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「ジルはここへ運び込まれた時は殆ど動けなかったんですが、今は少しずつ指がぴくっと動いたりしているの。私の声が聞こえているような気がするんです」
「ふふっ、愛の力ね」
「お母様、ジルを伯爵領に連れて戻りますか?」
「いえ、目覚めて動けるようになるまでは子爵家でお願いする話になっているわ。それに今、シシュカちゃんもジルも行方不明のままの状態である方が動きやすいの。シシュカちゃんには苦労を掛けてしまうけれどね。実家に居た方が安心して子供が産めるでしょう?」
「そうですね。こうして実家でジルと一緒にいるだけでも私は嬉しいです。何より子供をすぐにジルに見せてあげられるもの」
「……そうよね。今日は二人の様子を見にきただけよ。ジルもシシュカちゃんの傍から絶っっ対に、離れたくないでしょうし。何かあったらすぐに知らせてちょうだい」
「そうですね。わかりました」
義母もジルのことをよく理解しているわ。
義母の言葉に私はクスリと笑った。
義母は一泊し、また伯爵領へと戻っていった。
ジルベールを襲った犯人を連れて。
やはり義母も義父も襲撃犯を許せなかったようで、義母は「襲撃の状況を詳しく聞いて伯爵家で犯人を処理する」と言って犯人を引きずっていった。
父も兄も義母の行動に理解を示し、犯人を引き渡したの。これから伯爵家で犯人をどう扱うのかは分からない。
きっと交渉の材料の一つとして犯人を生かしておくのかもしれない。
義母が領地へ戻り、数日が経った。
大きな傷口は徐々に塞がり、懸命な介抱のおかげかジルの体が動くようになってきた。運び込まれた当初は手がピクリと反応するくらいだったけれど、傷が塞がり、体調が安定してきたおかげか、徐々に寝返りをうとうとしてみたり、身体を掻いたりするようになってきた。
まだ意識は戻らないけれど、医者からは「目覚めるのもあと少しだろう」って言われているの。ジルが目を覚ますのが待ち遠しいわ。
「ジル、暑い? 今、窓を開けるわ。今日は天気もいいし、風が心地いいくらいよ」
私はそう言いながら立ち上がり、窓を開けると、ジルが少し動いた。
「ジル?」
「……ここはどこだ?」
「えっ?」
「ジルっ! ジルが起きたわっ。マティ、急いでお父様に知らせてちょうだいっ」
「畏まりましたっ」
バタバタとマティは父のいる執務室へと駆けて行った。
「……可愛いご婦人。ここはどこだろうか?」
「……ジル?」
私は動きを止め、ジルを見た。
「ジル、目を覚ました、のね……?」
「ジル? 俺の名前はジルという名前なのだろうか?」
私は驚きと嬉しさと抑えていた感情が吹きだし、ゆっくりと彼の元へ歩いていく。
ジルは記憶を探るような素振りを見せた後、頭を抑えた。
「ジルっ!? 大丈夫っ?」
「頭が……。思い出そうとすると、頭が痛くなって……」
「無理しないで。貴方は大怪我をして何日も眠っていたんだもの」
「何日も眠っていた……?」
バタバタと廊下から人の足音が聞こえてきた。
「シシュカ、ジルベール君が目覚めたって聞いたが、本当か!?」
「お父様」
父と兄が部屋へと入ってきた。あとから母も心配したように部屋へと入ってきた。
私が立ち上がり、ベッドから離れようとした時、私は彼に手を掴まれた。
「ジル?」
「すまない。可愛いご婦人。なんとなく、君が離れるのが嫌だと思って……」
私はジルベールのその言葉にクスリと笑ってしまった。記憶がなくても彼は彼なのね。
なんだか、とても嬉しくて胸が詰まる。
「可愛いご婦人……? どういうことだ、ジルベール君」
「すみません。ここがどこなのか、自分が誰なのか、この可愛いご婦人が誰なのかもわからず」
「……そうか。医者を呼んだ。すぐに診てもらおう。何日も眠っていたし、あんなことがあったんだ。仕方がない」
「ふふっ。でも、自分のこともシシュカのことも思い出せないのに手を繋いでいるなんてジルベール君らしいわ」
「そうだな」
父たちは、ジルの咄嗟の行動に笑みを浮かべた。
しばらくすると、医者がやってきてジルベールを診察するためにみんな部屋から出た。
医者の話では大量出血したことや襲撃された影響で一時的に記憶を失っている状態なのだろうと言っていた。
「ジル、今日は目覚めたばかりだし、ゆっくりと休んでね」
「君が俺の妻……。悔しい。なんて悔しいんだ」
「悔しい?」
「ああ、そうだ。俺はこんなにも可愛い人を妻にできたのに思い出せないことが悔しい。だってそうだろう? ウエディングドレス姿や花を愛でる君の姿、きっと俺は色んな君を見てきたに違いない。俺は自分に嫉妬している」
「ジル、無理しないで。私はずっとジルの傍にいるわ。明日から忙しくなるし、今日はゆっくりと休んで」
「シシュカ、ありがとう」
私は自室へと戻った。彼の怪我が安定したら自分の部屋に連れてこようと思っていたけれど、意識も戻ったんだし、彼のことを思えば、このまま客室で過ごした方がゆっくりできるわよね。
私はぐるぐると動くお腹に手を当てて、ジルが目覚めた喜びを子供と一緒に噛みしめた。私のことを思い出さなくてもいい。彼が生きていればそれで充分なの。




