない。
だが、公爵になったアディラード元国王もリアーヌ嬢を切り捨てるしかなかったようだ。
リアーヌ嬢は今王宮の貴族牢に入っていると義父からの手紙で知ったわ。これから彼女はどうなるのかしら。
「シシュカ、誰からの手紙だったんだい?」
「ジルのお義父様からの手紙よ」
「焼けてしまうな」
「ジルのお父様なのに?」
「ああ、実の父親であってもさ。ところで何が書いてあったのかな」
「ジルに大怪我を負わせた原因のリアーヌ嬢が貴族牢に入れられたっていう話よ」
「……そうか」
やはり記憶のないジルは他人事のように聞いている。
でもこれはこれでよかったのかもしれない。
もうジルには辛い思いをさせたくないもの。
「ジル……」
私はジルベールに声を掛けようとした時、ぎゅっとお腹が痛み始めた。
「シシュカ?」
「ジル、どうしよう。お腹が痛いの……」
「ま、まさかっ。す、す、すぐ産婆を呼ぶから。歩けるかい」
「……うん」
ジルがマティに指示を出し、マティは中庭を走り出した。
私はジルに抱えられながらゆっくりと自室へと戻る。もういつ生まれてもおかしくないと産婆には言われていたけれど、こんなに突然痛みがくるものなのね。
グッとお腹が締め付けられるような痛みで息が短くなる。
「シシュカ、大丈夫か」
「ジルっ、怖いわ」
「大丈夫、俺が付いている」
しばらくすると、痛みは和らぐが、また痛み始め、息が短くなる。
「痛い、痛いのっ」
痛みを耐えていると、母と一緒に待機していた産婆が部屋へとやってきた。
マティは産婆に言いつけられた器具を準備したり、お湯を準備したりと忙しく動いているのが見えた。
「シシュカ、生まれるのね」
「お、お母様……」
「さあ、さあ、ジルベール様、夫人。シシュカ様のことを思うのなら部屋を出て行ってくださいな」
産婆はそう言うと、みんなを部屋から追い出し、私が集中しやすいようにしてくれている。
「大丈夫、大丈夫だから」
「無理無理無理、痛いもの! いやいや」
産婆は絶えず声をかけてくれている。どのくらい経ったかなんてわからない。
夜も更け、空が白み始めた頃、ようやく、ようやく子供が生まれた。
「オギャァァ」
「……産まれた、わ」
「シシュカ様、頑張りましたね。元気な女の子ですよ」
「お、おんな、のこ?」
「ええ」
産婆はさっと処置をした後、おくるみに子供を包み、私に見せてくれた。
「……本当に、生まれてきてくれたのね」
私は子供の顔を見て涙が止まらなかった。厳しい環境だったはずなのに耐えて、耐えて、ようやく私のもとへ来てくれた赤ちゃん。
嬉しい。
胸が詰まり、それ以上言葉が浮かばない。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
そう自然と言葉が口を突いて出ていた。
「シシュカ! シシュカ!!」
私が力なく子供を抱いていると、ジルベールが部屋へと入ってきた。
「シシュカ、無事か!」
「……ジル。産まれたわ。女の子なの。よく見て、ジルにそっくりよね」
「……」
「ジル?」
赤ちゃんを見たジルはピタリと動きを止めた。
「……可愛い。本当に可愛いな」
「抱っこしてみる?」
「いい、のかい?」
「もちろんよ。だってジルと私の子供よ?」
傍にいたマティがそっと赤ちゃんを抱え、ジルに渡すと、ジルは優しく赤ちゃんを抱いた。
彼の肩は震え、涙をぽろぽろと零し始めた。
「……僕とシシュカの子供。嬉しい。生まれてきてくれてありがとう。シシュカ、こんなに可愛い子供を産んでくれてありがとう」
「ジル……?」
私が声を掛けようとした時、産婆が声を掛けてきた。
「ジルベール様もご家族様も後ほど。今はシシュカ様をゆっくり休ませてあげてください」
「そ、そうだね。シシュカ、今はゆっくり休んで。あとのことは僕がちゃんとするから」
「うん。ジル、ごめんね」
マティはまたジルから赤ん坊を受け取り、私の元へと戻してくれた。
ジルたちが部屋を出て行ったあと、私は初めて授乳することになった。出るかどうかも心配だったけれど、産婆は笑顔で「咥えさせておけばいい」と話していた。
何をするにも初めてだからおっかなびっくりで怖かったけれど、産婆が傍について教えてくれたからよかったわ。
「シシュカ様、お子様の名前は決まっているのですか?」
「ええ、もちろんよ! 男の子ならノエルかエリアス。女の子ならミラにしようって言っていたの」
「素晴らしい名前ですね」
私は疲れもあってすぐに眠気に襲われた。
伯爵家に雇われた乳母がくるまでの間、私はマティと協力して赤ちゃんのお世話をする。
乳母が駆け付けるまでの間、子供と濃密な時間を過ごせたし、かけがえのない時間だったわ。




